第18話 いつか王子様が 前編

 嵐の後、ギルドで今回の報告を済ませると、シャルルとエメリアは銀ランクに昇格された。


 二人が喜びを分かち合おうとしていると、キースは既に、新しい依頼書を持っていた。


「君のスパルタ指導には大変感謝しているが、もう少し情緒を覚えてくれないかな?」


シャルルが嫌味たっぷりにキースに語りかけた。


「ここまではすぐに上がるからな。とっととランクを上げないと爺さんになっちまうぞ」


キースは平然と答えた。


 次のクエストの内容は、プルミエと南部の街トットロンデを繋ぐ街道沿いに大量発生しているコウモリ型のモンスターの駆除だった。


今回の依頼書には金ランク専用と書いてあったので、シャルルは一応文句を言ってみた。


「僕たちがたった今、銀ランクになったことは君には伝わっていなかったのかな?」


「ブロンズからシルバーに上がるのと違って、こっからは何個かクリアしねぇと上がれねぇからな」


まるで、話を聞く気が感じないキースを見て、シャルルの目には化け物ではなく悪魔のように写っていた。


 エメリアが、頑張りますと言いながら依頼書にサインをしたので、シャルルもその下に自分の名前を書いた。


「これで頼む」


キースがぶっきらぼうな態度で受付の男性に依頼書を提出した。


「こちらのクエストは、15名定員となっておりますが、合同受注されますか?」


「いや、このメンバーだけで大丈夫だ」


ここでエメリアが驚いて思わず声を上げた。


「じゅ、15人…?」


シャルルも。

おそらくエメリアと同じ気持ちでキースを睨みつけていた。


「なんだ…見てなかったのか?クエストの定員は最初に確認しろよ。」


 呆れたようにキースが受付に置かれた依頼書の定員の部分を指でトントンと叩いた。


「あの…私た…」


「僕たちは3人しかいないんだが、それもご確認していただけるかな?」


「いや、大丈夫だ。この依頼にはこのメンバーだけで参加する。登録してくれ。」


シャルルがエメリアの言葉を遮ってキースに喰いかかったが、キースは受付との会話を続けてしまった。


「それでは…本クエストは4件同時進行になります。別のパーティの方々と、遭遇した際にはご協力をお願いします。」


キースは、ここでも、あぁとだけぶっきらぼうに答え、受付を後にした。


 颯爽とギルドから立ち去ろうとするキースの肩をシャルルが掴み、苛立ちと共に呼び止めた。


「おい!少しは説明してくれ!」


 キースは、つまらないような呆れたような顔をして、シャルルとエメリアについて来い、と顎で合図をした。


 連れられたまま、シャルルたちは喫茶店に入った。

キースが選んだその店は、ガラリとして客の気配はなかった。

しかし、窓ガラスは静かな店内を映し出すほど磨かれていたし、カウンターに置いてあった陶器でできた女の子の人形はホコリ一つなく磨かれていた。

 

 シャルルたちが入ってきたドアを閉めると、街の音は消え、カチカチ、と古びた鳩時計が等間隔に時を刻む音しか聞こえなくなった。


 入店した瞬間に、鼻の中に広がったコーヒーの芳しい香りを嗅ぎながら、シャルルはいい店だな、と思った。

そして、先日のレストランといい、朴念仁の頭のどこにこんな素敵な店の地図が入っているのだろうと不思議に思った。


 席につき店主にシャルルとエメリアはミルクとコーヒーを、キースは、似合わないことに、紅茶を注文した。


 店主は慣れた手つきで作業をこなした後で、音もなくシャルルたちに飲み物を運んできた。

そのあとは、3人の視界に入らないように店の端にあった古びた椅子に腰をかけて、新聞に目を落としていた。


 シャルルは改めて今回の件についてキースに質問した。


「それじゃ、素敵なコーヒーが届いたところで説明してもらってもいいかな?」


「…ランク上げのためだ。今回のクエストは15人定員だからな、ランクポイントもそれなりに多いはずだ。3人ならもっと多いだろ?」


「それは…そうだろうが、危険度だって3人で引き受けることになるんじゃないのか?」


「今回は俺も戦う。命の危険は心配しなくていい。」


 キースがごくごくと紅茶を飲みながら答えた。

ガサツなキースの飲みっぷりに、シャルルはせっかく美しく淹れられた紅茶に同情した。


「最初に説明してくれればよかったじゃないか」


シャルルがキースに詰め寄ると、キースはシャルルの顔をみていつものように小さくため息をついた。


「はぁ…あのな、ギルドでそんな話できるわけねぇだろ?

