【救世主】エスト=クライス

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っっっ!!! みんなわたしが悪いんですっ! わたしが偽物だから、わたしが本物の王女じゃないから、開いてくれないんです! ただの偽物なのに、本物のふりをしてついてきて本当にごめんなさい……っ!」

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、リアが謝罪してくる。悲痛すぎる泣き声で。

 その声を聞いて僕は、(ああ、残念だな――)と思った。そうなることは半分くらい(ごめん、少し手加減しちゃったかな)予想できていたけど、それでもそうなってしまったことは本当に残念でならない。もしも、万が一にでもペンダントが彼女の血にちゃんと反応してくれてたら、こんな風に泣きじゃくる羽目になんてならなかったはずなのに、と。

 だけど、現実はそううまく運んでくれない。そのことをよく知っていた僕は、だから謝罪し続けるリアの体をそっと抱き寄せると、優しく抱きしめながらその頭をぽんぽんと軽く二、三回はたいてあげた。

「大丈夫だからね、お嬢さんレディ。大丈夫だから、落ち着いてみようか。ゆっくり深呼吸して、泣き止んでからでいいから。僕の話を聞いてくれるかな?」

「……ひっく、ひっく……。う……ぁ。……ぐすっ……うん、わかった……」

 僕の言葉がどれだけ彼女の心に届いてくれたかはわからないけど。それでも、つっかえながらもしっかり頷いてくれたのだから、なんとか届いてはくれたのだろう。そうして泣き止んでくれたことを確認してから、僕はゆっくりと話し始める。

「まず、これは僕たちの方が謝らなくちゃいけないんだけど。キミが本物のアデリア王女じゃなくて影姫なのは、僕たちは最初から知ってたんだよね。いや、正確に言うならおそらくそうじゃないかって、九対一くらいの割合でそう思ってただけなんだけど」

「…………うそ、だよね。……だったら、わたし、最初から、必要、なかったんじゃ……」

「そんなことない! ……そんなこと、絶対に、ないから。僕たちはちゃんとキミがこの旅に必要だって思ったから、だから一緒についてきてもらったんだよ。それは間違えないで欲しいな」

 仕方ないことだけど、自分を存在ごと否定しようとするリアに、僕はあえて強く否定してから噛んで含めるように丁寧に語りかけた。

「どう、して……? わたし、偽物だって、知ってた、のに……。どうして、わたしを、連れて、行こうって……っ」

「んー、とね。理由はちゃんとあるんだけど、僕って説明するのは下手くそだからうまく喋れなかったらゴメンね。まぁ、それでも母さんよりはマシだと思うから、僕もできるだけ頑張って喋るつもりなので、キミも頑張って聞いてくれると嬉しいな」

 念のためにそう注釈を前もってつけてから、僕は彼女を――リアを一緒に連れて行こうとした理由を説明し始める。

 まずは僕の生まれについて。【破壊の子レック・キッド】と呼ばれて魔女の森に捨てられたこと。そこをベファーナに拾われて育てられたこと。手袋をずっと着けたままなのは、触れた物を崩壊させる力を封印するためであること。そして、ベファーナの過去については、僕が話せることだけ。さらには世界崩壊の予兆をベファーナが夢に見たこと。それを信じて世界を救う旅を二人で始めたこと。【救世主メサイア】は勝手に名乗っただけで、特別な力なんてなにひとつ持っていないこと。

 それら、僕を形作り【救世主メサイア】と名乗ってみた理由をひとつひとつ語ってみた。すると、僕の肩に頭を埋めたまま黙って聞いてくれていた赤髪の少女が、ぽつりと呟きを漏らす。

「……信じられない……」

「ああ、まぁ、そうだよね。こんな話、いきなり聞かされても、簡単には信じられないよね。でも、全部本当のことだから信じてくれると嬉――」

「違います! 信じられないって、そういうことじゃない!」

 僕の肩をぎゅっと掴み、伏せていた頭を上げて、泣き腫らした目で僕のことをきっと見つめながら、声にはっきりと怒りを込めて吠えるように叫ぶリア。

「信じられないのは、どうしてあなたが、エストくんが世界を救おうなんて、思えるのかってことだよ! だって、その話が全部本当なら、生まれた時からずっと、世界に拒まれているようなものじゃない! エストくんもベファーナも! なのにどうして、世界を救おうだなんて思えるの!? そんなこと、二人がする理由なんて、全然ないでしょ!? 世界が、人間が憎いって、思ったりしないの!?」

