第44話 風のとおり道 後編

 そしてキースが何かを決意した少し前、エメリアはシャルルから異世界人だという告白をされて目を丸くしていた。



 エメリアはシャルルからの告白を受けて、脳の中の引き出しを全部開け放って調べてみたが、彼が何を言ってるのかさっぱり理解できなかった。


「い…いつから?子供のとき?赤ちゃんの…?」


 シャルルとは幼少期の頃から一緒に育ってきたし、赤ん坊の頃に来たと言うことなのだろうか?

それとも両親が異世界からやってきたと言うことなのだろうか?

エメリアの頭の中には様々な疑問が湧いてきてはぐるぐると回った。


「ううん、大人になってからだよ」


 シャルルの答えを聞いて、疑問はさらに早く回転した。

一体何を言ってるんだろう?冗談?でもそういうタイプではないし、

エメリアの頭の中はどんどんぐちゃぐちゃになっていった。


「本当はね、エメリアと僕は子供の頃一緒にいなかったんだ。それはね、エメリアの記憶が作り替えられて、そう思わされてるだけなんだ」


 シャルルはできるだけゆっくりと話したが、エメリアはそれでも何を言ってるのか分からなかった。


「どういうこと?だって…たくさん遊んだよ?公園でお話ししたり、家の近所の小川でかくれんぼもしたし!」


「ごめんね、僕はそのどれもしてないんだよ。…悪い悪魔が君の脳を作り替えてしまったんだよ」


 本当は神なんだけどエメリアにとっては悪魔みたいな物だからそう説明した。


「…じゃあ私の思い出は全部…偽物…なの?」


「いや、多分…聞いた感じだと僕とのエピソードだけ後付けされていて、他の思い出は君自身のものであってると思う」


「そっか…」


 忘れたいことだけは本当なんだ、とエメリアは言おうとしてやっぱりやめておいた。


「シャル君はね…小さい頃は女の子か男の子か分かんないくらい可愛い顔をしてて、泣いてる私の隣に座ってよく話を聞いてくれたんだ。いっつも黙って手を握ってね、最後にはなんだかおかしなことを言って笑わせてくれたの」


 エメリアは自分の大切な思い出を確認するようにゆっくりとシャルルに話した。


「…少し背が伸びてカッコよくなってきたら他の女の子にも噂されるようになって、悔しかったなぁ。私のね…初恋の人だったんだ」


「そうだったんだね、ありがとう」


 シャルルはエメリアの話を聞いて泣き出したいほど胸の奥が痛んだ。

しかし、悲しい顔は一つも表には出さなかった、それは今エメリアのためにだけあるべきだと思ったから。


 ただじっと肩に伝わるエメリアの震えに神経を集中させていた。


「偽物でもなんでも私構わないよ。いいこと一つもなかったんだもん…嘘でも…ううん、嘘の方がいい…」


 エメリアは幼少の頃に病気で両親を亡くしていた。

流行病で亡くなった両親の代わりに彼女を育ててくれたのは父の弟だった。


 他に親戚がなく、仕方なくエメリアを引き取った叔父は彼女を毛嫌いした。

お前も病気を持ってるんじゃないかと子供のエメリアを納屋で寝かせ、病気ではないと分かってからはストレスの捌け口にして暴力を振るった。


 そんな暮らしに耐えて十年が経ち、エメリアが家を出て暮らそうと思ってることを叔父に伝えると、叔父は家に見知らぬ男たちを呼んできた。


 男たちは奴隷商だった、叔父はここまで育ててやった恩を返せと言いながら、エメリアの服を引き裂いて、奴隷の烙印を腹に押した。


 エメリアはその場から命からがら逃げ出すと、町のゴミ捨て場で一週間隠れて過ごした。

空腹と絶望の中で自ら死を選ぼうとしたときに、叔父がそこに現れた。


 汚らしい手と目つきでエメリアを連れ戻そうとした。

彼女はゴミに捨てられていたナイフを叔父の喉元に突き刺し、そして、そのまま街を逃げ出してプルミエの酒場で仕事を始めた。


 そこでも奴隷の烙印を見られてしまい、奴隷商が連れ出そうとしてきた。

そのときに彼女を助けたのがシャルルだった。


 エメリアはそんな思い出を遡りながらついに深紫の瞳から涙をこぼしてしまった。


 シャルルはそっとエメリアを抱き寄せて耳元に口を持っていった。


「僕はね、エメリアの本当の初恋の人になりたいんだ。そして今よりもっと君に好きになってもらってみせる、約束する。エメリア…僕は君が好きなんだ」


「でも…シャル君、私怖いよぉ…」


 そう言ってエメリアはわんわんと泣いた。いつも静かに泣く彼女がシャルルの腕の中で声を立てて涙を流していた。


「大丈夫さ。僕が一緒にいる、他のみんなもね。それにエメリア、君は強い人だよ」


 強くなんてない、ここまでなんとか生きてこられたのは偽物の記憶してもシャルルがいたからだ、そんなことをエメリアは思った。


 無論、それは彼女の思い違いで実際にエメリアはシャルルの記憶なしで生きてきた。

でも、今度は本当にシャルルがいてくれる、それならもしかしたら…と彼の背中をギュッと掴んでいた。


 それから少しして、メイシーがフィーラの家に帰ってきた。

シャルルとエメリアの顔を順番に見比べて、話をしたことを察したようだった。


「話したのね」


質問にシャルルが頷いたのを見て、小さく深呼吸をした。


 エメリアがどんな結論でも受け入れなければならない、そう決めて胸を張ってエメリアの目を見つめた。


「それで…エメリア!あなたはどうするのかしら?」

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