俺たちはポイント狙いだから最小人数でやりたいですなんて言ったら、向こうだって嫌な顔をしてくるし、最悪断られるぞ?」


そんなことも分からないのか、と言いたげにつまらなそうにしてる目の前の男を怒鳴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだったが、シャルルはその気持ちをコーヒーと一緒に胃の奥に流し込んだ。


「あの…4件同時進行ってどういうことなんでしょうか?」


エメリアがキースに尋ねた。


「今回の対象モンスターはトルポって名前のコウモリの群れだ。

こいつらは、とにかく数が膨大でな、旅人が木が生い茂る森だと思って入ったら、葉っぱに見えてたのは全部、枯れ木を寝ぐらにしてたトルポの群れだったなんて話があるくらいだ。

今回は街道沿いにトルポの群生地が四つ確認されてて、それを全部四つのグループで同時期に叩いてくれって依頼だ」


キースが、エメリアの質問に一息に答えてもう一度、紅茶に口をつけた。

結局ふたくちでキースはこう茶を飲み干してしまった。



「だから…他のパーティとの連携してくれって言われたんですね!」


「実際は、同時進行クエストで他所との連携なんてしないけどな」


「どうしてですか?」


エメリアが不思議そうな顔をしてキースを覗き込んだ。


「とっとと自分の持ち場を終わらせて相手の持ち場を取りに行けばランクポイントが貰えるからだ」


「な、なるほど」


生々しいギルドの内情を聞いたエメリアは、肩から手のひらまで力をいれてぎゅっとコップを握りしめた。

負けないぞ、と決意をしている風だった。


「ってわけで明日の朝出発するぞ」


「あ、明日…。頑張ります…!」


 キースから今後の予定を告げられてエメリアは、肩に入れた力をそのままに、頑張ると宣言した。

 本当は、休む間もなく動き続けてきたことで、身体中に疲れが沈澱していたけれど、それを無視しなければいけない、とエメリアは考えていた。

その時、シャルルは椅子から腰を持ち上げてキースを怒鳴りつけた。


「エメリアは今朝戻ってきたんだぞ!貴様の頭を開いて僕が休憩という2文字を書き込んでやろうか!?」


突然シャルルが怒り出したので、店主はビクッと震えたあとで、老眼の底からシャルルの顔を覗き見たが、そのあとすぐにまた気配を消して老眼越しの新聞に目を戻した。


「話を聞いてなかったのか?」


『聞いとらんかったのか?はよう行かんと』


 目の前の無遠慮な男と、どこか遠くにいる身勝手な老人が、全く同じことを、全く同時に話したので、シャルルはいつもの倍、不快感に襲われることになった。

 二人の気に食わない男に対して、シャルルは短く


「やかましい!」


とだけ強く言っておいた。


「はぁ…分かった。出発は3日後の朝だ。多少出遅れるが、トルポは数が多いからな、多分平気だろ」


キースは、シャルルの強情な態度に、観念したようにため息をついた。


 そして、エメリアをチラッと一瞥してから、とっくに空になった紅茶を飲むそぶりをしながら、新しい予定を伝えた。

きっと、エメリアのことをまるで気遣わなかったことを反省してるのを2人に知られるのが、恥ずかしくて隠したかったのだろう。



そうして3日後の朝、出発する時がきた。


 この3日間、シャルルは街を散策してみたり、エメリアを食事に誘ったり、迷子を助けたり、老婦人の家の壊れた窓を直したりと、多忙に過ごしつつも羽を伸ばしていた。


 その間、服屋を見つければネクタイを探したのだが、この世界には文化がないらしく、どこにも見つからなかった。

仕方なく派手な赤いシャツだけ購入して、いつもの白い上着の下に着ることにした。


 じゃあ行くぞ、と言うキースの声に従って二人は南門から、トットロンデ街道を目指し始めた。


『シャルルよ、この3日間、ワシが何も言わなかったのは何故じゃとおもう思う?

今回の旅は素晴らしい旅になる予感がするのぉ』


 出発と同時にそんな不吉の宣告がシャルルの耳に響いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る