第2話






この世界は1枚の紙を丸めて端と端を繋げた状態になっていると、偉い学者が言っていた。最北端と最南端は繋がっているし、最東端と最西端は繋がっている。

月の灯りが照らす雲ひとつ無い夜の空に輝く星々の様に、私達が住んでいるこの大地もあの星々から見れば同じように見えるのだとか。

実際誰も行ったことないので憶測に過ぎませんがとか、笑い半分で言う天文学者にお前がその目で見てこいと真上に打ち上げて、笑い話や与太話が本当であることを証明しろこの暇人とその話を聞いていた誰もがそう思った事だろう。私もそう思った。

まあ学者なんて理想論空想論立ててなんぼの人達だ。自分がこうじゃないのかと疑問に思う事を解消しなきゃ生きていけない別種の様な人間だから仕方ない。私は学者でマトモな人を見た事がないから。ベリーベリークレイジー。


何故そんな前置きを話したのかと言うと、男性が如何にしてこの世界での立場を確立しているかという話をする為である。

この世界は『狭間』という境界線が世界を半分にするかのように存在している。東側が人間達が支配する土地で、西側が魔獣や亜人が多く住む土地である。東側にも魔獣は生息しているが、西側に生息する魔獣とは力の差がある故に、東側に生息する魔獣達は西側に生息出来ない様だ。

弱肉強食、食物連鎖、進化の過程で追い出されたのか。詳しくは分からないが、兎も角西と東では魔獣の強さが違うので要注意という事だけ覚えておいた方がいい。


そして、西と東ではそれぞれ中央都市と言うものが存在する。

西は亜人が統治する都市━━━フレムディ。

東は人間が統治する都市━━━セントリティ。


人間と亜人は表立った対立は無いが、表面下ではいざこざが起こっている。

問題視されているのは、『雄』。男性の有無である。


亜人には男という性別が存在しない。理由は詳しく分かってはいないが、人間の女性派生した姿が亜人である為、亜人には男性いう概念が存在し得ない又は産まれにくいのでは無いかという推論が根強く浸透している。

過去、亜人から男が生まれたという話は聞かないので、本当にそうなのかと思うが真実は未だに謎である。


そして話で分かる通り、亜人側には男が産まれないが、人間側には男が産まれる。故に対立が起こる。

亜人側に男を引き込みたい亜人達と、易々と男を渡さない人間達の争いが起こるのだ。


男は渡さないが、精子提供と称して月に一度男性の精液を亜人側に譲り、亜人側は西側でしかと採れない高級食材や上質な家畜を等価交換で渡しているが、それでも互いの不満は拭えないようで。

何時全面戦争が起こっても可笑しくは無いという状況なのだ。


西側に住む亜人達は、環境や生息する魔獣の強さもあって単体の戦闘力はそれぞれ人間達を上回る。

それに引替え人間達は、魔法を使用出来るものが多い為、力差は互角と言ってもいい。

互いに被害は抑えられない為、大きな争い事は出来ないが、いざこざは度々起こっているのだとか。



さて、では男はどういう立場なのか。それが一番の問題である。

前にも話したが、男は奴隷という扱いで貴族が囲ったり町村で共有財産となって種付馬の様な扱いになる。町村や飼い主によって違うが、男を死なせないようしっかりとした管理をする所が多いが、物のように扱うところもあるのだとか。

産まれた男児は『教会』が多額の資金で買取り、英才教育を施して奴隷商に引き渡す。英才教育された男は、基本的従順に飼い主に懐く家畜のような存在になるようで、愛護動物という認識が一般的である。


金にものを言わせれば、男1人は購入出来る。

男にはそれぞれグレードがあり、英才教育の最終段階で性交渉を行わせて、その際の技術や体力、精子の量、外見や肉体美と言った各項目の総合点で点数が決まる。


百点満点は本当に極わずか。過去1人2人出たぐらいで、残りは平均点60点台が多い。

点数が高いほど奴隷購入時に高額になるのだが、90点台だと豪勢な城が建つぐらいの高額となる。

普通は手を出せなくとも、男に飢える人間達は例え借金したとしても男を欲しがるのだ。


奴隷商に引き渡すのは50点以上の男であり、残りは亜人達に提供する精子提供者として永遠に精液を搾られる事になる。そこに人権は無く、ひたすら精子を放出し、立たなくなれば薬で強制的に勃起させ、いつしか薬物中毒になるまで搾取される。

これは男以外みんな知っている事だが、誰も追求はしない。した所で意味が無いことがわかっているからだ。

奴隷として売られた事がどれだけ男にとって良かったものなのかと思わせるのが事実を知る世間のやり口である。


まあ兎に角、男には人権というものが無い。必ず奴隷商で契約書と契約者との間に結ぶ印紋を肉体に焼き付け、逃亡出来ないよう首に魔法で位置情報を探ることが出来るチョーカーをつける。


