第17話 男爵家の崩れ…
一方、ナルバレテ男爵家では――。
「あの無能なお姉様が、馬鹿にして……!」
サーラが一人、自室で癇癪を起こして部屋の物を壊していた。
花が入っていた花瓶や、壁に掛けてあった絵画、カーテンなどが床に散らばっていた。
ダンスパーティーから帰ってきてすぐで、服もまだ着替えていない。
服も動きにくかったのか、裾の部分を破いていた。
「はぁ、はぁ……」
息を荒げて部屋の物を壊し続け、当たり散らしてからソファに座った。
どれだけやっても気持ちが晴れることはない。
今日のダンスパーティーで、久しぶりにサーラの義姉、アマンダに会った。
彼女は男爵家にいた頃よりも綺麗になっていた。
ここ二年は仕事で忙しくて、容姿を整えるのは疎かになっていたはず。
サーラも容姿には自信があったが、社交界で人気になるのはアマンダのような落ち着いた綺麗な容姿の女性だ。
侯爵のカリストも容姿端麗だが、その隣に並んでも全く見劣りしていなかった。
サーラですらそう思うのだから、他の人も思っていたことだろう。
男爵家からいなくなった直後に侯爵のカリストと一緒に社交界に出ているなんて、サーラはとてもイラついた。
だからカリストとアマンダがまだ好き合っていないうちに、私が代わりに相手になると提案したのに。
自分の方が社交界の立ち回りが上手いと思って、侯爵のカリストに頼み込んだのに。
(何も、言い返せなかった……!)
カリストに言われたことは全て図星だった。
貴族の男性には人気だが、令嬢には恨まれていることが多い。
人気だからという差から恨み的な理由ではなく、婚約者がいる相手にも言い寄ったから。
いつもやっているように、身体を寄せてサーラから誘った。
するとあちらが断って、その後にその伯爵家の男性に婚約者がいることを知った。
(知らなかったんだから、しょうがないじゃない……!)
サーラはそう思ったが、貴族社会はそうもいかない。
それ以降は貴族の男性からの真面目な誘いなどもなくなり、ほとんどが下心丸出しの男達から言い寄られていた。
今の状況を何とかしないといけないと思い、勇気を出して侯爵のカリストの相手になると言ったのに。
「これも全部、無能のアマンダお姉様のせいだわ……!」
アマンダがいなければ、自分が侯爵の相手になれたかもしれないのに。
(そもそも、お姉様が男爵家を捨てたのが悪いのよ。お父様やお母様に育てられた恩も忘れて、侯爵家の家柄だけに惹かれて行くなんて、本当に最低よ)
自分のことを差し置いて、心の中でアマンダに責任転嫁する。
しかしそんなことを思っても、どうしようもない。
ただ自分の心を軽くするためだけに、そんな言い訳を心の中で並べていく。
そんな時、部屋の扉が開いた。
メイドだったら必ず声をかけてから入ってくるはずなのに、なぜ。
そう思って振り向くと、入ってきたのは父親のジェム・ナルバレテだった。
「お、お父様……!」
前までは父親のジェムに褒められることばかりで、怒られたことはなかった。
しかし……今は違う。
「サーラ、お前の部屋からまた物を壊す音がすると知らせがあって来てみたら……! また癇癪を起こして、何をやってるんだ!」
「ひっ!」
これまでも何回か癇癪を起こしたことはある。
物を何個か壊したこともあるのだが、それで怒られたことは一度もない。
男爵家の中でもなぜか資金は十分にあったので、壊してもすぐに買ってもらえた。
それに壊した理由も全部適当に言い訳、主にアマンダのせいだと言えば、「あの無能が!」と怒りはアマンダに向いていた。
「こ、これはアマンダお姉様のせいで……!」
「俺の前であいつの名を口に出すな!」
「ご、ごめんなさい……!」
今はアマンダのせいにしようとしても、逆に怒りを買ってしまうようになった。
サーラとパメラ夫人はアマンダがいなくなって、本当に嬉しく思っているのだが、ジェムは違うようだ。
アマンダがいなくなってからヌール商会のモレノと話す機会が多くなり、イラつくことが多くなった。
そしてサーラは知らないが、今はなぜかナルバレテ男爵家に余分な資金がないようだ。
「また物を壊して……誰が稼いだ金だと思っている!」
「す、すみません……!」
「全部、男爵家の金は俺の物だ! もうお前に使う金などほとんどないと思え!」
「そ、そんな……!」
今までよほど高くなければ、欲しいと言った物は全て買ってもらえたのに。
「そ、その、せめてカーテンは……!」
「チッ、確かに外から見えたら男爵家の恥だな……。だが買うことはない、適当に余っている布をカーテンにしとけ」
「そ、そんな、もっと綺麗なものを……」
「黙れ! お前が壊したのが悪いだろうが!」
「ひっ……!」
今までこんなに怒られたことはないので、サーラは泣きそうになってしまう。
「俺は忙しいんだ! 次に物を壊したら、もう何も買わないからな!」
「は、はい、ごめんなさい……!」
ジェムは苛立ったように舌打ちをしてから、まだ原型を少し保っていた花瓶を蹴っ飛ばしてから部屋を出て行った。
サーラは乱雑になった部屋の中で、悔しさや惨めさが沸き上がり、唇を噛む。
「どうして、私がこんな目に……」
アマンダが男爵家にいた頃は、まだ幸せだった。
学院でも成績が悪くて、いろんな人から嫌われていても、家に帰れば自分より無能な姉のアマンダがいると思っていた。
だけど……見ないふりをしていただけで、アマンダは優秀だと知っていた。
学院でも姉のアマンダが首席で合格したので、サーラが入る時は妹だということで期待されていた。
しかし勉強は苦手でやる気もなく、成績は全然ダメだった。
アマンダが優秀なのを、サーラは憎んでいた。
自分にもその才能が欲しかったと。
だけどアマンダが学院を卒業してからは、なぜか働き始めて無能ということになった。
だからジェムやパメラ夫人と一緒に虐めていたのに、それもあまりアマンダが気にしている様子もなかったのがイラついた。
そして今、アマンダがいなくなってから……ナルバレテ男爵家は、何かが崩れていた。
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