第11話















あの後カンザシが昔使っていたという木刀を受け取り、念入りに冒険者ばダメと言い放った彼女は出かけて行った。


受け取った木刀を持って、外の少し開けた芝の上で木刀を振る事にした。ここなら人目も無いし、許してくれるだろう。

少し暑いと感じる気温で、日光が俺の肌を黒く焼こうとさんさんと輝いている。汗をかくには絶好の機会だ。



にぎにぎと、柄の部分を何度か握り直して手の感覚を馴染ませる。彼女用に少し柄が削られているのか、柄の真ん中辺りが不格好に凹んでいる。彼女の手は小さいのだろうな。少し握りにくい。

木刀という事もあって、鉄で出来た武器とは重さが違うので力を入れ過ぎるとすっぽ抜けてしまいそうだ。


小手調べに先ず、右手に持った木刀を方辺りまで持ち上げて、一刀。空を斬る音と僅かに来る腕の痺れ。久しぶり過ぎるせいか、ピタリと腕を止められないし、関節部分がコキッと悲鳴を上げた。


だがここまでは問題無い。少し全身を解して関節を鳴らす。ポキポキという気持ちのいい音と共に筋肉を解し、二刀目を構える。

もう一度同じ位置から、一振り。そして木刀を逆刃にし、今の軌道をなぞる様に二刀。


再び体を解した後、イメージトレーニングを兼ね手の中で柄を何度か握り変える。

案外しっくりくるようであと一歩足りない感覚があったが、振れないという訳では無い。但し振ったら木刀が折れるか手の中からぶっ飛んでいく可能性は大だが。



「━━━━━━━よしっ」



木刀を構える。使い慣れた武器よりも木刀の重さは軽く、重心も柄の方によっているため俺としては振りやすい。

利き足である右足を前に出す。この足を軸に、左足を後ろに下げ、腰を落とす。木刀を頭より上に上げ、体を真っ直ぐに保つ。

何度もやってきた形だ。形式上、稽古の際はこの形から行う事を教えられてきた為にここまでの動作を一連の流れで出来るようになった。稽古は久しぶりだが、体はしっかりと覚えているようだ。


動きはシンプル。但し、常に力が入るよう重心を常に保ちそれを軸に刀を振れと教わった。踏み込みも大事だが、緩んだ体勢で放たれる一撃よりも、しっかりと体重が乗った一撃の方が威力は強い。

故に俺がこれから行う動きは、派手な動きの無い常に全力を放つ剣舞。これをやって体力お化けとかしたのはいい思い出だ。



イメージする。構えた木刀を振り下ろした後、続け様に逆刃に切り替え振り上げる。この際、以下にして体重を込めやすいか考える。振り上げる動作は振り下ろす動作よりも力が入りにくいため工夫が必要なのだ。



「━━━━━はっ」



一閃、一閃。上下に放たれた軌跡は、若干ズレて音を鳴らす。


続けて一閃。今度は正面に振り下ろす。

足を動かす。右足を後ろに下げ、踵を中心につま先を外に向ける。姿勢が変わると同時に一閃薙ぎ払い。



「━━━━━ふっ」



一閃。



「━━━━━はっ」



一閃。



「━━━━━せいっ」




二連閃。



動きを細かくコンパクトに。近接武器を扱う者として、対人戦で敗北者になる所以は懐に入られた瞬間である。

武器にはリーチがそれぞれあるが、武器を扱う以上間合いを取って戦う事がセオリーとされる。

が、懐に入ってはならないという事ではなく、勝敗を期す為に武器を奪い相手を再起不能にする為には、リーチの内側。言うなら中心たる武器を潰してしまうのが1番手っ取り早い。武器を振って長引かせるよりも、さっさと武器か使用者を殺せばそれで済むこと。


