鮮血の魔女 12



 私は一直線に、スティルナさんに跳び込んでいく。


 ――仕掛けるべくは近接戦。最も勝ち目が薄く、かつ、距離。


 下手に銃を撃ったところで当たらないだろうし、戦いの始まりにスティルナさんに渡された弾倉に残されたゴム弾の残弾は、残り十二発。

 遠間からの牽制や、消極的な銃撃はなんの勝機も生まないだろうし、仮に通用したとて、この戦いが私にもたらす価値を下げるだけだ。


「へぇ、良いね」


 私の意図を読んだのか、スティルナさんは余裕の笑みと不敵な眼差しが混ざった表情を浮かべ、私は突然、ぶわりと逆風を受けたような感覚に陥る。


 ――風? いや、これは剣気か……!


 (臆するな! とびこめ!)


 無意識の抵抗を感じる脚を、意識して踏み込み、スティルナさんの太刀の間合いに入る。

 私は左手の短刀を、スティルナさんの顎元に突き入れていくと、スティルナさんは顔色を変えないまま、一瞬で半歩分後退した。


 (早っ!?)


 後退と同時、上段に振りかぶられていた木剣が、私の肩口を狙い振り下ろされる。

 無駄な力が一切入っていない、鋭い一閃は、私の鎖骨に迫ったところで、私の銃の銃口が、スティルナさんの木剣と重なる。


「くっ!!」


 咄嗟に引き金を引き、撃ちだされたゴム弾がスティルナさんの木剣を弾き返した。


「――!」


 スティルナさんは諸手を上げた体勢になりながら、目を見開いていた。

 私はそのまま、銃で袈裟切りをするようになぎ払いながら引き金を絞る。

 この至近距離だ。狙いなど無い。――だが、この弾丸には『精神干渉』の異能を乗せている。細かな制御は出来ない。ただ意識を吹き飛ばすよう念じて異能を込めた。


 (当たる――!)


 スティルナさんの左脚の付け根に向かって飛んだ弾丸は、そのままスティルナさんに吸い込まれ――穿


「え!?」


「――歩法、水鏡みずかがみ


 私が銃を撃ったスティルナさんの姿は、幻のように消え、声のした方にスティルナさんの姿があった。


 (分身!? ――いや、それよりも!)


 咄嗟に声のした方へ短刀を構えると、突然、私の懐に銀色の影が現れる。


「――歩法、またたき


 低い体勢から、木剣の柄尻を跳ね上げてきて、私の銃を持つ手に激しい衝撃が奔った。


「〜〜〜〜〜〜!!!」


 右腕が殴られた様に弾かれるが、なんとか銃を離さないように歯を食いしばり堪える。

 衝撃に表情が歪むが、痛みに瞼を閉じる様な事があれば、一瞬でやられる。そんな予感が……いや、確信があった。

 私は、反射的に膝を跳ね上げ、懐に入られたスティルナさんの脇腹を狙うが、既にその姿は無くなっていた。


「――ッ!」


 背後から殺気を感じ、咄嗟に体を捻る。


「――歩法、瞬・孤月またたき・こげつ


 スティルナさんはあくまで私の銃を弾き飛ばすつもりらしい。

 銃を持つ手に向けて木剣が閃くのが見え、私は冷や汗を飛ばしながらも、悪あがきに引き金を引く。

 銃の反動で腕の位置を無理やり変えると、またしてもスティルナさんの眼が驚いたように見開かれた。


 だが、このねじれた体勢から繰り出せる反撃は少ない。私は、攻撃の手数が減る事を覚悟で、裏手で短刀をスティルナさんに向けて放った。――勿論、この短刀には『精神干渉』を付与している。

 木剣で弾いてくれればありがたかったが、スティルナさんは、私の異能がどんなものかは分からずとも、触れるだけで危険なものである事に勘付いているようだった。

 スティルナさんは、視界の端で――だが、しっかりと放られた短刀を視認していた。

 私の狙いは、自分の体勢を取り直す事。あわよくば短刀がスティルナさんに影響を与える事。だったが、スティルナさんは、横合いから迫る短刀に向けて蹴り足を向け――靴を飛ばした。


 短刀は飛ばされた靴に弾かれ、真上に飛んでいく。その隙に私は体勢を取り直し、銃のセレクターをフルオートに変え、水平になぎ払いながら銃弾を次々に撃ち放っていく。

 ――銃弾の向かう先には片脚を上げたままのスティルナさんがおり、連続して放たれた銃弾がスティルナさんの進路、退路を共に奪う……筈だった。


「――攻の太刀一の型、時雨しぐれ


 銃弾が、スティルナさんに届く前に、スティルナさんは木剣を空振った。


 (……?)


