とある大学生の一日

【特別出張番外編】紗倉桃の一日








※こちらのお話は、同作者の別作品

【あざとすぎるよ、皆月さん】の番外編となっております※


※脈絡もない過去話なのでこちらに投稿しました、本編が気になる方はぜひそちらをお読みください※


































 大学一年生である紗倉桃さくらももの朝は早い。


 午前五時、アラームなんてものを設定することすらしない彼女は、他人の家のベッドでむくりとその小柄な体を起こした。


 隣からは大きないびきが聞こえていて、それに対していくばくかのイライラを抱えながら冷たい床に足を付ける。


 まるで自宅で過ごすかのように遠慮もなく部屋を出て廊下を進み、シャワーを借りて、我が物顔でドライヤーを使って、自慢の黒髪を整えてから持参していた服の袖に腕を通した。


「あたし、帰るから」

「ん……んー…?なんだよ、桃…」

「あとあんた、いびきうるさすぎ。とてもじゃないけど一緒に寝らんないわ。ってことで別れよ」

「は!?別れ…」

「んじゃ、ばいばーい。起こしてごめんね、おやすみー」


 適当な理由をつけて縁を切った後は、未だ寝ぼけ頭のさっきまで彼氏だった全裸の男を置いて家を出た。


 朝日を全身で浴びながら、寝不足続きな毎日の影響で大きなあくびをひとつ、口元を押さえて隠して自宅へと向かう。


 始発の電車に乗り込んで、眠気に抗うこともなく束の間の睡眠と休息を得て数十分。最寄り駅で電車を降りた。


 到着した高級マンションのオートロックを抜けて自室へと向かって、誰もいない静かな寝室へ到着してすぐベッドへと倒れ込む。


 あまり眠れなかった分を補うように眠りについて一時間程度。


「っ……はぁ、は…クソ、またかよ…」


 もう見飽きた悪夢にうなされて目を覚ました。


 体温は冷え切っているのに汗が吹き出す、異常をきたした体を元に戻そうと、呼吸を何度も深く繰り返して整えてから湯を張りに寝室を出ていく。


「…頭いた……だる…」


 横から殴られたような、ガンガンとした痛みに耐えかねて、湯を沸かしてる間にこめかみを押さえながら対面キッチンのあるリビングへと急いだ。


 所定の位置にしまってある鎮痛薬を取り出して、雑に何錠か口に放り込んだ後で水しか入ってない冷蔵庫からペットボトルを取り出した。そしてすぐ、水と一緒に薬を胃に流す。


 頭痛が治まるまで、服の散らばったソファの上に寝転んで何もせず、天井を見上げて過ごした。


 風呂が焚けたことを教えてくれるメロディーが耳に届いた頃には痛みも少しは落ち着いていて、さっさと体を温めようと浴室に足を運ぶ。


 入浴中は、男遊び専用のスマホを防水カバーに入れて適当に返信をするという操作を行って、次に付き合う相手は誰にしようかなー…と数ある中から候補を決めていった。…なんとなく次は高身長が良いとか、どこまでも気ままな理由だけで。


