38

 男性はジスランと名乗った。この湖港ラルートを治めているファレーズ家の当主だという。

 いわゆるちょび髭を生やした口元を大きく開けて、興奮しているようにしゃべり出す。

 

「旅の方々がこの先の盗賊どもめを倒してくださったとの報告を聞きまして。そのお礼といってはなんですが、我がファレーズ家での晩餐に招待させていただきたく」

「我々もたまたま運がよかっただけですよ。もう既に十分な報奨金もいただいておりますし、晩餐までは――」

「そんなご謙遜を。ぜひ盗賊どもを一網打尽にしたという武勇を聞かせていただきたいですな! さあさあ、馬車も用意させましたし、ぜひに」


 リヴィウスが断ろうとするも、ジスランの押しは強い。外には魚と細長い獣が船を支えるようなマークが付けられた二頭立て馬車が横付けされていた。家紋入りの馬車、それに馬丁は屈強な体格をしている。その様子は近所の人の目を引き、静かにやり過ごすのは難しそうに思えた。


「ここで断っても、結局面倒だな」


 小さな声でアゼルが呟いた。領主家の熱烈な歓迎を断ったとしたら、その噂はあっという間に広がり、注目の的になるだろう。痛くない腹を探ろうとされるかもしれない。疚しいことは何もないが、瑠依じぶんという異世界人がいるこの状態を詮索されるのは良くないだろう。

 

「リヴィウス、招待を受けよう。ルイは見学、もう良いか?」

「はい。私は大丈夫です!」


 アゼルが承諾したことで、ジスランの口角がさらに上がった。不穏な雰囲気を感じつつも、瑠依達は馬車に乗った。

 途中で泊まっている宿に寄ってもらい、昼間買った荷物などの整理と、宿の主人に今夜は領主家の晩餐に招待されたことを伝えた。領主家への宿泊も勧められていたので、夜も戻ってくるかは分からない。この感覚だと戻れない方が強そうだが。

 瑠依は持って行くボディバッグの中に機能性スーツとシャツ、それから特殊警棒と拳銃を詰め込んだ。ミニノートやペン、スマホも持って行く。ついでに防刃防弾ベストも、今着ているシャツの下に着込んだ。

 

(……何かあっても、対処できるように)


 瑠依はジスランの様子が気になっていた。それはアゼルやリヴィウスも同じようで、ぱっと見ではわかりにくいが、防御の魔術を編み込んだ装飾品などを増やしたという。

 

「ルイさんもこちらを。市場で用立てた物ですので、あまり質が良くなく、申し訳ありません」

「そ、そんなことないですよ! ありがとうございます!」


 リヴィウスはそう言って瑠依の手首に組紐を付けた。ミサンガのようなそれは、対外的な衝撃をある程度まで防いでくれるらしい。青を基調としたシンプルな色合いの組紐は、ほとんどアクセサリーを付けない瑠依でも違和感なく身にまとえる。

 そして宿の入り口で待っていたジスランに促されるまま、瑠依達は湖港ラルートの領主邸を訪れた。

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