 一瞬、攻撃を仕損じたのか? と、感じた刹那、暴風の様な衝撃が銃弾と私を襲った。


「ぐ……あぁっっ!?」


 強烈な衝撃に、私は弾き飛ばされ床を転がる。辛うじて受け身を取りながら起き上がると、私の首筋に木剣がぴたりと添えられた。


「――私の負けですね」


 私が降参宣言をすれば、スティルナさんは木剣を引き、代わりに掌を差し出した。


「ありがとうございます」


「こちらこそだよ。いやぁ、まさか攻の太刀まで使わされるとは思ってなかった。想像以上だったよ」


 にこやかに笑みを浮かべながら、スティルナさんは私を引き上げた。


「流石と言いたいところですけど、相当手加減してくれてたのはわかります。……まだまだですね。私は」


 そう呟きながら、スティルナさんの手を見つめる。

 ――この手は、私の手と何が違うのだろうか。


「そうだね。確かに手加減はしたけど、君は本来は、相手の思考を読み取ったりして戦うんでしょ?」


「はい」


「私からは、考えや攻め手が読めたかな?」


「いえ……。スティルナさんからは戦闘になっても何も感じられませんでした。――あ、剣気や殺気は感じ取れましたが」


 そういったところで、私は気付いた。

 もしかして、わざと剣気や殺気を出していた?


「まあ、私の今の無心の状態は特殊なケースだと思うけどね。私も良い修行になったよ。これで一歩『剣心合一の極み』に近づけたかな」


 スティルナさんの言っている事は良くわからないが、スティルナさんも満足してくれているみたいだ。


「――私は、何をしたらスティルナさんのように強くなれるんでしょうか」


 私の問に、スティルナさんは少し苦笑いを浮かべた。


「君は既にかなり強いとは思うけどね。特にあの異能……。特性こそわからなかったけど、触れる事すら危うい感じがした。君が磨くべきは、戦闘技術もそうだけど、寧ろ君の内面を鍛えるべきではないかな?」


「私の、内面。ですか……」


「私は心を読んだりは出来ないけど、君自身が様々なものを背負って生きているのは感じ取れるよ。後ろめたさ……いや、罪悪感とでもいうべきかな。それに、他者への諦観、怯え、それに抗う為の麻酔が無関心。といったところかな」


 ――やはり、この人は怖い。私のような病気を持っている訳でもないのに、洞察力、観察力だけでそこまで他人を見透かせるのだ。

 それだけでも、何かの異能なのではないかと思わせられる。


「自覚あり。かな?」


「……はい」


「これは、師匠の受け売りだけど、心の有り様は、剣にも現れる。意志無き剣は軽く、心無き剣は何も斬れる事はない。

 だから、心は穏やかで凪のようであれ。とね。

 私もまだ道半ばの身だから偉そうな事は言えない。けれど、君の場合は自分の心が重すぎるのかもしれないね」


「なんとなく、分かります」


 何をしたらいいのかは分からない。本当に、なんとなくスティルナさんの言わんとしてる事が分かるというだけだ。

 だけど、それはきっと、私にとっては恐ろしく難しい事なのだと思う。


 ――私は、この世の何よりも自分の事が認められず、嫌悪しているからだ。


「まぁ、まだこれからだよ。ゆっくり向き合って行けばいい」


「はい」


「でも、私は君の事が気に入ったよ。良かったらだけど、私の団――『蒼の黎明』に入る気は無いかな?」


 スティルナさんの言葉に、私は耳を疑った。


 

 


 


  

 

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