 入浴後は、ボディケアを入念にして大学へ出かける準備を進める。


「んー……今日はどれにしよっかな」


 服の系統を決めて、それに合わせたアクセサリーやら鞄やら香水やらを選んで、髪型も化粧も変える。この日は地雷系にした。


 早めに家を出てからは、最近お気に入りの大学近くのカフェで朝食がてらノンカフェインのコーヒーとサンドイッチを食べて、ひとり時間を満喫する。


「あ、桃。おはよう」

「おはよ」


 大学に着いて、ばったり会った元カノで親友の友江渚ともえなぎさと挨拶を交わして、講義の話なんかをしながら構内を歩いた。


「そういえば今日さ、サークルの先輩が何人か家に飲みに来るんだけど…」

「へえ。そうなんだ」

「桃も来てくれない?」

「やだ。だるい」

「ほんとお願い。私ひとりじゃ、酔っぱらいの相手するの大変で…」

「知らない。嫌なら断れば?」


 普段通り軽くあしらいつつ、


「…まぁでも、暇だから付き合ってあげる」


 最終的にはしぶしぶ話に乗っかって夕方の予定をひとつ追加した。


 日中は退屈な講義を、一応聞くだけ聞いて知識を取り入れることだけはしておいて、渚を面倒な付き合いから救うためふたりでマンションの一室へと帰った。


「何時に来んの、先輩たち」

「五時かな」

「それまで何する?」

「桃は何したい?」

「セックス」

「…勉強教えて」

「つまんな。…ま、いいけど」


 軽口混じりな会話を経て、渚の勉強に付き合いながら桃はボーッとその横顔を眺めた。


「……まじで、鼻の形きれいだね」

「ははっ、それいつも言うよね」

「ほんと好みすぎる。唇薄いのもポイント高い、えろい」

「あの、すみません。親友からえろい目で見られるのは気まずいです」

「元カノってこと忘れた?」

「もう別れて何ヶ月か経ってるから……あ。忘れてはないよ」

「いうてまだ二ヶ月前とかだよ」

「あれ、そんなだっけ」

「うん。付き合ったのが秋で、冬はじめに別れたから…そうだね。もう春始まるし、ギリ三ヶ月経ってない」

「時が経つのは早いですなぁ」

「ババアかよ」


 桃の発言にケラケラ喉を鳴らして楽しそうに笑う渚に呆れつつ、しっかりと勉強は見ていく。実は大雑場で適当に見える桃の方が、普段しっかりもので真面目で勤勉な渚よりも頭が良い。


 人より記憶力が優れている桃は、一度講義を受けた内容の全てを覚えているが故に、渚以外の友達からもよくこうして勉強に付き合わされることも多かった。


 だからこういうのは慣れたもので、時々「なんでこんなことも分かんないの」と毒づいては丁寧に解説していく。


 そうしている内に時間は過ぎ、二十歳を過ぎた大学の先輩数人と、まだ十代のふたりが集まった飲み会が始まった。ふたりの大学は女子大のため、全員女である。


「紗倉も飲みなよ〜!」

「それ捕まるのあんた…じゃなくて、先輩ですよ」

「ちょっとくらい大丈夫だって!」

「…未成年者飲酒禁止法って知ってます?やってること完全にアウトなんだけど」

「知らない!さすが法学部だね!」

「それ以前に、十八歳にお酒飲ませようとするとかモラルどうなってんの」

「まあまあ、いいじゃん。ノリ悪いなぁ」

「はぁ…バカすぎて話になんない」


 渚が助けを求めた理由が身に沁みて分かった桃は深いため息をついて、ちびちびとお茶の入ったコップに口をつけた。もちろん勧められてもこの年で酒なんか飲むわけがない。


 いわゆる大学生ノリに、ついていけないわけではないものの…無駄な労力は消費したくないと、外面モードはやめて素の状態でいることにした。


 渚も渚で酒を勧められ、その都度やんわりと断っていた。


 そうして先輩達のテンションがMAXに達した頃。


「ねぇーえ、王様ゲームしよー!」

「女だけでやって何が楽しいの」

「いいからいいから、紗倉も参加して?」

「……うん、いいかも。やりましょ?」

「お、急に乗り気じゃん」

「楽しそうだなって」


 頭の中でひとつ、この地獄みたいな飲み会を乗り切る方法を見つけて、それならこの話に乗らない手はないと早々に切り替えた。


 さっきまでの塩対応とは打って変わってニコニコ笑顔で準備を進める。


 割り箸の持ち手側に数字と、ひとつだけ赤く色を塗って、さっそくそれを全員に引かせた。


「あっ、王様わたしだ」


 一回目だけは、違和感を抱かせないように工作は無しにゲームを進行していく。…今回、王様を引いたのはさっきまで桃に酒を飲ませようとしていた女だった。


「じゃあ〜…一番と三番がベロチュー」


 随分と酔っ払っているらしい。


 女が命令を下した瞬間に、数人は下品だと笑い、指定された番号のふたりは少し顔を引きつらせ、桃だけは冷静にその状況を俯瞰で見ていた。


 …渚が引いちゃったか。


 おそらく一番か三番の書かれた割り箸を引いてしまったんだろう、笑顔のまま「どうしよう」と内心焦っていそうな親友の表情を横目で確認した桃は、「仕方ない…」と心の中だけで呟いて立ち上がった。


