第31話 帝国軍師クロケインのカード
投げ込まれたものは、火炎の魔力が込められた禁制の魔道具だ。
それは着弾次第、爆風と豪炎を撒き散らす。
そんなものが、ナリウスの眼前で破裂した。
しかも、一発だけではない。別の角度からも同じものが2つ飛んできて次々と破裂する。
「王太子!」
カイルは反射的に叫んで飛び出そうとするが、その体をアイスノーが止めた。
「王太子は無事だ。冷静に状況を見ろ」
そう、その爆発なナリウスの
そして、吐き出された炎もまた、ナリウスの眼前で膨れ上がっただけで、王太子は愚かベランダにすら届いていない。
まるでそこに、見えない壁でもあるかのように。
「……!? あれは……!?」
「こんな遮るもののないバルコニーに、王太子をあらわにするはずがないだろう? どこからでも狙われてしまう。それに備えて、魔道具で結界を張っているのさ」
それにより、爆風も爆炎もナリウスには届いていない。派手な音と色彩を撒き散らしただけで、空気に溶けていく。
ナリウスは演説こそを止めているが、その背筋はぴんと伸びていて、揺るぎのない力強い視線を前方に投げかけている。
この程度のことで狼狽などしてなるものか、と伝わってくるかのような背中だ。
炎と煙が消えた時、大衆が目にしたのは毅然としたナリウスの姿だった。
瞬間――
「うおおおおおおお! 王太子いいいい!」
「よくぞ、ご無事で、ご無事で!」
「おお、なんという立派な
民衆たちは熱狂した。
そこに、尊敬に値する未来の王の姿を見て。
(……そうか、これが狙いだったのか!)
だから、ナリウスは助けを拒否していたのだ。大衆に強い己を見せるために。
逃げ出したテロリストたちを第一騎士団が確保する。
観衆たちの熱が冷めてきた頃、ナリウスは再び語り始めた。
「これもまた、君たちの怒りの発露だと理解している。だが、私は君たちと距離を置きたいとは思わない。そして、ただ命令することも望まない。手を携えたいと思う。
なぜなら、帝国の脅威はまだ去っていないからだ。未来において、再び侵攻があるだろう。
ここで同じ悲劇を起こすわけにはいかない。
違う場所で、同じ悲劇を起こすわけにはいかない。
我々に必要なのは互いを信じ、再び共に戦うことだ。君たちの力を貸して欲しい。今日この日から我々は共に歩き出すんだ。フラノスの民よ、今一度、王族を――王家を、王国を信じてもらいたい」
ナリウスの言葉で観衆は沸騰した。
そこにあるのはナリウスへの信頼だった。疑心も憎悪も綺麗に消え去った。
手を振ってナリウスは観衆たちの声に答えている。
(なんて素晴らしい人なんだ!)
カイルもまた興奮していた。全てを計算し尽くし、己の危険もまたチャンスとして、再びフラノスの心をまとめ上げた。王族としての確かな手腕は凄まじいものがある。
守るべき人、守るべき価値のある人を守る――そんな仕事にカイルは誇りを感じていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――そこまでは読んでいる」
宿の一室から中央広場を眺めつつ、帝国軍師クロケインはそんなことをつぶやいた。
今回、ナリウスが欲しがっていたのは被害者というカードだ。
フラノスの民から恨みを買っているのは、不甲斐ない王族として加害者の仮面をかぶらされているからだ。
それを脱ぎ捨てるには?
被害者になればいい。
だから、これ見よがしに狙ってくれて言わんばかりのところに立ったのだ。完全なる防御を整えて。
その攻撃すらも、自分たちの得点とするために。
帝国の皆さん、どうかどうか、攻撃してくれませんか?
そこまで読んだ上で、クロケインは攻撃を指示した。失敗し、全てがナリウスの計算通りに行くことを予見した上で。
「今は己の勝利に酔え、ナリウス。一瞬にして頂点にまで上った感情のうねりは、同じくあっという間に底へと落ちるものだよ」
頂点から底へ。
だから、ナリウスに成功させた。次の一手で全てをひっくり返すために。
小さな笑いの後、クロケインは続けた、
「落としてやろう――ナリウス、お前自身の死を持ってな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大衆が熱狂する声が、建物の裏手にまで聞こえてきた。
彼らの声を聞き、ロックはイライラとした気持ちを燃やしていた。
(くそ、口のうまいやつめ!)
もしも、ロックが明確に裏切った立場でなければ、今の演説で復讐への気持ちを一新したかもしれない。
だが、もう戻れない道を歩いてしまった。ゆえに、ロックにとってナリウスの演説は不愉快なだけのものだった。
(フラノスの連中も浅い! 俺たちの苦しみを忘れたのか!)
