第2話 あれ?

 ブラックバイトをしている当事者だったときは、なんとなくこのままだとヤバいとわかっているのに見てみない振りをしていた私だったけれど。

 ずらりと可が並ぶ成績で就職活動をするとかなり大変になるだろうな? とかどこか他人事なことをふっと思ってしまった。

 ついこないだまでは、私は間違いなく希や裕美と同じ成績このままじゃまずいてと思う立場だったのにだ。



 希はまだ単位を落としてないけれど、裕美の場合は最悪だ、単位をおとせば、必須科目ならまた再履修しないといけない。

 本来ならもう受けなくていい授業をもう一度受けるための時間は膨大。

 それが自分だったらと思うと……


 二人の話は私がなったかもしれない未来で、その恐ろしい結末、結果に今更ながらゾッとする。

 何よりもそんな自分の大学生活が大変なことになっているっているのに。

 目の前にいる二人が、未だにバイトに対して責任感とかでやめることを考えていなかっただろうなということが怖かったし。

 ついこの間まで、私もこんな感じだったの? と思ったことが一番怖かった。




 髪を切って気持ちとしては一新して、楽しいお昼と思っていたのに次々と飛び出す、バイト先の愚痴、テストでやらかしてしまったこと、これからの学生生活の不安。

 美味しそうな料理を目の前にしているのに、次々と飛び出す気の滅入る話題のオンパレードに気持ちが下がる。




 なんとか別の楽しい話題にと思うんだけど。

 とてもじゃないけれど、旅行しない? とか言える雰囲気ではなくて。

 せっかく集まって1200円もはらったランチだったのに、なんとなくおいしくなくて。

 二人が延々と話す愚痴に相槌を打つだけになってしまった。




 いつもであれば、こういう風に愚痴を言い終わった後はどこかスッキリなるはずが。

 今日の私はどっと疲れていた。

 まだ話したらない! 今日は久々の休みだからと希と裕美はこの後カラオケに行こうと言ってきたけれど。

 のがれられない密室でずっと愚痴を聞く羽目になることを想像したら、ちっとも楽しくない気がして私はこの後予定があるからごめんと早足で家に帰ってきてしまった。


 二人はというと、休みなかなかないし、やること沢山あるよね~と快く送り出してくれたんだけれど。

 なんていうか。

 最後の最後まで私は聞き手にまわってばかりで、バイト辞めたんだとか、髪型変えて気分を一新したんだよとか、旅行しようとか楽しい会話がなかったことがぐるぐると頭の中を回っていた。



 二人は悪い子じゃない。

 私が落ち込んでるときは励ましてくれるし、店長最悪じゃんとか一緒に文句も言ってくれて、それが心地よかったはずだったのに。

 今は愚痴だけの会話が負担になっていた。



 楽しい会話がしたい。

 春物の話とか、このイヤリングどう? かわいい~みたいな中身のないやつでいいんだけど。

 とてもじゃないけれど、今のバイトのこと成績のことで悩んでいる二人の前ではそういう話をするのははばかられてしまった。



 あれこれ考えてしまうタイプの私は、家に帰ってきてベッドに横になって考えた。

 気が付いたら、3人で愚痴ばっかりだったけれど。

 前はそんなことなかったよね?


 ふっと思い返してみる。

 前はもっと大学のあの人かっこいいとか、バイト先に好きな先輩できたとか、こうキラキラした話題もあった。

 もちろん愚痴もあったし、勉強の悩みの相談事もいろいろあったけど。

 楽しい話や中身はないけれど重たくない話もそれなりにしていたはずだった。

 前期のテスト明けにはお疲れ様会をして、旅行しようとか、遊びの計画を練って。

 6人でプールにいったり、希はバイトで参加できなかったけれど5人で旅行もした。

 それって、いつも誰がしていたっけ。

 


 スマホを取り出し、もうすっかり動きがなくなってしまった6人グループだった頃のSNSのグループのログを遡ると。


 お疲れ様会しよう~とか旅行を提案してくれたのは、今は分裂したもう一つのグループにいて、挨拶程度になってしまった麗奈れなだった。

『こういうの面白そうだからしない?』って集まってて切り出してくるのは麗奈が一番多かった。

 サバサバっとしていて、無理ならしょうがないよ~って断っても嫌な顔しないし。次のまた声かけるねって、遊びの声掛けも沢山してくれていた。グループが分裂する前までは。



 そして、じゃぁこれしようか~って決まったときに。

 決まったみたいだし予約しちゃうねって、手配とかうまいことするのに動いてくれたのは、今は分裂したもう一つのグループにいる白雪しらゆきちゃんだ。

 白雪ちゃんは前に出るのは苦手なタイプらしく、前に出るのは他の子に任せちゃうけれど、こういう縁の下の力持ち的なのはさっとやってくれる子だった。


 もう一人向こうのグループにいったともちゃんは、リーダータイプでも縁の下の力持ちタイプでもないけれど。

 少なくとも愚痴ばっかり言う様なタイプじゃなかった。

 


 

 そんな時ふっと古屋さんの言葉がよぎった。

「『さのさの』って、要領がいい人とかムードメーカーみたいな人がすでに抜けた後なんじゃないかな?」

 私のバイト先をさして言われた言葉だ。

 バイト先は、私が好意を寄せていたバイト先のムードメーカーヨッシー先輩が辞めてしまってから、徐々に楽しい子、要領のいい子が抜け出したという表現がぴったりのバイト先になった。



 もしかして、古屋さんが言ってたことって、友達関係も同じようなことがいえるんじゃ……

 要領がいい人、ムードメーカーとか楽しい人はつまらないグループからは自然とぬけちゃっうみたいな。

 まさか、まさかだよね。


 そんなことないよねと思いつつも、今日の食事会だけではなく、かつての私、希、裕美の会話を思い返してみると愚痴以外のことを話しているほうが少なかったって結論になってしまった。



 もう暗くなるしやめようよ~と、朋ちゃんは話題を変えようとしてくれたんだけれど。

 私たちは、気持ちを少しでも軽くしたくて、愚痴を続けたような気もする……

 



 古屋さんが言ってたことはバイト先の話しだけだよね。

 そう思いたいけれど、もう頭には『要領がいい人やムードメーカーが抜けた後』という言葉がぐるぐると回る。




 現にあれこれ予定があった夏休みとは違い。

 春休みは何も具体的に遊ぶ予定は立っていない。

 冬休みのときは、まだ麗奈から~~しない? ~~行かない? の声がかかっていたけれど。いつの間にか麗奈から遊ぼうの声掛けがきてないことにSNSのログをみて気が付いた。



 もしかして、私の友達関係もブラックバイトと同じ感じになろうとしてない?

 

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