第21話 感謝
朝食後、応接間に移動してソファに座り、使用人のコリンヌが持ってきたコーヒーを二人で飲んだ。
「コーヒーに含まれているカフェインには、胃液の分泌を促す効果があって消化をスムーズにさせるので、食後に飲むのに最適なんですよ」
「へええ……そうなんだ。なんとなく、食後はコーヒーという雰囲気で飲んでいたんだけど、ちゃんとした効能があるんだね」
「です。もっとも、飲み過ぎると胃酸が分泌され過ぎて胃が荒れてしまい、胃痛を引き起こしてしまいますが」
「な、なんにせよ摂り過ぎ注意ってことか」
「そういう事です」
そんな会話をしつつ、コーヒーも半分ほど飲み進めたあたりでエリクが切り出す。
「改めて、お礼をさせてほしい」
「お礼、ですか?」
ヒストリカがきょとんと首を傾げる。
「うん、昨晩は助かった。ずっと眠れなくて悩んでいたから……久しぶりにぐっすり寝る事が出来て、本当に気持ちの良い朝を過ごす事が出来ているよ」
昨日の弱々しい声とは似ても似つかない、張りのある声でエリクは言う。
「起きてからも、白湯を作ってくれたり、散歩に連れ出してくれたり、美味しい朝食を作ってくれたり……こんなに清々しい朝を過ごせた事は、今までないように思う」
起床して一時間ほどで、とても健康的な行動が出来ている実感がエリクにはあった。
そのおかげで頭は冴え渡り、身体の芯からは活力が漲っているような感覚もある。
エリクが言葉を続ける。
「とはいえ、なんというか……色々気遣ってもらって申し訳ない気持ちが強いんだけど……」
「エリク様が気にする必要はありませんよ。旦那様の体調を気遣い、最高のパフォーマンスを出せるように動くという、妻として当然の事をしたまでです」
「それでも」
痩せこけた顔で優しく微笑んで、エリクは頭を下げて言った。
「ヒストリカにはすごく感謝している。本当に、ありがとう」
心の底から湧き出たとわかる、ヒストリカに対する感謝の念。
しばらくヒストリカは、反応する事が出来なかった。
実際ヒストリカは、嫁ぐ際に決めていた『エリクを支える側に徹する』という方針通りのことをしたに過ぎなかった。
今度は男性の前に出過ぎず、サポートに全力を尽くすという強い決心である。
……サポートをするにあたって前のめりになっている感は否めないが、ヒストリカにはあまり自覚はない。
何はともあれ、エリクからこんなにも純粋な感謝を受け取るなんて思ってもいなかった。
「ヒストリカ?」
「あ……すみません」
思わず目を逸らすヒストリカ。
今まで碌に人に褒められて来なかったから、他者からの純粋な感謝というものにヒストリカは慣れていない。
「お役に立てたようでしたら、何よりです」
胸の辺りに妙なくすぐったさを感じつつ、ヒストリカは言う。
同時に、思った。
(やはりエリク様は……とても誠実な方なのかもしれません)
夫婦とはいえ、本来ならずっと立場が下である自分に対して、「ありがとう」を口にしてくれる。
その言動は、エリクという人間の誠実さを明白に表していた。
胸のくすぐったさはじきに、温かい気持ちへと変化する。
この方なら信用しても……と思ったところで、脳裏に響き渡る声。
──女のくせに出しゃばり過ぎなんだよ、お前は!
「どうかしたのかい? 難しい顔をして」
押し黙るヒストリカに、エリクが尋ねる。
「あ、いえ……なんでもありません」
小さく頭を振って、何も悟られぬよういつもの無表情でヒストリカは言う。
(期待してはだめよ……期待しては……)
どこか寂しげに目を伏せて、ヒストリカは自分に言い聞かせた。
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