異世界テンプレ?そんなことより僕はロマンスを突き進む〜ロマンスにテンプレはない〜

ココですココ、ここ

第1話 決意の朝に 前編

 どっしりとした重厚感のあるレンガの建物が美しく立ち並ぶ街並み。

砂埃を舞い上げながら、やかましい轟音で叫びながら走る馬車。

街のあちこちには、ピカピカと光る甲冑に身を包んだ騎士が闊歩している。

そこはまさに一点の疑いようもなく異世界だった。

 

 そんな麗しの異世界に降り立って、1人呆然としている金髪の青年の姿があった。


 青年の名前はシャルル=レント、といってもほんの1時間前までは違う名前だったのだが、つい先ほど世界観に合わせて改名させられたのだ。


 シャルルの外見は美しかった、ウェーブがかった金髪も、スラリと長く伸びた両の足も、一見すると男性のものとは思えない美しい指先も、何よりほんのりと青みがかった黒の瞳は美しい月夜を切り取ったかのようだった。


とんでもないことになったぞ…と、

目の端に映る前髪の色に違和感を感じながらシャルルは考えていた。


 ブランチを済ませて、気晴らしに街を歩き、車に轢かれそうな幼い女性を助けてみたら、あっという間に名前も髪の色も服も変えられて異世界なる謎の土地へ放り込まれた…

何を言っているかは分からないと思うが僕にはもっと分からないんだ…といったような言葉が頭の中で壊れそうな風車のように回転していた。



『呆けておる暇はないぞ!酒場へ向かうのじゃ!』


 シャルルの頭の中に声が響く、先程自分のことを神だと名乗った5人のうちの1人である老人の声だ。


『見も知らぬ街と見た目になって酒を飲むような気分になれ…』


 シャルルが、テレパシーみたいだなと考えながら、呆れたように前髪を指でいじりながら脳内で返事をする。


『飲まんでええ!とにかく行かねばならぬのじゃ!そう決まっておるのじゃ』


 口答えは許さないといった感じで話を遮り捲し立てる神の声を聞きながら

神というものはここまで身勝手な物なのか、神なのだから仕方ないのか…

と諦めを原動力にとりあえず歩き始めることを決めさせられた。



 酒場への道は神が事細かにナビゲーションしてくれた。

迷子になった子供であれば手を合わせて感謝するだろうが、シャルルには今は少し鬱陶しいくらいだった。


 そんなシャルルの目の中に、足を押さえてうずくまる女性の姿が入ってきた。

 網膜に映り込んだそれが、視神経を通り外側膝状体を乗り越え脳の後頭葉に到達するよりさらに早く、シャルルはその女性の傍に膝をついていた。


「どうしましたか、ご婦人?あぁ…ヒールが脚に悪さを働いたんですね…」


 突然の事態に目を丸くする女性に、シャルルは優しく目を細めて微笑みかけてみせた。


「僕があなたの脚にピッタリと似合う靴を仕立てて差し上げたいのですが、それには時間がかかりすぎる…。

とりあえず手をお貸ししますので、そこの喫茶店でその美しい羽を休めるのはいかがですか?」


 シャルルの長ったらしい物言いに女性は、少し赤らみながら気恥ずかしそうに笑ってみせた。

そしてもう…!っと言いながら軽くシャルルの肩を叩き、お願いしようかしらと答えた。


 シャルルが優しく女性を支え、喫茶店に入り、自分のコーヒーとミルクを頼もうとした時にまたも脳内に老人の声が鳴り響いた。


『シャルル!何をやっとる!時間がないんじゃぞ!』


『何って…あなただってどんなに時間が無くても雨に降られれば傘をさすでしょう、それと同じことです。』


 早くも聞き飽きてきた老人の声にシャルルは苛立ちながら頭の中で返事をした。


『お主の美徳の話はしておらん!時間がないのじゃ!』


『美徳などではない』


 そうきっぱりと返事をするとシャルルはおもむろに立ち上がった。突然のことに驚いている女性に、


「失礼。悠久にあなたとこうしていたいのですが、時間と神がそれを許してはくれないようだ…。

もし次にお会いすることができればその時にこのお詫びをさせてください。」


と答え、ポケットに入っていたおそらく神が持たせたのであろう、この世界の現金を机の端にそっと置いて立ち去った。

 

 怒りと申し訳なさで女性の顔を見ることができなかった。


『それではいよいよ酒場じゃな!』


『今僕はものすごく機嫌が悪いのでしばらく話しかけないでください』


 苛立ちの原因が年甲斐もなく陽気に話しかけてきたことに腹を立てるシャルルに対して、原因はそれでも早う早うと楽しげに話しかけてきた。

あまりの傍若無人ぶりにシャルルは怒りを通り越して呆れ果てて歩いた。


 シャルルが店の前に辿り着くと、そこは本当に営業しているのか疑わしくなるほど寂れた建物だった。

店のガラス窓にはヒビが入り、屋根には蜘蛛の巣、ドアノブは元の色がわからなくなり、本当にこれを開けて店の中に入るものがいるのだろうかと思わせる外観だった。


 看板には居酒屋ラグナロクと書かれており、酒場であることには間違いはなさそうだった。


『店名だけは良い趣味をしているようですが…本当にここに入るのですか?』


シャルルは目の端に映る前髪を払いながら恐る恐るそう尋ねた。


『良い趣味ぃ?まぁ早う入らんか!早う!』


相も変わらず、神は壊れたラジオのように早う早うと繰り返していた。


 ギイギイと来るものを拒むように音を上げるドアを開けると、残念ながら想像通り中も外観通りの汚さであった。

シャルルはまだ1番まともそうな窓際の席につき、ホコリと格闘するように小さく息をしていた。


 するとその時、ホコリを爆発させるように大きな物音が鳴り響いた。カウンターに座っていた、2メートルをゆうにこえる大男が、華奢な女性のウェイトレスを両手を持ち宙吊りにして、汚らしくヨダレを撒きながら笑っていた。


シャルルは咄嗟に立ち上がって大男の前に飛び出した。


「何をしている!今すぐその女性を離せ!できるだけ丁重にな!」


このときシャルルの頭の中は女性を助けることで一杯になっていた。


 汚いホコリを大量に吸引していることも、視界の端に映る前髪が金髪なことも、自分の身長が180程度で相手が2メートルを超える巨体だということも、喧嘩に勝ったことなど小学生の頃から一度もないということすら脳内の戸棚の1番端の棚の奥深くに仕舞い込んでしまっていた。


「なんだぁ、事情も知らない坊ちゃんがしゃしゃりでて良い場面じゃねぇんだよ!」


大男が突然の乱入に怒り狂いながら叫んだ。


「事情など関係ない!彼女が女性でその彼女が貴様のようなものに暴力を振るわれんとしている!それだけが問題なんだ!」


全く動じることなくシャルルも叫び返す。

 

 シャルルと大男がそうしている間に、数人の他の客はいそいそと店から逃げ出し、店主はデパートのマネキンも嫉妬するほど見事に息を殺していた。

 そしてウェイトレスは口と目をこれでもかというほどキツく閉じて、何も見ず何も言わずにその地獄のような状態が終わるまで耐え忍ぼうとしているようだった。


 そんな彼女の姿を見てシャルルの怒りは限界に達していた。

限界だと思っていた地点よりもさらに高く怒りが立ち昇り、大男に、運動音痴らしい不様な格好で飛びかかった。


 飛びかかった…と思われた瞬間に、シャルルの腹に鉄球を叩き込まれたような衝撃が走り、シャルルは吹き飛ばされた。

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