第3話 聖主抹消 ①

 王城から真っ直ぐ伸びる、英雄の帰路と呼ばれる巨大な道。ノルン王国は、王城を中心とし、四方に円を描くように国を形成している。

 広大な王国の、クロトが帰るべき場所は、この中心に近い高級住宅街の一画。城を見上げ、数百万人の人々が暮らす、住宅地を眼下に建てられた煌びやかな建物の数々。この国の権力者や騎士団に所属する地位ある者達が暮らす一等地。


 下々の者達では立ち入る事もままならないその地を、見慣れた風景と横目に進むクロト。


 「やあクロト。式典は終わったのかい?」


 自宅まであと少しという所で、不意に男がクロトに声を掛ける。


 「ラック……」


 嫌な奴に会ったと、目を背けて立ち去ろうとするクロトに、待ったと道を遮る男。


 「おいおい待ってくれよクロト、僕と君の仲じゃないか」


 立ち塞がる男はラック・ボンク。得体の知れない、時代を先取りすぎた奇抜な服と髪型の青年。クロトの家の近くに立つ、一際目立つ大豪邸に住む一人息子。父親の脛をかじるボンクラで、世の中全て金で解決できると、税の限りを尽くす世間知らず。

 ラックの父親、当主のラット・ボンクは、富裕層を相手にした宿泊業で財を成した、この国指折りの成金で、国への献上金や権力者達への根回しなどで王国に不動の地位を築いている。


 「……何の用だ?」


 「まあまあそう邪険にしないでくれ。君に見てもらいたい物があるんだ」


 「………」


 そう言うとラックは、手に持つ鎖を引っ張り、クロトの前にボロボロの服を着た奴隷の少女を2人引っ張り出す。


 「見てくれクロト。コイツら買ったんだ」


 「なっ!?」


 首に繋がれた鎖を引っ張られ、苦しそうに俯く少女達。


 「お父様に頼んでね、東方に住むと言われている、ルーナ族の女を買ったんだ」


 この国の遥か東方に住むと言われているルーナ族。長い立て耳が特徴的で、比較的穏やかな部族として知られている。

 目の前に立たされた少女達はまさにその種族で、おそらく奴隷狩りに合い、この国に連れて来られたのだろう。

 奴隷は表向きでは禁止されているが、残念な事に裏で秘密裏に売買され、様々な種族が闇のマーケットで売り買いされている。

 様々な用途で買われ、ペットや愛玩、労働や戦争などに使われている。

 そんな奴隷達の扱いを、クロトは大変遺憾に思っていた。


 「こいつらガキのくせに婚約者がいたみたいでね、婚姻まで律儀に貞操を守ってたんだってさ!ははっ、笑っちゃうだろ」


 ギリッと奥歯を噛み締め、今にも爆発しそうな怒りを抑えるクロト。


 「だから貰ってやったんだ。優しい僕が、二度と会えない婚約者の代わりにね!」


 「貴様!!」


 ラックの言葉に、ついに怒りが爆発したクロト。右手を振り上げ殴り掛かろうとする。


 「ダメですクロト。抑えて下さい」


 クロトの腕を掴み、止めに入ったナユタ。


 「おやおやすまない。怒らせたみたいだね、そんなつもりはなかったんだけど」


 「くっ……。行くぞ2人とも」


 過ぎてなお煮えたぎる怒りをなんとか落ち着かせ、クロト達はその場を後にする。


 去り際にセツナはラックに近寄ると、「殺す」と一言耳打ちし、その場を去った。


 去り行くクロト達を見送るように立たずむラック。セツナの一言で全身に雷が走ったように興奮し、身体を震わせていた。


 「……なぜ止めたんだナユタ」


 「あんなクズでも、使い道がある。だから今まで生かしておいたのでしょ」


 「……ああ、そうだったな……」


 ラックのこのような行動は今回に限った事ではない。悪気があるのか無いのか、毎回クロトの堪忍袋を逆撫でしてきた。今すぐにでも消してやりたいと思っているが、ラックから得る情報、正確には父親から得る最新の国に関わる情報は、大変貴重だった。代わりは用意出来たかもしれないが、このバカで世間知らずは、聞かずとも自身からベラベラと喋るため、大変便利が良かった。


