わたしが彼から離れた理由

平中なごん

一 たとえストーカーになっても……。

 今日もわたしは行く当てもなく、人々の行き交う街の雑踏をフラフラと彷徨い歩いている……。


 特にやることもなく暇を持て余しているので、なぜ、わたしが彼のもとを離れて今のような状況になったのかを、その始まりからお話ししよう──。





 上京し、大学へ入って半年ほどが過ぎた頃、わたしにはカレシができた。イベントサークルで知り合った違う学科の男の子だ。


 告白は向こうからだった。新歓コンパの時から、なんとなくいいなと思ってくれていたらしい……。


 見た目もよく社交的で、ちょっと遊び人っぽくもあったが、付き合ってみるととても優しく、わたしは彼のことが大好きになった。


 それから毎日のようにデートしたり、離れている時は数分置きにメールし合ったり、お互いのマンションの部屋に泊まってほぼ同棲的な暮らしをしたり……わたし達はとても楽しく、二人の愛を日々深め合っていった。


 ところが、一年ほどが過ぎた頃のことだ……。


 彼の態度が、急に他所々〃よそよそしくなったのだ。


 デートの約束をしようとしてもバイトが忙しいからと断られるし、メールをしてもほとんど返ってこない。わたしの部屋へ来ることもなくなり、また、わたしが彼の方へ行こうとすると、やはり何かと理由をつけて断られた。


 偶然、大学で顔を合わせてもなんだか素っ気ない態度でただの知り合いのよう……明らかに彼が心変わりしたことをわたしは認めざるえなかった。


「──ねえ! 開けてよ! どうして? どうして会ってくれないの!?」


 ある夜、わたしは無断で彼の部屋を訪れると、なぜ急に心変わりをしたのか? その理由を問い詰めようと思った。


 わたしの急襲に居留守を使おうとしたようだったが、ドアの向こう側でスコープを覗く気配からして、そこに彼がいるのは明白だ。


「ねえ! いるんでしょ? わかってるんだから。とにかくここを開けて!」


 私はチャイムを何度となく連打し、時に鉄製のドアもガンガンと叩いて彼を呼び続けた。


「おい、近所迷惑だろ! 静かにしろよ!」


 すると、ようやく彼はドアをわずかに開けて、顰めた声でわたしを嗜める。


「ねえ、どうしてわたしを避けるの? わたしの何がいけないの? 教えよ。そうしたらわたし、ちゃんと直すからさあ!」


 分厚い鉄のドア越しに、顔も見せてくれない冷酷な彼へ、わたしは涙ぐんだ声で必死に訴えかける。


「そういうところだよ! そういうとこが俺には重すぎんだよ。この際だ。はっきりしよう……もう俺達は終わりだ。別れてくれ」


「え……?」


 だが、彼はきっぱりとそう言い残し、バタン!と乱暴にドアを閉めてしまう。


 わたしは、フラれたのだ……あまりのショックにしばらく呆然と、わたしは彼の部屋の前でずっと突っ立っていた。


 あまりにも唐突すぎて、彼にフラれたことがとても信じられない……これは悪い夢なんじゃないのか? それが現実なのか? それとも夢の中の出来事であるのか? その区別も判然としない。


 次に気がつくと、いったいここまでどうやって来たものか? わたしは自分のマンションへ向かう夜の暗い道を、とぼとぼとおぼつかない足取りで歩いていた……。


 こうして、彼にはっきりとフラれたわたしは、彼のもとを離れることとなった……なんて思ったら大間違いだ。


 この拗れた関係をなんとかしなくては……わたしから離れた彼の心をなんとしても取り戻したい。


 わたしはこれまで以上に、彼を振り向かせようと頑張った。


 毎日何百通とメールを送り、朝晩、彼の部屋の前で彼の現れるのを待った。


 それから、彼が喜んでくれるよう彼の好きな料理を作って、わたしの思いをしたためた手紙とともに彼の部屋のドアノブにかけておいたりもした。


 ところが数週間後、わたしの家に来てくれたのは彼ではなく警察だった……。


「あなたにはストーカー規制法違反の疑いがあります。署への同行をお願いできますか?」


 突然やって来た私服警官に連行されたわたしは、警察が〝つきまとい行為〟と呼ぶわたしの彼への愛情表現に禁止命令を出した。いや、愛情表現ばかりか接近することすら禁止だ。


 もしも従わなかった場合は逮捕されて懲役刑にもなるらしい……。


 いずれにしろ、彼とはもう会えなくなってしまう……彼のいない世界でなんて、わたしはもう生きていたくない。


 彼と離れ離れになるくらいなら、いっそこの世界からもさよならしてしまおう……。


 人生に絶望したわたしは、マンションの屋上から飛び降りてすべてを終わりにすることにした。


 死んだらすべて終わりだ……まさに死別。意識も無に帰り、彼と別れることも……いいえ、彼の存在を認識することすらしなくなるのだ。


 そう思うと、これでやっと楽になれると安らぎすら感じながら、わたしは屋上の柵をよじ登り、その縁から一歩を踏み出した……。

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