「おっ、まさかの紗倉か〜」

「え…桃」

「はい。…あたし三番でした」


 さり気なく、わざと渚の前を跨いで、手から割り箸を取って自分の物とすり替えつつ、数字を確認して声に出した。


 そして扉を挟んで向こう側にいた、渚と同じ表情をした先輩のひとりの元へと行って、全員が見守る中でしゃがむと同時にその顎に手を置く。


「ごめんね、先輩」


 親友のためとはいえ、これからすることに対する謝罪を一言告げてから、迷うことなく戸惑う女の唇を奪った。


 本当にすると思っていなかったのか、それともあまりにあっさりとされたキスに驚いたのか、その場にいた全員が目を丸くして息を呑む。


 その中でひとり、動じることもない桃だけが命令を実行に移すため相手の反応を薄目で窺いながら、固く閉じられた唇をそっと舌先でなぞった。


「…ほら、口開けて」

「え……ぁ…んぅ」


 顎に当てていた指に僅かに力を込めて口を軽く開かせて、半ば無理やり舌でもこじ開けた。


 だんだんと力が抜けて後ろへと体を倒した相手の動きに合わせて、桃も体を倒していく。…気が付けば、ほとんど押し倒す体勢になっていたのを、止める人間はいなかった。


「んっ…は、ぅ……んん…っ」

「…ねぇ、先輩も舌動かしてよ。ふたりでやらなきゃ意味ないじゃん」

「や、まっ…て、桃ちゃ、ぅん…」


 これまで数多の男を相手にしてきた桃が深めのキスをするなんて造作もないことで、慣れた動きに翻弄された女の呼吸は次第に荒く、喉から漏れる声も艶のあるものへと変化していく。


 しばらく静観していた全員の意識が混乱から羞恥へと変わった頃にようやく、顔を離した。


「……はい、これで満足?」


 口元を手の甲で拭いながら放心状態の相手の上から退いた桃は、呆気にとられているうちに全員の手から割り箸を奪う。


 さすがの渚も、この時ばかりは助けてもらったことよりも、明らかに欲情しきった先輩の姿を目の前に「桃、やりすぎだよ…」とヒヤヒヤする気持ちを抱えた。


「じゃ、二回戦目いきますか」


 先輩達が思考停止状態なのをいいことに、何食わぬ顔で二回目の王様ゲームを始めて、さっきとは違い少しの工夫を加えつつひとりひとりに引かせて回る。桃からのキスで腰が砕けた女には引かせたフリをして渡しておいた。


「みんな確認できました?」

「え、あ…うん」

「わたしはできたよ…」

「私も…」


 ぽつりぽつりと返事を貰えた事を確認して、桃はにんまりと微笑んで赤い色のついた割り箸を見せつける。


「王様、あたしでした」


 そうなるように仕組んだから当たり前、なんて心の内はもちろん言わずに、僅かに警戒した全員の感情の機微を一ミリも見逃さないで楽しんだ後で、口を開いた。


「ここにいる全員、あたしとさっきみたいなキスするか……帰る。どっちにします?」


 当初予定していたこの流れの中に“キスする”なんて選択肢はなかった。が、せっかくなら使わない手はない。


 全員の性格的にここでキスを選べるような奴はいないと確信を持って、“帰れ”と一択しかない命令をされるより、二択にして選ばせることで“本人の意志で帰った”と認識させるため、あえてこの言い方に切り替えた。