 沸々と怒りを湧き立たせながら歩いていると、知らぬ間にクロトは家の前に着いていた。


 「お帰りなさいクロト」


 家の門をくぐり、広い庭を抜けて玄関を開けると、母親のアレクシアが3人を出迎えた。


 「ただいま母さん」


 「ただいま戻りました」「たっだいま!」


 笑顔で迎える母親に、安らぎを感じるクロト。あの日から世界が一変したように感じていたが、この母親の笑顔だけは今も変わらず、いつもクロトを支えていた。


 「今日で貴方は18歳。生まれた時はこんなに小さかったのに、ずいぶん大きく逞しくなって、お母さん嬉しいわ」


 「よしてくれよ母さん。そもそもこんなのただの通過点。今までと何にも変わりはしないんだから」


 「そんな事ないわ、正式に大人と認められて、勇者としても立派に成長したんだから。とっても喜ばしい事よ」


 「母さん」


 誇らしげにクロトを抱きしめるアレクシア。少し照れ臭そうに顔を赤める。


 「あー!ズルいズルい!セツナも抱きしめて!」


 見かねたセツナがアレクシアにハグを求める。


 「はいはい、まったく困った娘ね」


 続いてセツナを抱きしめるアレクシア。ご満悦と笑みを浮かべるセツナに、モジモジと照れ隠しをするナユタ。


 「あらあら、あなたもね、ナユタ」


 それを聞いて、嬉しそうにアレクシアの胸に飛び込むナユタ。第三者から見たその光景は、誇らしげな親子に見える事は間違いない。だが、クロトは少し違った感情で、その光景を見ていた。


 「晩御飯はご馳走を用意しているの、楽しみにしていてね」

 

 「ありがとう母さん。それじゃあ、一旦部屋に戻るよ」


 そう言って、2階の自室に戻るクロト。部屋に入るとすぐさま鍵を閉める。


 「お帰りなさいませクロト様」


 クロトが部屋に到着すると同時に、瞬時に傍に現れたメイドの女性。


 「ガーネット、例の件の首尾は上手く行っているか?」


 「はい。アクアとマリンが既に建物に潜入。ルビー様とサファイア様らが、外部から部下数十名と共に突入の合図を待っております」


 「そうか、報告ご苦労」


 「とんでもございませんクロト様」


 姿勢を低く頭を下げるメイドの女性。報告を行った彼女の名前はガーネット。メイド服に身を包み、深く淡い赤色のショートな髪と、特徴的な眼帯をした隻眼の女性。

 クロトは今後立ち塞がるであろう巨大な敵と戦うため、様々な女性を中心とした戦闘員、阿頼耶識アラヤシキを組織した。その構成員である彼女達のほとんどは、この国の元奴隷であった者達や、貧困、戦争などで、命を落としかけた者達。この国や世界に対する反発心を元に集めた者達である。

 彼女らはクロトに命を救われ、彼に絶対の忠義を捧げている。そんな彼女達に戦う術を与え、日々鍛錬し、有事の際に備えさせている。女性しか居ないのは、男性に比べて潜入や密偵など女性特有の能力が高いためである。(クロトの私欲も強く影響している)

 彼女達の中でも、ガーネットのように、特殊な名を冠した者達。名を与えられている女性達はネームズと呼ばれ、ナユタやセツナに次ぐクロトの有能な側近で、基本はクロト付きのメイドとして身の回りの世話をし、諜報活動や、時には他国に潜入など多岐にわたって活動している。


 「ハワードの娘、リーシャから得た奴の情報は有力な物ばかりだった。用済みの彼女に関する情報はすでに抹消済み。後は……」


 勇者パーティ、結婚前提など、近づくリーシャに上手く取り入って、ハワードの情報は十分得る事が出来た。今回、他国から式典に出席したハワードが宿泊する施設を知ったのもリーシャのおかげだ。

 ハワード本人には会った事は無いが、リーシャからこちらの情報も多少流れている。

 だが、リーシャの存在を抹消した事で、こちらの情報だけ無くなるという、都合の良いように書き替えられていた。


 「ハワードの宿泊する施設の警備、聖騎士ジャンヌについての情報はどこまで掴めている?」


 「それにつきましてはこちらに」


 ガーネットはクロトに一枚の紙を手渡す。


 「宿泊先は白の宮殿。建物の外周警備に動員された騎士が多数。内部に聖騎士の精鋭部隊が1個小隊と、ハワード本人の部屋の前を聖騎士様が警備っと……」


 「アクアとマリンから送られて来た情報です。信憑性は高いかと」


 浮かない顔をするクロト。すかさずナユタが声を掛ける。


 「どうしたの?怖気ついた?」


 「ん?いや、そうじゃない。少し建物の内部の警備が薄く感じる事と、情報にある謎の地下施設ってのが気になってね」


 渡された紙には、警備を行う騎士団の配置や人数、施設の鮮明な地図が書かれている。クロトが、気になったのはハワードのような大物を警備するにはあまりに内部の警備が少ない点。

 一個小隊、人数はだいたい7〜12人程。精鋭部隊と記載はあるが、身辺警護にしては少ない。直属の護衛のジャンヌは手だれだが、それにしては内部が彼女に任せっきりの少数。少し嫌な予感を感じる。