これが普通。これが当たり前。



……だと思っていたのに。















✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿













「━━━━━ふむ、どうやら……何処にも印紋は施されていないようだ」



見慣れない服をひん剥き、見た事がないぐらい引き締まった体と大き過ぎるデリケートゾーンをまじまじと見ながら診察するこの女性は、町の女医であるルコア。私の親代わりとして育ててくれた育て親だ。

育ててくれた事には感謝しているが、男性の裸をそんな血走った目で見るのはどうかと……………おほっ、でっか………♡


あの後、急いで町に戻りルコアの診療所に転がり混んだのだが、ルコアがこの調子じゃ視姦し触姦しやりたい放題するだろう………やっべっ、きくぅ………♡♡



私が拠点とする町、南に位置する『レメルテ』。規模はそこまで大きくないが、南側にある町の中では1番大きいと思う。そこまで発展している訳ではないが、中央都市と直通する運河がある為そこが南側の貿易入口として機能している事から自然と大きな町になった。


その街中の一角にある診療所。町でも有名な『化け物診療所』とはここの事である。

何故そう呼ばれているのかは明白。ルコア身体が異常なまでに醜いからだ。細い腕に引き締まった腰。もし腰がぶよぶよで顔も爛れていたらまだマシであったであろう大きな胸をゆさゆさと揺らし、プリっとした小さな尻に少し肉付きのいい両足。私も勿論醜いが、ルコアも醜い。故に化け物診療所。やってくる人は大抵醜い。化け物しか寄り付かない場所として有名なのである。



「……ルコア、流石に触り過ぎ」


「これは治療よ?症状から見て発熱だろうけど、まずは全身の汗を拭かなきゃ。ほら、貴方も手伝って。汗が冷えて余計悪化するわ」



新品未使用の白いタオルを男性の身体に這わせ、涎をじゅるりと垂らしながら拭くルコアが私にタオルを手渡してくる。

念入りに下半身、鼠径部に存在する……その、だ、男性のアレの周りや本体を拭くルコアを横目に、私は息を荒げて眠り続ける男性の顔を覗き込む。


正直に言う。惚れた。カッコイイ、素敵過ぎる。

女は一目惚れが多い生き物だという科学的根拠がある為仕方の無い事だが、こんな私にもそんな気持ちが抱けるなんて思わなかった。

無価値で無意味に生きる私にも、恋の一つや二つできないものかと考えた事があるが、いかんせんこの容姿と身体だ。シミ一つないキラキラとした肌、胸はルコアよりは小さいがお尻は私の方が大きい。だがよく食べているにもかかわらず引き締まって変わらないお腹周り、むっちりとしつつ鍛え上げられてしまった下半身が最悪を醸し出している。


こんな事なら冒険者にならなければよかったと後悔するところだが、元々顔面が終わっているのでどの道ありえない。と言うか、最初からそんなことあるはずが無いのだ。


しかし見れば見るほどカッコイイ。短い髪型もそうだが、清潔感があって手入れのされた綺麗な肌をしているし、首から下すぐに見える鎖骨が性的興奮を促進する。男性にしては大きな大胸筋、更にその下には隆起するエイトパック。脇下の鍛えにくい筋肉も鍛わっているし、何より筋肉の付き方が自然体だ。物凄く綺麗に筋肉がついている。効率的、計算的に筋肉をつけたとしても、ここまでお手本のような筋肉の付き方は見た事ない。冒険者の屈強な女達でも、こんな筋肉を持っているのは極わずかだ。それも、名の知れた冒険者達だけ。


男性ではまず有り得ないのだ、この身体は。女でした、なんて言われた方がまだ納得出来る。

一体、この男性は……♡



「カンザシ、どうかしたか?」


「うぇっ!?いいいいやっ、な、なんでもない………」


「なんでもないわけないだろう。そんなにこの男の事を見つめて……。さては、惚れたな?」


「っ!?!?!?!?」



顔が熱い。多分赤面した。恥ずかしい。

だって仕方ないじゃないか。意識が無いとはいえ、カッコイイ男性が裸で寝ている。まさに妄想の格好の的。捗らないわけが無いし、カッコイイ男性を見て惚れない女が居ないなんて有り得ない。

私は正常。そう、正常なのだ。何も間違ってはいない。



「いや恥ずかしがる必要は無い。惚れたのは何もお前だけじゃないということさ」


「……え、まさかルコアも?」


「当たり前だろう?こんなイケメンの男だぜ?雌として惚れないなんてそんなの雌じゃない。終わってるよ。今すぐにでもこのおっきなナニをフル勃起させて私の中に精を注ぎ込んで欲しいぐらいさ。あわよくば旦那として私の傍に置いておきたいね」


