第三章・狙われた理由

仁万咲来は、竹刀袋に入れて置いた木刀を取り出す。


「随分と探しました。ご丁寧に『末路不和神霊まつろわぬかみ』の『秘境神域かみかくし』を使うとは、…余程、自分の行いを見られたくなかったのですね」


男、三刀屋剣也の方を見た。

包帯の隙間から、三刀屋剣也が視線を向けている。


「出雲郷家のメイドか…ッ」


最悪だと言いたげな表情をしている。

彼女の登場によって、少なくとも勢いが変わるのは当然の事だ。


「(仁万と言ったな、流石に、この女を相手にするのは分が悪過ぎる)」


春夏秋冬式織から遠ざかる。

いかにしてこの場を切り抜けるか思案する。

仁万咲来の登場、その一瞬の間で、春夏秋冬式織は体を起こす。


「…咲来の姉ちゃん、もしかして、助けに来てくれたの?」


そう呟いて、春夏秋冬式織は咳をした。

仁万咲来の方に目を向けるが、その目には救済による感謝など無かった。


「だったら、ごめん、これは、俺の喧嘩だ。俺がやらないとダメなんだ、なによりも…」


これは春夏秋冬式織の戦いである。

途中で割って入る仁万咲来は、春夏秋冬式織が望んだ行動では無かった。

だから春夏秋冬式織はボロボロの体でゆっくりと立ち上がる。

今度は敵を見つめる、春夏秋冬式織の眼前に立つ男を睨む。


「俺の親父をバカにされて、何も思わない子供は居ないだろ」


先程の話。

春夏秋冬式織の父親である春夏秋冬澱織に暴言を吐いた三刀屋剣也を、春夏秋冬式織は許さないだろう。

彼の憤りに、仁万咲来は笑う。

それは、仁万咲来にとって、とても好みな解答が来た為だろう。


「…ご安心下さい、例え貴方が死ぬ事になろうとも、私は介入はしません、これは、貴方を鍛える為に用意したものなのですから」


仁万咲来は木刀の手を緩める。

その仕草を確認した春夏秋冬式織は、安心して三刀屋剣也の方を見た。


「あんたに一つ、聞きたい事があるんだけど…なんで、オリオリが嫌いなんだ?」


その言葉に歯軋りをする三刀屋剣也。

憎々しい男の表情を思い浮かべて、その拳で叩き付けてやりたいと言う衝動に駆られる。


「ああ?決まってるだろ、あの男は、俺が手を貸してやると言ったのに、その加勢を断りやがった、あまつさえ、俺のフォローに対して邪魔だと言いやがったんだ、自分が強いからって、調子に乗りやがってッ」


それは学生時代の話だった。

春夏秋冬澱織の下に、三刀屋剣也が居た。

末路不和神霊まつろわぬかみ』を討伐していた時に、三刀屋剣也が手を貸していたのだが、それを春夏秋冬澱織は不要と断じたらしい。


「…それは逆恨みですね、式織様、澱織様の名誉故に言いますが、邪魔をしていたのはむしろ其処の男です」


仁万咲来は幼少期からその話を知っている。

主に春夏秋冬澱織が深酒で愚痴っており、愚痴の被害に遭っていた黒周京極らが宥めると言う構図。

故にその話を知っている。

三刀屋剣也はその実力で、春夏秋冬澱織を助けてやろうと思っていたのだろうが、それが裏目に出てしまったらしい。


「三刀屋剣也。この男は自分の能力を過信している、それ故に傲慢であり、この男の独断的行動によって被害が甚大になった事もあります」


末路不和神霊まつろわぬかみ』を一人で討伐出来るとして、より多くの人間を犠牲にしたらしい、それによって十月機関の上層部によって批難され、現在では現場を離れて護衛人になっていた。


「それでも、自分が決して勝てぬ相手、春夏秋冬澱織に対しては従順でした、この男にとって、澱織様は憧れだったのでしょう、自らが買って加勢に入ると、自分の存在価値を春夏秋冬澱織に認めて貰おうとしました」