遠距離からの攻撃とは違い、一度相手の目の前にでなければならないのが最も近接武器を使うにあたってのデメリット。

辻斬りや不意打ちと言った先手必勝もあるが、時と場合によりけり。確実に先手必勝を放てるわけではないので、如何にして相手取るかが鍵となる。



「━━━━━ふぅ……」



一太刀置いて一呼吸。全身に入った力を抜き、ダラりと腕を下げる。肩で呼吸をしている辺りかなり体力は落ちているようだ。非常に不味い。

この世界に来て分かったが、この世界では女性の方が男性よりも力が強い様で、何の因果か分からないが俺も元いた世界よりも力の衰えが見られる。この世界に来て、俺はこの世界の男という枠組みにハマってしまったという事だと思ったが、この世界では俺のような力を持つ男性はいないようなので、本当にただ身体が鈍っていたから力が出ないのではと考えるようになった。

というか、そういう考えじゃなければ心が折れそうだった。今まで散々守る対象であった女性に守られると言うのは、俺のプライド的に許されない。亭主関白とか男尊女卑とかそういう話ではなく、単純に今までそうしてきた事を曲げられるのが嫌というだけなのだ。ある意味我儘と言うべきか。俺はあまり変化が好きでは無い。朝ご飯を普段食べないのに、前夜何も食べずに寝てついついお腹がすいて食べ物を口にした後の胃袋を圧迫する重たさを感じて嫌悪するぐらい嫌なのだ。


カンザシやルコアにそれを伝えた所で、きっと理解されない事は目に見えてる。まあだからと言って臍を曲げるほどでは無い。チャンスはある筈なんだ。

彼女らは俺の話を親身に聞こうとするし、お願いも基本叶えてくれる。結構献身的に尽くしてくれるし、俺が男という事で慕ってくれているからかもしれないが、2人の優しさも垣間見えている。


今の所として、2人には俺の力を見てもらって納得させようと思っている。慢心とか自画自賛では無いが、これでも俺は軍を率いていたトップの地位にいた。実力主義な環境で鍛えられ、磨きあげられた俺の力や技術は、高名な職人技、その道何十年という匠の存在と遜色無いものだ。プライドもあるが、俺は今の俺という存在に誇りを持っているし、今でも揺るがない志を持っている。

だから、俺の姿をあの2人に見せることが出来れば、完全とは言いきれないが納得してくれる筈だ。そこでダメだと言われれば潔く身を引こう。最悪、俺の体を好きにしていい変わりに冒険者になると取引をする覚悟だ。最終手段ではあるが、この世界での女性ならば絶対に考えるはず。


まああまりこの手は使いたくは無いが。何が悲しくってまぐろ状態で肉棒おったててるだけでされるがままにされなければならないのか。やはり男が主導権を握り、お互いに満足、女性の足腰が立たなくなるぐらいに満足させなければ男として恥だと俺は思う。初めて相手をしてくれたお姉さんが言っていた。女を幸せにしてこそカッコイイ男だと。


故に俺は身体を鍛え、女性経験を増やし、自分を磨き続ける。

まずはあの2人が完全に俺に惚れてくれるように、カッコイイ俺を魅せなくては。


俺は木刀を握り直してもう一度構える。




しかしふと、背後に人の気配を感じた。

ルコアでは無い。カンザシは出かけている。気配からして幼い子供のような。


俺は警戒を強めながらゆっくり振り向く。ルコアからは他者との接触を控えろと言われているので、この場においての対応を考えながらの行動だ。

俺が男だからという事で近づいた可能性がある。ならば、例え幼子でもそれ相応の対処を摂るべき……なはずだ。


果たして、そこに居たのは。








「━━━━━━━あのっ。私にっ、剣を教えて下さいっ!!!!!!!」









金色の長い髪の中から覗く幼さが残る顔。その深い蒼色の瞳は煌びやかに輝き、しかし俺を見逃さんとしっかりと瞳の中に写し俺を捉えている。

体格もまだ俺の女性像としては成長しきれていないが、将来は有望視出来る胸部と安産型に近い腰付き。簡素な服から覗く白い肌は傷を知らない無垢の色。

一言で言うなら、俺の好みに近い美少女が俺の前に立っていた。




「━━━━━剣?」




「は、はいっ!!剣っ、剣ですっ!!」









後の将来、この世界における『剣聖』と呼ばれる四柱の一角に至る少女との出会いであるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。














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