『Nativitatis―クリスマス』
ジングルベルとクリスマスキャロルが街を彩る今日この頃。
変則的就業体型で仕事をこなす私は真昼中に退勤中。冬の街の寒さに歩が進まない―というのは言い訳だろうか?
私はクリスマスというイベントにあまり良い感情を抱いていない。無宗教人の群れたる日本人がキリストの誕生日を祝うのが気に食わないのではない。妙にごみごみする街が嫌いなのではない。浮かれた雰囲気が嫌いなのでもない。
私は―クリスマスの日に…忘れがたい経験をし、それによって人生を決められたからだ。
そう、当然、彼、一生が絡んでくる…私がやったことの『せいで』一生は命を失うはめになった。
私にはその感覚がありありと残っていて。
クリスマスソングを聞くと―封をしてしまいこんだ記憶がうずき出すのだ。ズキズキと。
フラッシュバックが
私とは無縁なはずの学生服姿のカップルが妙に記憶とオーバーラップして眼の前がクラクラしてくる。街のど真ん中だと言うのに。
忘れることが出来ないあの日。街はガヤガヤと賑やかで。人の波が出来ていた。人混みが苦手な私と彼は、辟易しながらも落ち着かない雰囲気を楽しんでもいた。妙に斜めに物を見がちな私達だけど祭りは嫌いではなかった―
◆
「見ろよ…浮かれた
「私達も阿呆に混じってるわよ?賢い人間は家で過ごして…イブの夜遅くに半額ケーキをとチキンを買い漁るのよ」なんて私もシニカルぶって答えたっけ。
「うわ
「あんた、プレゼント…死ぬほど楽しみにしてたじゃない」
「否定はせん」なんて照れて言う一生。プレゼントの催促はしないが待ちわびてる面倒なやつだったのだ。
「今年もあるわよ…後で渡すけど」マフラーの新しいやつを準備しておいた。彼はほつれだらけのマフラーを意地で使い続けている。みっともないので今日でやめさせる。
「お?マジかいな?準備してねーぞ、萌黄の分…どうすっかな」なんて言いながら彼は右腕上腕の真ん中あたりを
「右腕…交換したばっかでしょうが」なんて私は言う。付き合いが長すぎて周期を把握してしまっているのだ。まるで生理みたいに思えなくもない。
「いらん?ピカピカよ?この腕?」なんて腕を外しながら言う彼。やめて欲しい。街の真ん中だぞココは。
「要らないよ…3本目の何とやらってあんまいい意味ないから止めなさい、みっともない」
「ああ。脚ね。シモいギャグを言うな」と彼は照れながら言う。そう、3本目の脚は男性の股間を指す。
「あんた相手なんだから同性に言うのと変わんない」と気持ちと裏腹な応え。
「あんなあ」と彼は言いよどむ。案外にそういう事に関しては奥手だ。
「世の男女は―今日の夜9時から3時くらいに励むわよ」俗説だが。
「お前に手ぇ出してみろ、
「良いじゃない。明日あんたん家でパーティーして半額ケーキとチキンごちそうすれば黙るでしょ…」
「お前はそれで済むから良いよなあ?俺なんてこってり絞られるんだぞ?心身両面」その絵は浮かばないでもない。顕、ごめんね。
そんな無駄話をしながら歩むクリスママスの街。イルミネーションのコードでぐるぐる巻きなその姿が少し楽しく見えてきた。
が。そこに似つかわしくないものも混じってるのは何でだろう。
「クリスマスの商業主義に浮かれるアホ共―我々の主張を聞け」喧騒の真ん中あたりでは運動家どもが拡声器で叫んでる。
「…おーおー糞混んでるってのに…んな事してんなよお」なんて一生はごちる。眉間にシワが寄って、脂汗をにじませてる。『あの』分子マシンのプログラムに追加したパッチでごまかしをかけたが、うつ気味なのが抜けきってないんだろう。攻撃的な人間が癇に触るのだろう。
「国民へのDNAのシークエンシングの全面化、保存義務化に反対せよ!監視社会の始まりだ。我々にビックブラザーは必要ない!!」なんて運動家どもは気にもせずに続けている。まあ、私らなんて見えてないだろうけど。
「場所変える?」私は彼に訊く。耳に入れば良いが。一生は調子を崩してから嫌な刺激に対する感受性が高まっていて。閾値を超えると纏めてシャットアウトしてしまう。
「いや、大丈夫なはずなんだが」と彼は下を向きながら言う。
「どうしたの?」
「いやな?さっきから耳鳴りが止まんねえ」と
「まさか―私のあの『パッチ』のせい?」
「…お前の?」と声を絞りながら一生は訊く。あのプログラム自体はいつもの義手の神経接続強化プログラムだったが、私が独断と偏見で『
「ごめん。あんたに何かしてやりたくて―いつものプログラムに『パッチ』付け加えた…クリスマスのプレゼント代わりに」勝手にやったのが不味かった。いつもこの義手プログラムの事を丸投げしてくる一生。だから普段からちょいちょい弄っていたのだ。
「…デート台無しにして済まん、が。ちと離れよう」と一生はそれに対して責めるでもなく言う。
「とりあえず…抜けたいけど」と私はあたりを見回す。繁華街のど真ん中、大きな商業ビル前の広場は混み合っていて。駅に向かおうにもどうしようもない。
「ビルん中も混んでるだろうしな」と一生はおでこに手をあてながらいう。
「無理やり引き返そう。一生歩ける?」無理言うが女の私では一生を抱えて歩くのは無理、せいぜい肩を貸すぐらいしかできない。
「なんとかするが―だめな時は頼むわ」と一生は私に寄り添いつつ言う。
「…私があんな事してなきゃ」なんてタラレバが漏れてしまう。
「確認しなかった俺が悪いからウダウダ言うな…」
◆
運動家のデモ隊は案外に多人数だった。この手のウンドウというやつは時代遅れになりつつあったが、押さえつけられればより強く反発するのが性でもある。
石器時代じみた白ヘルの群れ。彼らの装備は拡声器だけなのだろうか?
