第3話 バス停、人の記憶に映れない。

バス停で並んでいると、見慣れた顔のおばさんや、おじいさん、女子高生なんかが居る。

いつもこの時間に使う理由があるのだろう。


俺の頭の中で1つ、疑問が生まれた。

杖をついて下を向いて寝ているようにも見えるおばさんも、

空ばかりをあおっているおじいさんも、

いつまでもスマホをいじっている女子高生も、

俺がそうなように俺の事を覚えているのか。

俺は人を見る癖がある。

だから人の顔なんかを覚えていたり、

所作しょさや仕草でわかったりするものだが、常にどこかを眺めているような人間は、俺の事を、覚えているのか。


例え覚えていようが確認は取れない。

「俺の事、覚えていますか?」なんて聞くのは気持ちの悪い行為だと思ったから。

いや、それ以上に俺にはそんな勇気はない。

覚えてもらう勇気がないのに、忘れられるのが怖いのだ。


ブーとなる機械音と、ゴゴゴとエンジンの動く低い音が地面を伝って足の裏から体に響く。

音の波は足先から腹に続く骨を真っ直ぐに刺激して、

俺らを吸い込むかのように招き入れた。


バスの中は蒸し暑い。

この時間帯のバスは人で溢れかえっている。

こんなにも人が乗っていて、

更に蒸し暑いことがフツフツと頭を沸かせ、

大通り沿いを真っ直ぐ走るだけのバスに、

これだけ客が乗っている事に多少の苛立いらだちを感じさせる。

まっすぐ走るだけのバスなんだから、

これなら歩いた方がまだ暑くないだろうと思う。

なんなら真っ直ぐにしか走らないのだ。

道に迷う必要もない。

まぁ、そんなことを思っている自分だって、乗っているのだから、みんな思っているんだろうな。


少しでも自分が楽になりたいのだ。

そのために人をけなしたり、催促さいそくしたりする。

結果的に見れば自分は酷い人間だな、と思った俺は左肩にかけていたスクールバッグを足の間に置くなり、バスの窓を見ていた。

自分の顔が反射している。


流れる街並みに吊革に捕まる自分の姿が薄く投影される。

咄嗟とっさに微笑んでやった。

今日の笑顔は好きではなかった。

笑顔が、まるで作っているように感じる。

こんな日は、上手く笑えているかが怖くなる。


車内にも響き渡るブザー音が4回鳴った。

次で降りれば、国立庭園の奥にあるバス停だ。

聡明からme,in《みーいん》でメッセージが届いていた。

「俺らの作った水族館のセット、没だって」


「なんで?」


「高嶋がツッキーに確認したらダメって言われたらしい。」


高嶋は昨日俺に、「今日こそはしっかり働くんだよ。」と言った女子。ツッキーはこの出店の代表取締役の月形つきがた 雛子だ。 いつもは穏やかな彼女はこういう時はキレの良い統率とうそつ役になる。


きっとあれだ。

のり付けが甘かっただとか、貼り付けが粗暴そぼうだ、とか。

体育館に行ったらきっと高嶋に怒られるな。

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