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「我々が<三ノ神殿>を探索した際は、貴女の痕跡しかありませんでしたが……。念のためぶつかった男性の容姿などを伺っても?」

「あ、はい! ぶつかった男性はにじゅうい……二十代前半くらいで、黒髪。身長はリヴィウスさんと同じくらいで、体重も普通。極端に痩せていたり太っていたりしていた方ではないですね」


 リヴィウスは気まずい沈黙をする瑠依とアゼルを無視して話を続けた。瑠依はその淡々さに感謝しつつ、藤森の容姿を伝えた。


「そいつの名前までは、さすがに分からないよな?」

「あー、えー、確か藤森裕樹、『ゆうき』と呼んでいましたね。たぶん、近くの人が」

「ユーキ、か……」


 藤森の名前を伝えると、一瞬アゼルが考え込む様子を見せた。


「誰か心当たりでも」

「確証はない――あ、いや、知っている訳じゃ……!」

「――同じ名前の男性が居たという話はありました。『異世界から来た』という言う。ただそれは、ルイさんがいらっしゃったという日よりもかなり前なので、同じ方とは断言できないのです」


 すかさず問いかけると、アゼルは思考が一瞬飛んでいたのか「心当たりはある」と口を滑らせた。

 「異世界から来たか」と直球に質問して来た彼は、こっちからの問いかけにも答えてくれやすいようだ。もっともリヴィウスがしてくれたのだが。


「かなり前というのは、具体的にはどのくらいで」

「……一年くらい前ですね」


 視線を瑠依から見て右上下に動かしながら、リヴィウスは思い出す。はあるらしい。

 一年。『魔法使い事件』が始まったのは半年前だ。容疑者である藤森の足取りも、半年前の最初の事件からしか、まだ完全に調べが付いていないが、少なくとも四つの事件があった日時と任意同行から逃げ出し、公園で瑠依が地面に押さえつけた時まではあちらの世界に居た。

 なら、たまたま違う「ゆうき」がこちらの世界に迷い込んだのか。


「――そういえば、こちらの世界に来てしまった”異世界の人”は、自分達の元居た世界に戻る事はできたんですか?」

「……『帰った』とされる伝承はありますが、我々が命じられているのはまでで、<一ノ神殿>までお連れしたあとは本人と神殿の話し合いになる、と聞いています。もっとも、世界という空間を跨ぐほどの力が必要です。大人数の魔術師や神官、精密な儀式の準備など、簡単に行えることではないでしょう。それにルイさんがいらっしゃった時のように、大規模な魔力の揺らぎも発生します。少なくともここ一年、貴女の時以外にそれほどの揺らぎが報告された記録はありません」

「そうでなきゃ、あてのない旅なんかに行ってこいなんて言われないからなぁ」


 言い切り、愚痴を吐く彼らに嘘はないように見えた。


「だからまあ、とりあえずオレ達はお前を保護して、<一ノ神殿>まで連れて行く必要がある。その間に『ユーキ』とやらが見つかればついでに保護していけるが、それを知っているのは女神だけだな。今のところ」


 話は終わりとばかりに、アゼルは冷め切った魚の煮込みを一気にかきこんだ。


「そう、ですね。とりあえずそれまで、お手数おかけしますがよろしくお願いします!」


 瑠依も煮込みを食べ切って、酒を煽った。

 伊藤瑠依は刑事デカだ。まずは足で稼ぐしかない。

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