 そしてもう一つ、それよりも気になった地下の施設の存在。


 「この宿泊施設を経営しているのはラックの父親のラット・ボンクだ。最近やつは奴隷売買に手を出したと情報があった」


 「俺の思い違いならいいが、ラックが連れていたルーナ族の少女達の奴隷売買が、この場所で行われている可能性がある」


 「信憑性はあるの?」


 セツナはクロトに問いかける。


 「正直わからない。でも、可能性が少しでも生まれたなら、調べられずにはいられない。あの少女達のような者を、これ以上出さない為にも」


 奴隷売買のような、非人道的な行いを許せないクロト。ナユタとセツナとの契約を果たすためほんろうする中、世界のあらゆる闇の真実を知ってしまった。

 知ってしまった以上目を背ける事は出来ず、できる限りの手をこれまでも尽くして来た。


 「優しいね。でもそっちに熱が入って、大事な作戦台無しには出来ないよ」


 「わかってる。ガーネット、アクアとマリンに連絡を送ってくれ。地下施設を詳細に調査せよと」


 「かしこまりました」


 「返答を持って、早急に作戦を決行する。阿頼耶識全体に通達を!」


 「はっ!」


 これまでとは違う、明らかに強大な獲物の狩を前に、クロトは少々武者震いする。

 恐怖や罪悪感と言ったものは今や薄れ、獲物を狩る前にしての高揚感が己を支配し、思わず笑みがこぼれる。


 そんなクロトを見て、ナユタとセツナがクロトを両側から抱きしめる。


 「大丈夫、絶対上手くいくわ」


 「そうだよ、私達がついてるから、きっと大丈夫」


 「……ありがとう2人とも。これはまだ小さな一歩にすぎないが、必ずやり遂げてみせる……」


 2人に強く抱きしめられたクロトの震えはしだいに治っていった。


 —数刻後、ハワード宿泊先、白の宮殿にて。


 白を貴重とした巨大な宿泊施設、白の宮殿。様々なレジャー施設や商業施設、さらにはカジノまで完備している、この国有数の巨大複合施設。

 しかし、それはあくまで表向きの話であり、地下で秘密裏に行われているのは、違法な奴隷売買であった。


 女、子供、果てには凶悪な魔獣など、多種、異種族を捕らえ、地下で売買が行われていた。

 劣悪な檻に囚われ、正気を失った目で怯える奴隷達。檻から出ても地獄、残ってもまともな食事にはありつけず、不衛生な環境に亡くなる者も少なくは無い。


 ガーネットから連絡を受け、地下施設の調査を行っていた双子の姉妹のアクアとマリン。目にしたあまりに残酷な光景に、歯痒さと苛立ちを覚えていた。


 「ゆるせないニァ!いますぐみんなを解放するニァ!」


 メイド姿で、物陰から怒りを露わにしつつ、密かに周囲を見渡す、幼い青髪の少女。長い尻尾と、猫のような耳を逆立たせている。


 「落ち着くにゃマリン。まずはこの事を報告して、ご主人様達の指示を待つにゃ」


 双子の妹のマリンを宥めつつ、冷静に判断する姉のアクア。

 

 「ぐぬぬ!アクアはこの状況でよく冷静にいられるニァね!」


 「アクアだって怒ってるにゃ。でもここでアクアとマリンが暴れたら、全部台無しになってご主人様に怒られちゃうのにゃ」


 「ぐうぅ、たっ、確かにそうニャ。マリンが間違ってたニャ」


 逆だった尻尾と耳を垂らして反省するマリンに、見かねたアクアが頭を撫でて宥める。

 それからしばらくして、マリンが落ち着きを取り戻すと、報告のために離れようと立ち上がったその時、奴隷商らしき男が、慌てて入口方面に走り出すのが2人の目に入る。


 「これはこれはハワード様。かの三大聖教の一角であるお方が、このような場所においでになるとは」


 「奴隷商。このことは内密に頼みたいのだが……」

 

 ハワードは、聖教の正装に身を包んだ大男で、強面な顔に長い黒髭。様々な宝石を着飾り、自身の両側に妻のような女性を連れている。

 ハワードは配下の男に指示を出し、奴隷商に大金を握らせた。

 

 「なるほど、かしこまりました。して、どのような商品をお探しで?」


 「私の娘となる物を探しに来た。この年になると独り身は寂しくてな、飾りでも良いから代わりとなる物が欲しいのだ」


 「ほう、そのような物をお探しになられているのですか……。でしたらこちらに良い物が」


 奴隷商に誘われるまま、会場の奥へと移動するハワード。周囲を警戒しながら側近達もゆっくりと後に続く。

 

 「アイツが今回のターゲットかニャ」


 「間違いないにゃ、ハワードだにゃ」


 偶然にも現れた大物を見つけ、尾行しようと立ち上がる2人。


 しかし……。


 「貴様らそこで何をしている!」


 「!?」


 甲高い女性の声に驚き、声のした方向へ視線を向けるアクアとマリン。


 「私は聖騎士ジャンヌ。ハワード様の警護のため、この場所をくまなく警戒している。貴様達、ここでいったい何をしている!」


 「はわわ……」 「まずいにゃ……」


 現れたのは聖騎士ジャンヌ。警備中に不審な2人のメイドを発見し、刃を向けて警告する。

 突然現れたジャンヌに驚き、2人は額に汗を滲ませる。

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