 彼女がぶつけてきたまっすぐな感情を、正面から受け止める。それはとても重く、切実なほど真剣で、なのに自分彼女にじゃなくて他人にだけ向けられたもので、だからこそとても素敵なものだった。

(ああ……だから、だよ。キミがそういう人だから、僕はキミを選んだんだよ)

「う~ん、そういう風に思ったことはないかなぁ。あ、これは僕の話だから、ベファーナがどうかはわからないけど、ね」

「どう、して……?」

「それはやっぱりこの世界が美しいから、じゃないかな。ずっと森の中でいたからかもしれないけど、初めて外の世界を見たときは本当に感動したんだよね。なんて美しいんだろうって。それは自然とかだけじゃなくて、建物や道具とかもそうなんだけど、なによりも人々の営みが美しくて尊いものだって――心からそう思えたんだ」

 善人も悪人も優しい人も冷たい人も、世界にはいろんな人がいるけど、その誰もがそこにいるだけでとても尊くて、素晴らしいことだって僕にはそう思える。もしかしたらそれは、僕のこの厄介な力の影響はんどうなのかもしれないけど、その理由がなんだって僕がそう思ってること自体は変わらないんだから、もうそれで構わなかった。

「だから、世界が本当に滅ぶのは僕は嫌だったんだ。この美しい世界が壊れるところなんて、絶対に見たくなかったからね。僕が世界を救おうと思ったのは、【救世主メサイア】になろうと思ったのは、それが理由だよ」

 まあ、【救世主メサイア】だなんて僕の柄じゃないし正直恥ずかしいから、名乗らなくて済むならそっちの方がいいんだけど。そんな本音なんて、今のリアに聞かせていいものじゃないからとりあえずナイショ、ナイショ、と。

「……エストくんが、【救世主メサイア】になった理由は、わかったけど。でも、それって、わたしが必要だって理由には、なってないよね?」

「うん、ゴメンね。キミが必要な理由についてはもう少し後になるから、それまでちょっと我慢して聞いてもらえるかな? ほんと、ゴメンね」

 前振りが長々と続いてることにいい加減痺れが切れてもしかたないから、僕はただ低姿勢で謝るしかない。呆れたような表情を少し見せながら、リアは仕方ないなと言いたげに唇の端を歪めた。それを合図に、僕は話を再開する。もう少しのはずだから、頑張って耐えて欲しいな、と思いながら。

「それで――僕がそんな風に思えるようになったのって、僕を拾って育ててくれた母さん――ベファーナのおかげなんだよね。じゃないと、どんな人なのかも知らないけど、生みの親に厄介者として捨てられた僕なんかが、そんな殊勝なことを思えるわけがないでしょ。それこそキミが言うように、世界を憎むようになっていてもおかしくないよね」

 本当に、それだけでもあの人(あ、エルフか)には頭が上がらない。なのにどうしてあんなに僕にへりくだったりするのか、いくら【救世主メサイア】として扱われる必要があるからとは言っても、寂しさを感じないわけじゃないんだけどね。

「だからキミに同行をお願いした理由は、アデリア王女の影姫をやっていたんだから封印の扉を開けられる可能性が少しはあるから、っていうのももちろんあるんだけど。一番大きな理由は、それがベファーナのためになるんじゃないかって、僕がそう思ったからだよ」

「? えっと……? どういう、ことなの……?」

 こてんと首を傾げるリアに、僕も思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「えっとね、さっき僕が知ってる彼女の過去を話したのは覚えてるよね? その過去のせいなんだろうけど、ベファーナは基本的に人付き合いを避けてるところがあるよね。態度もすごくつっけんどんというか、偉そうというか、高圧的な感じだしさ」

 ぶんぶんとすごい勢いで首を縦に振りまくる【下僕サーバント】に、再びの苦笑。ホントそういうところだよ、ベファーナってば。

「だから、基本的には僕としか関わらないようにしてるみたいだけど――僕としては、それがとても不満なんだよね。僕以外の人とももっと関わって欲しいし、できれば仲良くして欲しいってずっと思ってたんだ」