殺されていた家族の姿を思い出し、ロックは己の怒りに燃料を叩き込む。
動揺している暇はない。
いよいよ、ナリウス暗殺の要所が始まるのだ。
王太子の暗殺を狙った爆撃音はロックも聞いている。それでも王太子は倒すことはできなかった。
そのときの保険がロックだ。
今回の演説に関する計画だと、何も事件が起こらなかった場合は、入ってきた『出入り口A』を通って戻るようになっている。
だが、何かしらの事件が起こった場合、敵の襲撃を回避するために、別の『出入り口B』から退出することになっていた。
つまり、今ロックが守っている場所だ。
『出入り口A』は近衛騎士たちがガードしているのだが、出先で人手が足りないこともあり、『出入り口B』については領主の兵が駆り出されている。
その1人がロックだ。
テロが起こったので、王太子は『出入り口B』を使って退出する。そこをロックが襲撃する計画だ。
(やってやる!)
ロックはこぶしを握りしめて、己を鼓舞する。
警備の部隊長が声を上げた。
「まもなく王太子がお入りになられる! 総員、警戒を強めろ!」
兵たちの緊張感が増す。
……ロックの緊張感は、彼らとは違う動機だったが。
ロックの護衛場所は、建物のすぐ外。ナリウスが乗るであろう馬車のすぐ近くだ。
馬車に乗り込む直前、一気に近づいて刺し殺す。
(やってやる! やってやる!)
建物の中で気配が動くのを感じた。続いて、ゾロゾロと歩く音が。おそらくはナリウスが来たのだろう。彼を守る近衛騎士たちとともに。
(いよいよだ!)
ロックは握りしめる手に力を込めた。
難しい任務なのはわかっている。近衛騎士団はいずれも一流の使い手だ。平凡な戦士であるロック如きが正面から行けば間違いなく倒されるだろう。
その防御網を突破してナリウスを刺す。
不可能でしかないが、ロックには『不意打ち』という強みがある。
(タイミングは一瞬……それを間違えなければ!)
王太子たちの姿が通路の奥に見えた。
一歩一歩と距離が近づいてくる。まるで、一秒を一年のように感じながら、ロックはナリウスの接近を待った。
ナリウスの姿が近づいてくる。
ロックは頭の中がかっとなった。
もう、ロックにはナリウス以外の何も見えなかった。背後の景色も、周りに並ぶ近衛騎士たちも。
世界の中央に、ナリウスの姿だけあった。
ナリウスは演説を無事に終えて気分がいいのだろう、軽い調子で周りの近衛騎士たちと談笑しながら歩いている。
気は完全に緩んでいた。
もう少し、あと少し。
時間が迫る中、不意にロックは迷いを覚えた。
本当にナリウスを殺していいのだろうか? 混迷するナリウスの人心をあっさりとまとめたカリスマ性は王国民の未来に必要なのではないだろうか?
そもそも、ナリウスを殺して家族の敵を取ったことになるのだろうか?
様々な感情が入り乱れる。
(……!?)
ロックの指先が震える。
迷う暇はない。
なぜなら、まさに今、ナリウスがロックの目の前を通り過ぎようとしていたから。
馬車に乗り込まれてしまえば手立てはない。
最後に頭の中に響いたのは、ザーラキと名乗る男の声だった。
――嫁と子供の弔いだ。俺たちの怒りを国に示すんだよ!
ロックは覚悟を決めた。
腰の剣に手をかけながら、無言のまま、1歩2歩と距離を詰めた。剣を引き抜き、ナリウスに襲いかかる。
近衛騎士団が反応するが――
遅い。
(やはり俺は、お前たち王族を許すわけにはいかない!)
最後に選んだ信念を心中で叫びながら、ロックは剣をナリウスに向かって突き出した。
ロックの執念がたぐりよせた結果だった。
ほんの一瞬――おそらく1秒前でも後でもたどり着けなかった。わずかに覗く成功へのルートを、見事にロックは掴み取ったのだ。
無慈悲な刃がナリウスを刺し貫く。
その未来に、届くはずだったのに。
横合いから、閃光のような斬撃が走った。
それは、あの惨劇の日にロックが見た、誰よりも速く、力強い一撃と同じものだった。
手が衝撃で痺れ、剣が弾かれる。
勢いに耐えきれず、ロックは後ろへとよろめいた。
「くそっ!」
舌打ちまじりに、ロックは怒りの目を邪魔者に向ける。
そのロックの顔が驚きに変わり、邪魔者の顔もまた驚きに変わった。
「カイル!?」
「ロックさん!?」
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