平和的なデモなら拡声器さえ
「貴様らのような危機感のない人間が―監視社会を推し進めるのだ!!反省せよ!猛省せよ!そして考えを改めよ!!立ち上がれ!!」なんてアジる運動家ども、
「一生。重ねてごめん。私のせいで」と肩を借りる一生に言う。
「お前は悪くない。パッチの件はアレだが…今日の事は良いんだ」
「でも」
「お前は―俺に引け目をずっと感じてるから…余計に考え込むだろうが…良いんだよ」と言う一生。彼の言う私の引け目とはあの事故。彼が右腕を無くしたあの日。
「アレは私のせいで―私が背負っていかなきゃいけない事で、置いてはおけない」これは譲れない。彼が何と言おうと。
「お前が俺の腕ちょん切った訳でもないだろ?俺が間抜けだっただけ。それにじっちゃんが新しいのつけてくれたから気にすんな。で。今日の事も運が悪かっただけだろうが」
「そう割り切れるもんでもない」
「世の全ては偶然、だ。いちいち理由づけしたり当事者を探したりすんな」と少し怒り口調で言う一生。
「世の全てには道理があるの。または運命。可能性を収束させたのは他ならない私。だから背負っていく。貴方を」と私は彼に言い返す。鬱陶しがるだろうが、それが私の存在理由にさえなっている。
「…俺の人生まで背負い込むな。お前にはお前の人生、あんだろうが」
「私は人の隣に立つのが好きなの」そして、その人は一生だけだ。重いかも知れないが。
「…俺はブラブラしてたいの」
「…もういい。この話おしまい。デモ抜けるわよ」
「…んだな。頭に響くぜ、アイツらのアジ」
「DNAシークエンシング義務化は政府によるトランスヒューマン製造プロジェクトの一環である!!我々から集めた塩基配列を使って新たな人類が生み出されかねない。その時はこの場で浮かれて居るような人間は家畜人類として『製造』され搾取されるだけだろう!!」なんて被害妄想を垂れ流す運動家ども。もし、そうだとしてあなた達はどうしたいのだろう?それに。新たな人類が産まれようが―彼らのいう家畜人類とトランスヒューマンが交雑するのは間違いない。かつてアフリカから出発した現世人類がネアンデルタール人と交雑したように。知りもしないで勝手な事を言ってる。
「あいつら簡単に種の分岐が起きると思ってるのね」なんて私はごちる。一生が私のせいで調子悪いのもあって余計腹立たしい。
「奴らは好きにファックも出来んらしいな」と一生が返す。
「ま、あんなの選ぶヤツいないだろうけど…ああ。なんかほんとムカついてきた」私は割に短気な激情家なのだ。
「噛み付くなよ?」と一生は心配そうな顔で言う。
「噛みつきかねない」
「あのなあ。んな感情無駄だ」と一生は呆れながら言う。
「なに?」そんなクールぶらなくても良いじゃない。
「…アイツらはそういう世界観で生きてるんだ。俺らが何言おうが絶対納得しねえ」
「無知を無知
「お前のフィールドの中では『無知』だが、アイツらはアイツらなりに『無知じゃない』」
「あんた、相対化うまいわね?だから何?」いかん。突っかかってしまった。
「クールであるだけだ」
「クールぶるのも大概にしてよ、さっきからアイツらが
「そだな、でもどうしようもないんだ。黙って去れば何も起こらん。問題起こすな萌黄」とあくまでクールな一生。頭が痛いくせに。
「うっさい!!私は腹がたってんの」なんてごねてしまう。いけないんだけど。そしてそんな事してる場合でもないんだけど。
「だまらっしゃい!!スルーすれば丸く収まんだ!!」と一生もデカイ声で応える。目立って仕方ない。
「我々の人生の自己決定権は我々と自然にのみ与えられている―って何の騒ぎだ!!我々の主張の前で!!」いかん。私達がバレた―
「…言わんこっちゃなし」と一生が小さく呟く。
「ごめん、どうしよ…」なんてさっきま威勢をふかしていた癖に小さく呟く私。
「んげ…活動家の一人がこっち見てんぞ…ていうか何か子分みたいなの引き連れてこっち来てね?」とあーあ、と呆れながら一生が言う。
「逃げるしかなくない?」と私は言う。
「…お前、俺がしんどいの忘れてね?後、運動神経悪いの。100M走15秒切ったことねーわ」高校生男子の平均をぶっちぎりで下回っているのだ。こいつの脚は。
「それでも」と私は急かす。いや無理は言ってるけど。
「…お前だけ逃げろや、後は俺が言いくるめる」なんて調子の悪い癖に調子の良い事言う一生。
「で。後で何処かで落ち合う…か」こいつを見捨てて?いや、屁理屈得意だから言いくるめるかも知れないが。それは私にはできそうにない。
「お前、
「んまあね。調子悪いし、強くないし。私が側にいたほうが良いかなって」
「お前が居たら邪魔だっつう。余計話こじれるわ」
「余計とは何よ!!でも…言うとおりかも。あの阿呆共とやりあったら喧嘩するかもね」
「んだろ?だから話が収まったら商業ビルの休憩所で落ち合おうや…つう事で帽子脱いで走れ!!」と盛大な死亡フラグを立てる一生。
「…なんか駄目そうだけど―パッチの件もあるし…行くわ。後でちゃんと来るのよ?」と私は準備をし、駆け出しながらそう言った―
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