第22話

 一心は桜井警部に娘の美紗の考えを説明すると、警部はそうだと頷いた。

「一心、その考えは当たりかもしれない。ただ、問題はそれが実証できるかだな」警部は考え込んだ。

それで一心は警部に島田に合わせて欲しいと頼んだ。警部は苦い顔をして渋っていたが、刑事を立ち会わせることで了解してくれた。

 一心が写真で見た島田の印象は身体も大きく悪人面に見えたが、実際に会うと、歩き方ひとつとっても真面目な温厚な人物に見えた。表情も柔和でとても殺人を犯す人物には見えなかった。

「娘さんには会えましたか?」一心から島田への第一声だった。

「いえ」とだけ島田は答えた。

「真帆ちゃんは、あなたが行方不明になったときは9歳、で今は13歳、すっかりお姉ちゃんになりましたよ。早く会えると良いですね」

島田は何も言わなかったが、思い出したのだろう薄っすら目が潤っている。一心は島田の家族に対する想いの強さを感じた。

「あなたの供述によれば、奥さんを奪うために自分を殺そうとした事への復讐と言ったそうですが、仮に奥さんが大西さんと幸せそうに、真帆ちゃんも笑顔で大西さんに懐いていたら、あなたは大西さんを殺そうとしましたか?」

島田は真面目に考えているようだ。この辺にも島田の性格が表れている。

やや間があって「殺さないと思います」と落ち着いた声で答えた。

「ということは、あなたから見た奥さんと娘さんは幸せそうには見えなかった、ということですね」

その問いに島田は静かに頷いた。

「じゃあ、どうして堂々と奥さんと娘さんの前に姿を見せなかったんですか?」一心は強く島田を非難するような言い方をした。

島田はビクッとして一心を凝視したまま固まっている。

暫くしてから「それは思いつきませんでした」と呟くように力なく答えた。

「俺の考えでは、足跡の濃さや歩幅の変化から、大西さんを刺したのは真帆ちゃん、おそらくお母さんが立てた計画を知ってお母さんの代わりに犯行に及んだ、そういうとこでしょう。そして奥さんは計画通り重りを入れたリュックを背負い、凶器を捨てに車で走って、途中であなたに渡し、あなたが自首をした。そういう結論に至ったんですが、違いますか?」一心は一つ一つの言葉に力を入れ、島田の供述の嘘は見抜かれていると思わせるように話した積りだった。

島田は、一心の話が核心に触れたからだろう、みるみる顔を紅潮させて、一心が話し終えると、間髪を入れず両掌でバンと机を強く叩き立ち上がって「そんなのあんたの想像だろっ!大西を殺したのは俺だ!妻も真帆も関係ない!そんな証拠はあるのかっ!」と大声で怒鳴った。

「島田さん、落ち着いて、俺の考え、と言ったはずです。警察はそうは考えていないようですよ」一心がそう言うと島田は椅子に座り直してほっとした様子を窺わせている。一心は、美紗の考えは間違いなく真実だと確信した。

「俺は、さっき言ったように、大西さんを殺害する前に奥さんと娘さんの前に姿を見せたら、奥さんは、娘さんはどうしたでしょう?と言いたいんです。二人は大西さんの元を離れてあなたに付いてきたとは思いませんか?」

島田は顔を上げて一心を見つめた。その顔には後悔の色が浮かんでいた。

「そうしたら、あなたは、とっくに、お二人と再会を祝うことが出来たんじゃないですか?」

島田はまた俯いて黙って聞いている。

「あなた若しくは奥さんか娘さんか、三人のうちの誰かが大西さんを殺したことで、真帆ちゃんの心に生涯消えない傷を残してしまったんじゃありませんか?あなたはその心の傷より殺すことを重視したってことですよ。どうして家族の心を傷付けないように、あんなクズ野郎への復讐を警察に任せなかったんですか?振り返って考えてどうですか?」

再び顔を上げた島田の目には涙が溢れていた。

「一心さんの言う通りかも知れません。あの時姿を見せる事が、その後どうなろうと、一番良い選択だったんだと思います。紗良と真帆に申し訳ないことをしてしまった。あの時、俺はただ怒りに任せて、・・・大西は自分の欲望のままに行動し、紗良や真帆の幸せなんか、これっぽっちも考えていなかったんです。だから・・・」その後は涙で言葉を詰まらせた。

「奥さんは殺人を考えるくらい辛くて苦しかったんだと思いますよ。嫌っているのに一緒に暮らすようになってしまった。真帆ちゃんの将来のためなら、自分はどうなっても良いと考えていたんじゃないかなぁ。

 先日、家にお邪魔したときに婦人科の薬の袋があったので、気になってその病院へ行って話を聞いたら、避妊薬を常用したいと奥さんは言ったそうです。間違っても大西さんの子供は宿したくないという気持ちの表れですよ。島田さんなら分かるでしょう、その時の奥さんの気持ち、俺でさえ思わず泣いてしまった。会ってさえいれば、そんな辛くて苦しくて、女性にとっては殺されるより辛い日々、まるで地獄の底で暮らしているような奥さんを、数週間か数か月かわかんないけど、早く救い出してあげられたんじゃないのかっ!」一心は言葉をしだいに強くして最後は叫ぶように言った。

島田は嗚咽し拳で机を何度も、何度も叩いて悔しがった。そして机に突っ伏して妻の名を叫んで声を上げて泣きだした。

 

やがて警察は足跡の捜査を打ち切って島田涼真を送検した。一心に警部からそう連絡があった。

それから数か月後罪が確定した。懲役5年の実刑だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る