恐らくは、三刀屋剣也にとって、初めての相手なのだろう。

己よりも強く、己よりも自由で、己よりも誇らしい相手を見つけたのは。

だからこそ、その憧憬に好かれようと努力をした、だが、それが間違いだったのだ。


「しかしご存じの通り、澱織様は単独にて最強、加勢など必要の無い『最強の龍』、その男の行動は正しく邪魔でしかない、だから、澱織様はキレたのです」


元より、春夏秋冬澱織は単独にて最強の男。

誰かが傍に居れば、その時点で戦力は低下してしまう。

だから、三刀屋剣也の行動は有難迷惑でしか無かったのだ。


「それが、この男の矜持を傷つけた、以降、三刀屋剣也と言う男は春夏秋冬澱織に恨みを抱いている、故に、逆恨みなのです」


逆恨み。

その言葉が余程三刀屋剣也の神経を逆撫でしたのだろう。

唾が飛ぶ勢いで叫び出す三刀屋剣也は、まるで事実を隠蔽するかの様な言動を行う。


「黙れ、黙れッ!!俺が居れば最強は無敵だったんだ!それなのに、あの野郎は…この俺を、除け者にしやがってェ!」


思い上がりも甚だしい。

先程の、仁万咲来の言葉と三刀屋剣也の言動から察した春夏秋冬式織は頷いている。


「そうか、そんな理由か、それで、…俺を殺して、オリオリに復讐するつもりだったのか」


「そうだッ!だから、お前はあのクソ野郎を恨みながら死ね、アイツのせいで、お前は殺されるんだからなぁ!」


春夏秋冬式織はジッと、三刀屋剣也の方を見て、確認する様に聞く。


「一つ聞きたいんだけど、どうしてオリオリを狙わないんだ?」


唐突な質問に、三刀屋剣也は答える。


「あ?そりゃあ、…その方が、アイツの罪悪感を抉るからだ、最愛の息子が自分のせいで殺される、これ以上無い虚無と後悔が押し寄せるだろうが」


彼の言葉に、春夏秋冬式織は首を左右に振った。

それは、表向きの言葉なのだと、春夏秋冬式織は理解した為だ。


「…いや、違うな、あんたは、俺だから狙うんだ、オリオリが強すぎるから、オリオリに復讐出来ないから、その代わりに、オリオリが大切にしている物を壊そうとしているだけなんだ、けど、アンタにとっては、その復讐って奴は、代理品を壊す事で満足するだけの、ちっぽけな感情なんだろう、でなければ、代わりを殺そうとは思わない、何故なら…あんたは、自分で強いと思ってるけど、弱いものいじめが好きな、弱い奴、なんだろ?」


春夏秋冬式織の冷静な看破。

その言葉に反応するのは、近くに居た仁万咲来。


「ぷ…くす」


笑ってはいけないと思ったのか、すぐに口を手で覆う。

その仕草が、より一層、三刀屋剣也を震わせた。


「俺が、弱い、だと、弱いだと…何を、何を言ってるんだ、このガキ、がッ…」


「図星か?だけど、お前は、もう一つだけ勘違いしているぞ」


春夏秋冬式織は拳を握り締めて構える。

例え自分よりも巨躯であろうとも、春夏秋冬式織は決して逃げない。


「あんたは俺を弱い奴と思ってるけど、俺はお前に勝つ、俺とお前じゃ、目指している場所が違うからな」


そう断言した。

その言葉を最後に、三刀屋剣也の堪忍袋の緒は切れた。

逆鱗に触れてしまったのだ、あるいは、神経を逆撫でしたのだろう。

どちらにしても三刀屋剣也が逆上した事には変わりない。


「うるッせぇええ!ガキがぁあ!容赦しねぇ、此処で死ねェえええ!!」


迫る三刀屋剣也。

春夏秋冬式織は、相手を倒す為のイメージを構築した。


「(そうだ、目指しているものが違う…俺は、常に…)」


脳内に残る、最強の姿。

春夏秋冬式織が目指すのは、常にその男だ。

春夏秋冬式織を拾い、育て、親としての愛を注いだ、唯一の家族。


その男の背中を追い、何時か、その背中を超える事だけが、春夏秋冬式織の願いだった。


「俺は…最強を超える」


春夏秋冬式織の神力が変質していく。

肉体に蓄積された神力が循環していき、春夏秋冬式織の体に神力の経路が浮かび上がる。

それはまるで、龍の鱗の様な、六角形の模様が重なったかの様な線を刻んでいた。


地面を蹴る、春夏秋冬式織が、自分の限界を超え得る速度を以て三刀屋剣也の懐に入ると共に、拳を腹部に強く叩き付ける。


「ぐぶッ(な、なんだ今の、俺の『甲城纏鎧』が、間に合わなッ)」


壁に叩き付けられる三刀屋剣也。


「(あれは…澱織様の『流繊躰動りゅうせんたいどうりん』)」


『龍印』を持つ春夏秋冬澱織の七曜冠印と『四式』を組み合わせる事で生まれる能力。

龍印の性能は、文字通り、伝説上の龍と同等の力を得ると言う事だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る