 あの氷のような無表情。もちろん、あれはあれで綺麗だとは思うけれど、できればもう少し色々と柔らかい表情も見せて欲しいと僕は思ってるんだ。まだ僕が幼かった頃、あの森の隠れ家に二人でいたときのように。

「そしたら今回、ここを目指すためにキミに同行してもらうべきかって話が出たから、僕はベファーナを説得してキミについてきてもらえるようにしたってこと。結果は――大成功だったと僕は思ってるよ」

 本人リアは信じてくれないかもしれないけど、僕は掛け値なしの本気でそう思ってる。

 だって、母さんがあんなに感情を出すところなんて、もしかしたら初めてじゃないかって思うくらい見たことはなかったんだから。はじめの頃はまだお互い距離を置いていたけれど、温泉にむりやり一緒に入らせたくらいから態度が柔らかくなっているのを何度も感じて、そのたびに嬉しくなったのを覚えている。

「だから――僕は本当にキミに感謝しているんだよ。【下僕サーバント】だかなんだかと虐げられても、逃げだそうとせず頑張って彼女に付き合ってくれたこと。ベファーナの正体を知っても、怖がらず普通に接してくれたこと。そのおかげで、僕以外の人と一緒にいるのにあんなに楽しそうな母さんを見ることができたんだから」

「…………っ、…………」

「ま、そういうことだね。もしかしたらキミにとっては気苦労ばかりでろくな旅じゃなかったかもしれないけど、僕はキミと一緒に旅ができてよかったよ。本当にありがとう、僕たちと一緒に来てくれて」

 僕が感謝の言葉を連ねていくうちに、次第に言葉を失って顔を伏せてしまうリア。それがどんな風な感情によるものなのか、僕にはまだよくわからないところがあるけれど。それでもキミがどんな風に感じていても、伝えたいことはまだ残ってるから伝えさせてくれるかな?

「だから、さ。キミが本物のアデリア王女じゃなくて実は偽物の影姫だとしても、僕にとってはどうでもいいことだから。全然気にしなくていいし、できればもうこれ以上泣かないでくれるとありがたいかな。ほら、小さい子供なら兎も角、キミみたいな女の子に泣かれちゃうと、僕はどうすればいいのかわからなくなっちゃうから。ね?」

「…………くすっ。うん、わかった……」

 冗談めかした最後の言葉に、なんとかリアも笑ってくれたようだった。そのことに少し気を楽にしながら、僕はそこで彼女から離れて背を向ける。

「……エスト、くん?」

「というわけで、僕の話はこれでおしまい。そろそろちゃんと御役目を果たさないと、ベファーナが来た時に怒られちゃうからね」

「え、でも、ペンダントが反応してくれないと、扉は開かないんじゃ?」

 影姫様の当然の疑問を背中で軽く聞き流して、封印の扉の前まで進んでいった僕はおもむろに手袋を脱いでしまう。当然脱ぐのは左手だけにしてるんだけど、脱がす時にちょっと触れただけで外側が一部崩れかけるのは、何度見てもさすがに慣れない光景だよね。

「ま、こういう時にでも役に立ってくれないと、本当にただ厄介なだけだからね。と、いうわけで。危ないから今の僕には近づかないでね、お嬢さんレディ

 念のための忠告は忘れないようにしておいてから、扉に手を伸ばす。少し考えた末に、ペンダントが嵌めてあるところは避けて(まぁ、最終的にはたぶん意味はなくなるだろうけど)、そこからできるだけ離れたところに剥き出しの左手を触れた。

 一瞬だけの間を置いて、少しずつ崩壊しはじめていく謎の金属体。

 まだ物心がつきはじめの頃、はき慣れない手袋の感覚が鬱陶しくてよく勝手に脱いでは、そこらの物にベタベタ触るたびにことごとく壊していったことを思い出す。

 あの時はベファーナを困らせるだけだったけど、今はこうして少しは彼女の役に立てていることは少しだけ嬉しいなと。そんなことを思いながら、扉が崩壊して封印が機能しなくなる時を、僕はじっと待ち続けるのだった。

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