第15話 妹のサーラが…

「っ、サーラ……」

「アマンダお姉様……」


 ナルバレテ男爵家のサーラ、私の妹だった。


 サーラもダンスがしやすそうな綺麗なドレスを着ていて、家で見るよりも美しかった。

 だけどその表情は私を憎むように睨んでいて、お世辞にも綺麗とは言えなかった。


「サーラ、久しぶりね。元気にしてた?」


 まだ私が男爵家を離れてから二週間ほどしか経ってないけど。

 私にとっては充実した日々だったから、長いような短いような期間だった。


「ええ、もちろん元気ですわ。お姉様は、もう少しやつれていると嬉しかったんですが」

「それならごめんなさい、男爵家にいた頃よりも楽しくやっているわ」

「っ、見ればわかります……!」


 私の言葉にイラっとしたのか、眉をひそめるサーラ。

 キッと睨んでくるサーラだけど、彼女は童顔だからそこまで怖くない。


「お姉様が家からいなくなって、せいせいしていますわ。家で息が吸いやすくなった気がします」

「そう、私も同じよ。お互いに利があってよかったわ」


 私の言葉に、サーラはまた悔しそうに唇をかみしめる。


 彼女はよく私を煽るように嫌味を言ってくるけど、適当に流して終わらせている。

 だけど家にいた頃はすぐに部屋に行ったりして私から離れていたんだけど、今はカリスト様を待っているから、ここを離れられない。


 だからサーラが飽きてどこかへ行くか、カリスト様が帰ってくるまで話さないといけないわね。


「サーラ、あなたはダンスの相手は決まっているの? まだ決まってないなら、バルコニーにいないで会場にいた方が見つけやすいと思うわ」


 心配をしている風に言っているけど、会場に戻ってほしいと暗に伝えている。


「ふん、ご心配なく。私はお姉様よりも学院で社交性が高くて人気だから、会場に戻れば何人もの男性に声を掛けられますわ」

「そうなのね、それは安心ね」


 確かにサーラは可愛らしく、庇護欲が湧くような愛らしい容姿をしている。

 ナルバレテ男爵家にいた頃、お父様から「お前もサーラのように人気者だったらよかったな」と言われたことは何度もある。


 まあ私は人気者になるよりも、錬金術や授業の成績を重視していたから、別によかったんだけど。


「そうです、だけどカリスト侯爵様ほどの身分の方からは誘われない……だからお姉様、カリスト様の相手を譲ってください」

「はい?」


 いきなりの提案で意味がわからず、聞こえていたのに聞き返してしまった。


「私にはわかります。カリスト様とお姉様は行為を抱いているわけじゃく、ただカリスト様が女性避けで相手が欲しかっただけだと」

「……それはどうかしらね」


 正解だけど、私からそれが当たっていると伝えることはない。


 私からそれを言えば、カリスト様が「女性を避けるために適当な女性に相手を頼んだ」と他人に知られるかもしれない。


「絶対にそうです。だけどそれなら、お姉様よりも私の方が相応しいです。お姉様のような社交界に全く慣れていない令嬢なんて、侯爵様に相応しくありません」

「それを決めるのはサーラ、あなたじゃなく侯爵様よ」

「っ、社交性もない無能なお姉様が偉そうに――!」


 顔を赤くして声を荒げるサーラだが……。


「その通りだ」


 私達は喋っていて、バルコニーに入ってきた男性に気づかなかった。


「っ、カリスト侯爵様……!」


 サーラがその男性、カリスト様を見てすぐに頭を下げた。


「侯爵様、お騒がせして申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました」

「ああ、本当にな」

「っ……」


 サーラは形だけの謝罪を肯定されるとは思わず、少したじろいでいた。

 カリスト様は頭を下げるサーラを一瞥してから、私に近寄ってくる。


「アマンダ、飲み物だ。アルコールは入ってないものを選んだ」

「ありがとうございます」


 グラスを受け取り、私は一口飲む。甘くて美味しいわね。


「そろそろダンスの音楽が始まりそうだから、会場に戻ろうか」

「はい、わかりました」

「あ、あの!」


 私がカリスト様の腕に手を軽くかけてバルコニーを離れようとした時、サーラが顔を上げて止めに入った。


「……なんだ?」


 カリスト様は私に話しかけるよりも冷たい声で返事をする。

 サーラは怖気づいたように半歩下がったが、それでも息を呑んでから喋り出す。


「っ、お、お姉様より私の方がカリスト侯爵様の相手に相応しい立ち振る舞いが出来ます! なのでどうか、私をダンスの相手に……!」


 まさかここまで勇気を振り絞ってサーラが言ってくるとは思わず、ビックリした。

 だけどこれは、蛮勇と言うしかない。


「話にならないな」


 カリスト様はサーラの言葉をぶった切るように言い放った。


「ここで俺がアマンダを差し置いてお前を選ぶことがあると思うか? そんなことをしたら、会場に連れてきた相手をいきなり変えたと、俺の悪評が広まるだけだろうが」

「っ、す、すみません、でしたら次の社交界では私を……!」

