嘘つきたちの対話
そして――
(うぅん……結局ユディスさんにやらせることになったけど、本当に任せてよかったのかなぁ。王女としてなら当然なんだろうけど、でもわたしなんだよね相手は。ああ、なんだか罪悪感がちりちりと……)
わたしは馬車に揺られているのとは関係なしにしくしくと痛むお腹を押さえながら、ちらりと隣の御者席へ視線を向ける。そこには、当然のように御者席に腰掛けて馬を操るユディスの姿があった。
「私の腕が気になりますか、アデリア様。どうかご安心を、馬の扱いならお手の物ですので、ここは私にすべて任せてそちらでのんびりとお休みください」
「あ、いえ、心配になったわけじゃなくて、ただちょっと申し訳なかったと思ってるだけで……」
白い歯を見せて如才ない言葉を掛けてきた彼に、ぶんぶんと手を振って返すわたしの言葉は、どうしてか次第に小さくなってしまう。そんな情けない
「……しかし、正直安心しました。王女はどこかに生き延びてくれたものと信じてはいましたが、なにひとつ消息はつかめていませんでしたから。どうでしょうか、アデリア様。王城が墜ちてからこれまでの経緯を聞いても構いませんか?」
さりげなく投げかけられた当然の質問に、わたしは隠すべき部分だけはどうにか排除した上で、それ以外の部分はできる限りの範囲で説明を行った。城から逃げる際に
「ああ……それを聞いて安堵いたしました。もっと苦労されたことを想像していたのですが、大切に扱われていたようでほっと胸を撫で下ろせた次第です。私が言うべきことではないのでしょうが、アデリア様を引き取られた方がしっかりとした方で幸いでした。その幸運には感謝すべきなのでしょうね」
「はい、わたしもそう思います」
「それで……帝国に城を墜とされた後のことですが、
「私もその場にいたわけではないので伝聞になりますが。陛下と王妃様はともに玉座の間で帝国兵相手に討ち死にされたそうです。王女殿下も――つまりこの場合は影姫になるのでしょうが、お二人の傍らで寄り添うように亡くなられたと聞いております」
「そう……ですか」
第二の家族だった人たちの最期の顛末を聞き、わたしは唇をぎゅっと噛み締めた。覚悟はできていたはずだった、けれどもやはり優しかった人たちの死は重いものがある。せめて救いがあるとすれば、アデルが両親と同じ
「……アデリア様。辛いお気持ちお察しいたします。ですが、最期まで堂々と王族の使命を全うされたご両親のためにも、どうか頭をお上げください」
「ええ、はい、それはわかっているつもりです。ですが、
「嗚呼――アデリア様は本当にお優しいのですね。影姫にまで情けをかけられるとは。ですが、アデリア様。影姫は本物の身代わりになって死ぬのが役目なのですから。そこはむしろ、よく役目を果たしたと褒め称えることこそが、アデリア様の務めではないかと思われますが」
「そう、ですね。そうするべき、なんでしょうね。……わかりました、ユディスさん。どうもありがとうございます」
本人は慰めているつもりでそんなつもりはないのだろうけれど、実は傷口に塩を塗っているだけのユディスの発言に、それでもわたしは懸命に笑顔を作って感謝の言葉を返してみる。すると、馬車の進行方向を確かめ手綱を巧みに操作しながら、彼は口角を少し下げたようだった。苦笑の、かたちに。
「いえ、アデリア様から礼を言われるほどのことではありませんので、どうかお気遣いなく。それと、私のことはどうかユディスと、呼び捨てでお願いできますか」
そうお願いしてくる灰色の騎士様に「わかりました」と二つ返事で返したところで、わたしはそっと周囲に視線を巡らせる。
馬車の四方、前後左右にそれぞれ一名ずつ彼の部下が護衛役として配置されている。移動の速さや周囲の状況によって馬車との距離は変わってくるけれど、今は四名ともすぐ近くにはいないことを確認したところで、わたしはユディスに向けて切り出した。
「ところで、ユディスにひとつ確認しておきたいことがあるのですが」
「? はい、なんでしょうか?」
「あなたがわたしを助けてくれたときに、近衛騎士団団長グランツ=ファルマーの一子と名乗りましたが、わたしが覚えている限り近衛騎士団の団長にグランツという人はいなかったように思うのですけれど」