 桃の思惑通り、ほとんどの女は互いに目を合わせてアイコンタクトで何か意思疎通を交わした後で、「今日は帰ります…」と小さく呟いた。


「あの、桃さん」

「なに」

「帰る家がここの私は…いったいどうすれば」

「仕方ないから、いいよ。家主は特別に免除してあげる」


 最初からそのつもりだったことは隠して、狙い通り質問してきてくれた渚にはそう告げる。


 ただ、ひとつ誤算があった。


「…桃ちゃん」

「ん?…はい、なんです…か」

「もう一回、したい…」

「は?」


 一回目の時に深いキスをしまくったひとりが、まさかのおかわりをしてくるという…さすがの桃もこれには驚いた。


「あー……うん、分かりました」


 だけど、キスを選ばれた時は素直に応じると決めていたから、問題はない。


 予め覚悟していたことを行動に移そうと、ねだってきた相手の両頬を手で包む。


 なんとなく申し訳なさが湧いてきたせいで、さっきよりは控えめな、それでも相手の脳みそと表情をとろけさせるには充分すぎるほどのキスをひとつ落として、


「やば。そんな力抜けちゃって……この後、ひとりで帰れます?」

「帰れない…かも」

「うん。じゃあ、あたしの家来る…?近いから」

「ぁ……い、きた…」

「ま、待って。紗倉!」


 すっかり瞳にハートマークを浮かべた女と、それを知ってか知らずか平然と家まで連れ去りそうな桃の、ふたりの会話を聞いたひとりが、慌てて止めに入った。


「わたしが、送るから。友達が後輩にお持ち帰りされるとかムリ……気まずい…」

「別にそんなつもりなかったのに。…でも、送ってもらえるなら助かります。ありがとうございます」


 止められることさえ桃の想定の範囲内で、こうして無事に渚以外の全員を帰らせることに成功した策士な彼女は、疲れた顔でベッドの上へと寝転んだ。


 渚は一階のロビーまで見送った後で部屋に戻ってすぐ、忙しなく片付けを始める。それをはじめは横目で見ていただけの桃も、面倒くさそうにしながらも手伝った。


「……桃」

「なに」

「ありがとう」


 片付けの途中、真っ直ぐに伝えられた感謝の言葉に苦笑する。


「なんもしてないよ」

「…庇ってくれたじゃん、キスの時。それに……もっと面倒になる前に帰らせてくれたでしょ」

「よく気付いたね」

「そりゃ分かるよ、親友だもん」

「ふは、さすが」

「さすがなのは桃だよ」

「惚れ直した?ヨリ戻してセックスする?」

「しないよ、もう……台無し」

「えー…しないの?あんたのためにディープキスまでしたってのに」

「それは……ごめん…」

「冗談。…それよりも渚あんた、ちょっとは関わる相手選んだ方がいいよ。あの人たち悪い人じゃないけどモラル無さすぎ。人前でキスしまくったあたしが言うのもなんだけど…」

「そう…だね。でも付き合いがあるから、なかなか縁切るとかは難しくて。でも付き合い方は見直してみるよ、ありがとう」

「…次があったら、もっと毒吐いちゃうから。お願いね」

「先輩相手に?すごいね」

「あたしを誰だと思ってんのよ」

「頼りになる大親友」

「大正解」


 テンポのいい会話に居心地の良さを覚えて、自然と頬は緩んでいた。


「…だけどほんと、キスさせてごめんね。好きでもない人と」

「そんなの日常茶飯事だから。あたしの貞操観念なんて最初から無いようなもんだし、気にしないで」


 片付けを終えた後は、睡眠と体温を求めて男漁りでもしに行こうと、渚に別れを告げてマンションから最寄りの駅へ移動する。


 その駅前で、ふと。


「お姉さん美人だね!胸でっか。年いくつ?」

「あ、はは…私はこれから用があって。だからごめんなさい、他をあたってもらえるかしら?」

「その格好、仕事終わり?スーツ姿えろいっすね」

「う、うぅん…お話聞いてほしいな?」


 男の言葉通り、仕事終わりなんだろうパンツスーツ姿の黒髪ロングのOLがナンパされてる後ろ姿を見かけて、タイミングの良さに思わず笑みが溢れた。


 …ちょうどいいから、あいつにしちゃお。


 ナンパから助けるついでに男もゲットできるなんて一石二鳥。…るんるん気分で、桃は男の元へと軽快な足取りで向かった。


 どうやって落とそうか、頭はどこまでも平常運転で狙いを定めて考える。


「おにーさん」


 とりあえず女と男の間に入って、男を見上げてにっこりと誰が見ても可愛いであろう笑顔を作った。今日も今日とて、表情管理は抜群だ。


 そして、その効果も抜群である。


 目が合った途端に頬を赤らめた男の反応に気分を良くした桃は、慣れた仕草でするりと腕を回して女から意識をそらさせるため、背を向けるように体の向きを変えさせた。


「え…?待って。だめよ、なにして…」

「⸺さん!遅れてすみません。…ん?どうしたんですか?」

「あ、いや……あの子…大丈夫かしら」

「?…そんなこといいから、行きましょう。早くしないと帰りもっと遅くなりますよ」

「そ…そうね。それは困るわ、家でふたりが待ってるから…」

「ほんとすみません、俺の都合でこんな時間に…」

「いいのよ。お仕事の件で話があるのよね?」

「あー……はい!そうです」


 ちょうど後ろでは、女の待ち合わせ相手の男が着いたみたいで…安心して、OL女の顔を見ることもなくあたしはあたしで腕を組んだ男を連れ去ろうと歩き出す。


「ほら、行こ?」

「え、え?なに……君、誰…」

「んー…こんなとこで好みの人に出会えるなんて運命かな?って。だから逆ナンしちゃった。…だめだった?」

 

