第5話 ぐるぐる

 甘いものを飲んで自分を甘やかせようみたいな気持ちはいっぺんに吹っ飛んだ。

 今二人に会ってなんて声をかけていいかわからない。



 私は足早に二人が働くカフェから離れた。

 飲み物を購入しなかったのでお金も使わなかったし、おかげで当初の予定通り節約はできたんだけれど。


 まさか元バイト先のメンバーと出会うだなんて思わなかった。

 それも二人も……

 私はかなり動揺していた。

 どれくらい動揺していたかというと、どうやって電車にのったのか覚えてないくらい。

 頭が真っ白というか。



 もう会えないとおもっていたヨッシー先輩に会えた嬉しさ。

 ヨッシー先輩の手馴れた感じから、働きだしたのはつい最近とは到底思えない事実。

 

『取りたい資格があるからそっちに集中したい』というヨッシー先輩が居酒屋『さのさの』をやめた理由は、古屋さんが言った通り建前で。

 本当は他のところで働いたほうがいいから、辞めたのかもと覚悟をしていたことなのに、現実を突きつけられたことが処理できない。


 そして何よりもショックだったことは……

 ヨッシー先輩の次にやめてしまった同期のリリコちゃんがヨッシー先輩と同じカフェで働いていたってこと。

 ここは前のバイト先の『さのさの』からは距離がある。

 偶然同じところにそれぞれ応募したとはどうしても思えなかった。



 想定外のことのオンパレードで完全に私の頭のキャパを超えていた。



 頭の中がぐちゃぐちゃの中でなんとか頭の中を整理しようとする。

 その結果どう考えても、『また落ち着いたら一緒に働けたらいいね』ヨッシー先輩言ってたことは、穏便にやめるための嘘だったんだということだけは間違いなく理解した。



『ヨッシー先輩は資格試験さえ終わって戻って来てくれるかもしれない』

 バイト先の環境が悪くなってからも、私はそうずっと考えていた。

 もう戻ってこないとは、思いたくなかったというのが正しいかも。

 ヨッシー先輩が辞めた理由になることさえ解決すれば、また戻ってくると思いたかったし。

 また戻って来てくれたら、楽しいバイト先になる! それまでの辛抱って感じで、理由をつけてバイトの状況がどんどん悪くなってからも、私は『さのさの』のバイトに止まり続けたんだから。

 ふつふつとヨッシー先輩に対してモヤモヤした気持ちが支配する。


 そして古屋さんに言われた「もしかしたら、辞めた人はもう違うバイトで働いてるかもね」って言葉が、手馴れた様子でカフェの仕事をこなす先輩の姿と共に脳裏に何度も浮かぶ。



 私は怒っているの? 悲しいの? 悔しいの? だろうか。

 次々と目まぐるしく押し寄せる感情の波に、今自分がヨッシー先輩を見つけてどう思っているかが自分でもはっきりとわからない。



 家までの帰り道、今日かった化粧品のことなんかちっとも考えることなく。

 見つめていた時間は5分もなかったと思うのに、今日働いていたヨッシー先輩とリリコちゃんの様子だけが延々頭の中をリピートする。




 あれから私はずっとモヤモヤ悶々とした気持ちが消化できずにいた。

 電気を消してベッドに横になってもこんな気持ちのままではすんなりと眠れなくて。

 もう寝ようと思うのにスマホを触ってしまい、暗い部屋が何度も何度もスマホの灯りで照らされる。


「ダメだ。とてもじゃないけれど、横になっていても眠れる気がしない」

 がばっと身体を起こして部屋の電気をつけた。



 とりあえず、一番私が引っかかっていることは何なのか整理するために。

 ノートに気になることを箇条書きして、それに対して自分なりに気持ちを書いていて整理した結果。



 私はすでに『さのさの』をやめているというのに……

 まだ過去の自分の気持ちが上手く整理できてないことがわかった。


 かつての私は待っていたのだ。

 辞めて行った人たちが、おちついてまた戻ってきたら、またきっと楽しく一緒にはたらけるはずって。

 以前の楽しかった時期のメンバーが戻って来てくれることを。

 楽しかった日々が誰かが戻ってくることで、また以前のようにできるってことを。


 カフェでの様子から、働きだしたのはここ最近という感じではないのは明らかだ。

 カフェで働くことを選択せずに、二人が戻って来てくれていたら。

 私はかつては楽しかった『さのさの』バイトをやめなかったかもしれないのに!



 理解した途端、なんかバイトをやめるときは出てこなかった涙が出てきた。

 一人ずつ次々と仲良かった子が辞めていく。

 やめていくことで、バイト雰囲気がどんどん悪い方向に変わっていって、新しい人は入ってきたけれど、前とは明らかに違っていく寂しさ。


 私がそんな気持ちになっている中、二人は新しいバイト先で楽しくしてたのかなってことを思うと、恋愛的な意味ではなく。

 私はずっとしんどくても待っていたのに、裏切られたって思っているのかも。

 


 それにだ。

 カフェが入っている大型商業施設は居酒屋『さのさの』から離れた場所にあるし。

 そもそもな話バイト先なんか、電車で30分の範囲に選ぶことができるだけある。

 偶然二人のバイト先がかぶったとは思えない。

 どちらかが誘ったと考えたほうがいいかもしれない。



 私は勇気をだしてヨッシー先輩に個別で連絡先を聞くことはできなかったけれど、もしかしたらリリコちゃんは聞いたのかな?

 それとも、リリコちゃんはかわいい子だし、こっそりヨッシー先輩のほうがリリコちゃんに連絡先を聞いたのかな?



 二人の恋愛の話は聞いたことはなかったけれど、もしかして二人は『さのさの』にいるときから付き合っていたのかな?



 もし私がヨッシー先輩のプライベートの連絡先を知っていたら、『さのさの』やめてこっちで働こうよとか私も声をかけてもらえたのかな?



 ヨッシー先輩を好きな気持ち。

 ヨッシー先輩とリリコちゃんに裏切られたと感じる気持ち。

 こうしていれば、あーしていればちがったのかなという気持ち。

 整理しても整理しても、黒いどろどろした感情がとめどなくわいてきた。


 

 




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