さすがに王宮にいた全員の名前を覚えているわけはないけれど。それでも、わたしを守ってくれる人たちの一番偉い人の名前くらいは覚えていた。けれど、わたしが名前を覚えている三人にそんな名前の人はいなかったはず、なのだけど。
「……父のことをアデリア様が覚えていないのは、無理のないことかもしれません。父が近衛騎士団を――騎士を辞したのは貴女が三歳の頃でしたから、おそらく物心もついてない頃だったのではないでしょうか」
「騎士を……辞められたのですか? 団長を、ではなく。いったいなにがあったのですか? ……
ユディスが口に出した三歳の頃、というくだりに記憶の片隅で反応するものがあった。アデルが三歳なら、まだわたしと出会ってはいない。その時、彼女になにが起こったかを思い出し――わたしは一瞬言葉を失った。
「どうやら、思い出していただけましたか。そうです、アデリア様。貴女が三歳になったばかりの頃、城内に不埒者が入り込みました。後に【
意識してのことなのか。表情を消して淡々と語るユディスの姿に、わたしは苦いものをむりやり呑み込まされた気分になってしまう。厳密に考えれば偽物であるからだけでなく、そもそもアデル自身がまず被害者なのだからなんの責任もないはず、ではあるのだけど。それでも彼に対して罪悪感を覚えてしまうことは、わたしには止められないようだった。
「そんな、ことが、あったんですね……」
「そう、ですね。ただもう過ぎてしまったことですから、アデリア様が気に病む必要はございませんかと。今は忌まわしき呪いも無事解けたようで、こうして平気で旅ができるくらいの時間も経っていることですし。……ちなみに、いつ頃呪いが解けたのか聞いてもよろしいですか?」
「そう、ですね。無事、解けて、よかったです。解けた時期は……帝国軍が攻めてくる、少し前だった、でしょうか」
王女の仮面を被り続けるために、わたしはまた嘘を重ねてしまう。呪いは結局解かれないまま、むしろ今も呪われ続けているかもしれないというのに。
偽の王女のそんな罪深く恥知らずな回答に、元騎士団長の息子はなんとも言いがたい微妙な表情を浮かべてみせると、
「そうでしたか。ギリギリのタイミングでしたが、間に合ってよかったと。僥倖だったと言えるのかもしれませんね、それは」
少し歯切れの悪い言い方をする。それから微妙になった空気を振り払うように首をぐるりと一回ししてから、わたしに真剣な
「――実は、アデリア様に一つ謝らなければならないことがあります。先程の父の話の下りで既にお気づきかもしれませんが、私は王国の正式な騎士ではありません。叙勲を受ける前に父が騎士を辞めたために、機会を失ってしまったのです。にもかかわらず騎士の如き振る舞いで騙すような真似をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
衝撃の事実(……ほんとにそうかな?)を明らかにしながら、真摯な態度で平伏してくる灰色の偽騎士。さすがに彼が本物の騎士ではなかったことに驚きはしたけれども、だからと言って今も彼を騙している偽物のわたしが彼を責められる資格なんてあるはずもない。そう、つまるところ、結局のところわたしにできることは、ユディスの告白をそのまま受け止めることだけだった。
偽物の王女として。アデルの身代わりとして。
「いえ、むしろありがたく思います。騎士ではないのですから王国への義理も義務もないにも拘わらず、こうしてわたしを助けてくれるのですから。改めて感謝します、ユディス。わたしがあなたの期待に応えられるかはまだわかりませんが、それでもこの先もどうか変わらぬ助力を期待させていただけますか?」
「はい、もちろんそのつもりでございます、アデリア様」
精一杯王女らしく感謝の言葉を振る舞うわたしに、まさしく騎士のように礼儀正しく応じてくるユディス。ただ、その表情は容赦なく注がれる陽光が逆光になったせいで、はっきりと見て取ることはできなかったのだった。
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