感想①:約束の場所

北方先生がエッセイで語っていた事です。

「作者の願望を託した物語と、読者が踏み出せない願望が一致した時

その小説が受け入れられるのだ」と。



『逃がれの街』はストーリーだけを見れば

平凡な若者が社会からはみ出し

破滅の道へと進んでゆく ” クライムノベル ” かも知れません。



この作品の魅力は、本当は誰もが心の中に抱えてる

全てを投げ打ってでも、安住の地へ辿り着きたいという

衝動を表現しているところだと思います。



そして文庫本の北上次郎さんの解説より引用ですが

主人公、幸二が「ぶつかる」という形で進んでいくところが

他の小説にはない、特筆すべき点です。


ありがちな私怨などではなく、立ちはだかる者に

真っ直ぐぶつかってゆく姿が、

ストーリーを強く押し進める軸となっています。

主人公が己の凶暴性を表して、次々と犯罪を犯す設定は、ありがちですが

幸二は最後まで一貫して、真っ直ぐ突き進み

鮮烈に駆け抜けてゆきます。



物語の展開の、やや強引なところを感じさせない、リアリティー感じる登場人物の描き方の上手さも特筆です。


若さが持つ、一途さや愚かな衝動、やるせない怒りなど

物語に込められたら情念が、作品の熱として

伝わってきます。




主人公の水井幸二は、プロフィールだけ見れば

平凡な普通の若者かも知れません。

描かれる幸二の姿から

鬱積したやるせなさや、やり場のない閉塞感を抱え

重い翳りを抱えた男である事が、伝わってきます。



幸二のアパートにはテレビもラジオもない。

母は高校生の頃、亡くなり

父や兄、同級生、同僚との関係も希薄。

海に強い憧れがあり、いつか自分の船を買うための

毎月一万円の貯金と、船の模型作りだけが唯一の楽しみ。



わずかな心の繋がりであった、牧子(悦子)の隠し事のせいで

平凡な日常からはみ出してゆきます。



若さが持つ輝きは、逆に心の暗い翳りを

周りの人に気付いてもらえない、というジレンマを生みます。


私にも、そんな時代がありましたが自分には、全てを投げ捨てて

はみ出して行く勇気など無く

だからこそ、痛いほど感情移入しました。




警察、組織から追われ、辿り着いた軽井沢が

冒頭の『ヨシュア記』からの引用


「過って人を死なせてしまった者が、復讐する者から逃れるために神様が設けてくださった逃れの町」となるのです。

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