「それに社交界での立ち振る舞いがアマンダよりも上手いと言っていたが、お前はたいして上手くないだろう」

「なっ、そ、そんなことは……!」


 サーラは否定しようとするが、カリスト様が淡々と責めるように話す。


「アマンダを調べる時に調べてあるんだ、サーラ・ナルバレテ。学院での成績はどの教科も低く、今のやり取りでもわかったがまるで知性が感じられないな」

「っ……」


 サーラって成績悪かったのね、知らなかったわ。

 確かに社交性が優れている、という噂しか聞いたことなかった。


「それに社交界の立ち回りが上手い、と言っていたが、男に媚びるのが上手い、の間違いじゃないのか?」

「なっ……!」


 カリスト様の失礼な言葉に、サーラが目を見開いた。


 そして何か言い返そうしたのかと口を開いたが……。


「社交界で誰か仲が良い令嬢がいるのか? 最後に茶会に誘われたのはいつだ? 茶会は令嬢が開くから、男性から好かれていても誘われないからな」

「そ、それは……」

「言えないだろう? お前は身分が上の男にばかり媚びを売って、男に婚約者がいることも知らずに媚びを売り続けているからな。そんな令嬢が他の令嬢に好かれるはずがない」

「っ……」


 言い任されたようで、サーラは何も言えなかった。


 だけど社交性が高いって、まさかそういうことだったのね。全く知らなかったわ。

 サーラが自分の弱点のようなことを、私に伝えるわけがないから知らないのは当然かもしれないけど。


 そんな人に嫌われるような立ち回りをしていたら、いつかまずいことになるだろう。


 いや、もうすでに何かやらかしていてもおかしくはない。


「もう二度と、ビッセリンク侯爵家に自分が相応しいなど言わないでほしいものだ」


 カリスト様は最後に冷たく言い放った。

 そしてサーラに背を向けて「行こう」と私に声をかけて、私はカリスト様の腕に手を添えて一緒に歩いていく。


 サーラの方を一度振り向いたが、俯いていて表情は見えなかった。


 会場に戻るとすでに音楽は流れていて、何組かの男女はすでに踊っていた。


「俺達も踊るか。面倒なことは早めに済ました方がいい」

「そうですね」

「ダンスの練習は出来なかったが、大丈夫か? リードはするが」

「大丈夫です、学院の頃に何度も練習したので」


 数年やってないから少し不安だけど。

 私とカリスト様は会場の真ん中あたりに行って、ダンスを始めようとする。


 すると会場の人々がこちらを注目しているのがわかった。


「わかっているかもしれないが、これは俺というよりも君に視線が浴びている」

「はい、侯爵様の相手である私がどれほどの者か、ということですよね」

「ああ、大丈夫か?」

「問題ありません」


 錬金術で危ない素材を組み合わせる時、少しでも配分を間違えたら爆発して命が危ない時がある。


 その時の緊張感と比べたら、このくらいは余裕ね。

 カリスト様と片方の手を繋ぎ、彼の手が私の腰に当てられ、私は彼の肩辺りに手を置く。


 そして音楽に合わせて、踊り始める。


 最初はカリスト様も私をリードしようとしてくれていた。

 だけどそれじゃ周りにもわかってしまうので、私から踊りの振りを変えてステップを踏んでいく。


 カリスト様は目を見開いて一瞬だけ遅れたが、すぐに合わせてくれた。

 さらに口角を上げて、「ついてこれるか?」というように激しい踊りをし始めた。


 だけど学院にいた頃はなぜか熱血で厳しい先生に見初められて、ずっと踊っていたからこのくらいは余裕でついていけるわ。


 その後、お互いに難しい振りを勝手に始めて、それを合わせて動いていく。

 それが意外と楽しくて、最初にカリスト様は「軽く踊って終わるか」と言っていたはずだが、気づけば長い時間踊ってしまっていた。


 音楽が一度止むまで踊り続け、音楽が止むと同時に……周りから拍手が鳴り響いた。

 周りを見ていなかったが、どうやらかなり注目されていたようね。


「素晴らしいダンスだった!」

「これほど綺麗で華麗なダンスは初めて見たわ!」

「息がとっても合っていて、見ていて楽しい気持ちになりました!」


 周りの方々が口々にそう言っているのが聞こえる。

 侯爵のカリスト様を褒め称えるために、大袈裟に言っているのかもしれないけど。


 それでも意外と楽しく踊れたからよかったわ。


「カリスト様、ありがとうございました。それと踊りを合わせていただいて、すみません」

「いや、とても楽しかった。生まれて初めてだ、ダンスを音が止むまでしていたのは」

「私もです」

「そうか、よかった」


 カリスト様はそう言って、私の手を取って甲に唇を落とした。

 ダンスの相手として務めた女性にそうして礼をするのはよくあるのだが、まさかカリスト様にしていただくとは思わなかった。


 なんだか嬉しくて、そして恥ずかしくて……カリスト様の顔をしばらく見られなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る