 ⸺どうせこんなところでナンパするようなやつ、適当な理由を並べればすぐに食いつく。おまけにあたしは超美少女。これで断るようなら用無しだから帰るだけ。


 なんて考えていた桃の思考の前半部分は見事に的中して、男は鼻の下を伸ばした。


 …あー、でも。出会い頭で、あたしの中でセックスする上で絶対条件の「付き合って」っていうの言ったら重い女って警戒されるだろうし、今日はやめとこっかな。


 瞬時に脳内で決めて、相手が乗り気になったところでパッと体を離す。


「そうだ、先に連絡先…聞いてもいい?」


 男に連絡する用でしか使わないスマホを取り出して聞いたら、快く相手もスマホを手に持って、その場で連絡交換を済ませた。


 そして、そのままふたりでまた歩き出す…わけもなく、


「あっ……ごめんなさい、ママから帰ってこいって連絡きちゃった」

「え…ま、まじ?じゃあこの後は…」

「必ず埋め合わせするから!急がなきゃ…!ほんとごめんなさい、また今度!」


 来るはずもない“親からの連絡”を言い訳に、早々に駅前から退散した。後をつけられてないかだけ意識を配りながら。


 ここから徒歩数分のマンションには帰らずわざわざ遠回りをして、目に入ったカフェへと入店して腰を落ち着けた桃は、カウンターの席についてスマホを開いた。


 真っ先に、さっきの男へお詫びの連絡をして、ついでに軽いジャブ程度にメッセージのやり取りで心を揺さぶりつつ…視界の隅で時間を確認する。


「もうこんな時間か…」


 時刻は午後八時に回る手前で、本当なら今ごろ彼氏を作ってセックスに明け暮れて、人肌の温もりに包まれるついでに体を疲れさせる事で強制睡眠を手に入れようと思ってたのに……なんだか暇なようでバタバタな一日だった。


 結局、夕食にもならないドーナツをひとつかじって、温かなココアで体温を取り戻してからカフェを出て戻ったのは…


「やっぱ今日、泊めて」

「もちろん」


 渚の家だった。


 桃が来ることは予想できていたらしい渚は喜んで家に招いて、そこからはふたり、一緒に風呂に入って歯を磨いて同じベッドの毛布へと潜る。


「彼氏候補、捕まえられなかったんでしょ」

「残念。しっかりひとり、連絡先ゲットしてきた」

「あれ?じゃあなんで…」

「出会って秒で交際したがる怪しい女とセックスするほど、男もバカじゃないんだよ。…いやまぁ、それでイケちゃうバカもたまにいるけど」

「ふぅん…そうなんだ。桃ってほんとモテるよね」

「…そうなるように行動してるからね。天然たらしには敵わないよ、ムカつくことに」

「女の人にもモテるよね。…さっき桃とキスした先輩から、連絡あったよ。キスうますぎて付き合いたいって」

「あー…そう。気が向いたらって伝えといて」

「付き合わないの?」

「女は今んとこ、そんな興味ないから」


 別に抱かれようと思えば全然余裕で応えられる。

 …ただ、これまで数多くの女の恋愛相談に乗ってきた桃は知っている。女を相手にする大変さを。


 もちろんそうじゃない人もいることを踏まえた上で、それでもリスク管理のため渚以外の同性と恋愛関係には発展しないと決めていた。


 ……正直、付き合う相手にそんなに興味もない。


 それが男でも、女でも。


 男の方が楽ってだけ。


 大学一年生の冬。


 まだまだ男遊び真っ盛りだったこの時の桃は、知る由もない。


 とある出会いを経て、運命の相手と結ばれることを。


 そしてもう、その相手とこの日すでに出会っていたことを。














 


 


 















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