「……旦那、様」



そうなれば晴れてお前の父親になるのだけどな、などと宣うルコアを置き去りに、私は思考をぐるぐると渦まかせていた。

身体を拭きながら、男性の顔に視線を送る。荒い息が漏れる小さな口から呟かれる私に向けられた愛の言葉。ダメだ、妄想が止まらない。言われたい、言われた過ぎる……っ。



「……名残惜しいが体を拭くのはここまでだ。後は調合した飲み薬を飲ませて体を温めてやろう」


「……体を、あっためる………♡」



つまり、裸と裸の抱き締め愛ということだろうか。愛を、愛を。お互いの愛を高め合う。……あぁ、なんていい響きなんだろうか。



「……おい。一応言うが、布団をかけるんだからな?体温で温め合うのは雪山ぐらいだぞ」



私の妄想を見透かしたルコアはジト目を向けてきた。そんな事ぐらい分かっている。当たり前だ。私も風邪は引きたくない。

取り敢えずは服も着させないといけない。医療用の服でいいだろうか。


備え付けの戸棚から1番大きいサイズの服を取りだして男性に着せていく。脱力している男性に服を着させるのは中々難しい。と言うか、サイズがあまりあってないのも原因がありそうだ。


なんとか着させた私は、毛布を引っ張り出して男性の身体に被せていく。あまりかけても圧迫して寝苦しくなるのでなるべく毛布はかけないのがベスト。



「では私は隣の部屋で調合してくるから、暫く彼のことを見ていてくれ。何かあれば呼ぶように」



そう言って部屋から出ていくルコア。しかしすぐに何かを思い出したのか顔だけ出してジト目で私に言う。



「後、変な事するなよ」


「しししししない!!!」



まるで私がやらかすようなニュアンスを含む言い方に思わず声を荒らげてしまった。病人がいるというのに。






コツコツと響く足音が遠くなっていくのを感じ、私は改めて彼の顔を見る。

先程までよりは楽そうではあるが、まだ病状は治まっていない。男性は身体が弱いと聞くから、ただの風邪でも重症になるのだろう。

彼のゴツゴツとした手を胸の前で両手で握る。



「……早く、よくなってね」



私の口から出たのはシンプルな願いだった。

彼の事を知りたいというのは至極真っ当で。彼と話してみたいと思うのは当然の事で。彼の声を聞いてみたいと思うのは当たり前の事で。


例え罵倒されようと、蔑まれようとも。私はきっと貴方を愛します。一目惚れしたからでもあるが、貴方が愛おしく感じるから。


否定してくれてもいい。拒否してくれてもいい。拒絶してくれてもいい。

私はきっとそれで満足できる。



「……今はゆっくり」



休んで━━━と、言葉を繋げようとした時、私の身体が彼の方に倒れ込んでしまった。

故意的では無い。私は決してやってない。

ならばどうして……。そう思った時、私の腰に腕が回されているのがわかった。それと同時に今私がどういう状況なのかも分かった。



彼に、だ、抱き締められている。



彼の胸の中に収められ、彼に強く抱き締められ、彼の体温を肌と肌で感じられてしまっている。


一体、何が起こっているのか。頭が、理解が追い付かない。彼の吐息が前髪にかかる。

まずいまずいまずいまずいっ、なんでこんなにっ。あぁ、いい匂い………♡甘い香り……♡


し、深呼吸してみよう。……すぅー………♡アハッ♡♡ヤバい♡♡これマジでヤバい♡♡死ぬ♡♡

天国♡♡?生き地獄♡♡?どっちにしても理性が持たない♡♡こんなのっ♡♡こんなの襲っちゃう♡♡


ごめんなさい♡♡我慢できない♡♡後で好きなだけ罵倒してくれてもいいから♡♡殺してくれてもいい♡♡だから私に一時の思い出を♡♡



私はこの時限界だった。何故抱き締められたとか、そういう疑問は既に頭の隅から消え去った。今はこの目の前にいる雄を堪能しなくては雌として終わっているから。例え強姦であろうと、一時の夢に希望を見出すのは人間の性である。


まずはキスから。そっと顔を近付けて唇を凝視する。


いく、いくよ♡いくからね♡絶対行く♡♡


近付く唇。息がモロにかかる。あと少し、あと少しで。





その時私はピタリと動きを止めた。止めてしまった。彼が抱き締める強さを強めたと同時に、彼が口を開いた。



「………まだ、終わって……」




「……えっ?な、何……っ」




私の返答に勿論反応すること無く、それから彼が口を開くことは無かった。


何かを思い出しているのだろうか。身分証もない不思議な男性だ。きっとなにか事情があるのだろう。

力になってあげたいと、そう思える。ゴマすりとかご機嫌取りじゃなく、困っている彼を見捨てる事が出来ない自分がいる。


その想いは、彼が目を覚ましてから伝えるとしよう。

今は、ゆっくり休んで。


なんだか私も眠くなってきた。ウトウトしてしまう。彼の温もりがとっても心地良いのもあるが、香る彼の匂いが私を安眠へ誘ってくる。


彼に少しだけ身を寄せ、瞼を閉じる。なんだか恋人同士みたいだ。ちょっとだけ、心が晴れ晴れ。


さっきまでの性欲は何処へやら。私はゆっくりと、夢の中に旅立って行くのだった。












………無論、その後ルコアにド叱られるのはまた別の話。




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