第43話 新入団員 朕

 選択の余地はなかった。朕たちが徴兵されてバラバラにされるよりも、アルバート・ヴィレム四世の傭兵団で一括にお世話になる方がマシである。

 いぶかし気に朕の行動を見る兵士の前から去り、そのまま馬車を移動させる。目指すは傭兵団のねぐらとなっている宿屋街だ。


「なんだローエン、まだ何かあったのか?」

 ナスのような野菜を齧りながら、アルバートは手を挙げて迎えてくれた。流石に町の中で襲撃の可能性は低いと踏んでか、団員たちもリラックスしているようである。


「何度もすまん。ちょっと商談がしたい」

「—―ほう。聞こうか」


 ここまでの一連の流れをざっくりと説明する。アルバートも途中から分かっていたのか、肩をゆすってクククと笑っていた。くそ、こうなるって知ってたんだな。まあ彼に非があるわけではないし、もっと言えばこのシンハ王国が悪いわけでもない。


 おのれ海の蛮族。すべては貴様らのせいだぞ!


「というわけで、出来ればアルバートの傭兵団に参加させてほしいんだ」

「おう、構わんぞ。新兵はいつでも募集中だしな。それにお前さんは腕が立つと見ている。お連れのお嬢さん方はなるべく前線には出さないようにはするが、まあそこは戦の流れ次第だ、約束はできん」

「それでいいさ。結局最終的にものをいうのは運だ。会敵して戦死するのであればそれまでのツキだったと思うしかない。まあ、そうはさせないがな」


 ヒュウ、と口笛を一つ。アルバートは早速団員を集め始めた。この間に朕も仲間に説明をしておかなくてはならない。馬車の中でも会話の端は聞こえているだろうが、きちんと言葉にすることで、責任の所在をはっきりとさせるのもリーダーの役目である。


「成り行きですまんが、冒険者稼業はしばらくお預けになってしまった。皆のことは俺が必ず守るから、しばらく傭兵団として過ごしてほしい。どうかな?」

「私は拒否できないっすねー。ミィちゃんも一緒かな。冒険者は全員徴兵とかっすから、逃げることもできないですし。ローエンが一緒なら生きる確率上がると思うっす」

「まーざこが一生懸命守ってくれるっていうならいいよ。ミィはついていく」


 地下教会組は概ね賛成してくれた。ほんと冒険者全員徴募とか、人権さんが息してないよね。せめミィは残したかったが、一人残したときに別口で徴兵されたら目も当てられないだろう。


「ローエン様が行けと仰せであれば、このキサラ・シャルロウ、辺獄の果てまでお供いたします」

「元聖女シャマナ・バロウズ。この力全ては聖者様の御為に」


 うん。まあ、ありがたいんだけど、素直に喜べないよね。

 こいつらは控え目に言ってキチのゲエだけど、無為に散らしていい命なんてものはない。一度身内と定めたのだから、最後まで朕は守らなくてはならない。


「吾輩は……」

「モモは残れ。お前は冒険者でもなんでもない。だから戦場に出る必要性は全くないからな。モモの能力は町で薬を創ることでその真価を発揮するものだからな」

 巻き込んではいけない。モモの、ウェンディゴの知識は必ずや南大陸の文化水準を上げてくれるものだろう。適材適所。モモにはモモの活躍するべきステージがある。


「吾輩は、ローエンと共に行く。戦うことは難儀。されど後方で医療活動はできる」

「駄目だ、残れ。本当に死ぬぞ」

「すべては運。ローエンが言った。吾輩の創薬は怪我人にも役立つ」


 何度も説得をしたが、モモは頑として首を縦に振らなかった。

 これ以上の拒否は却って彼女の覚悟を貶めるものになるか。すまん、と心で謝罪しつつも、朕たちのパーティーは誰もかけることなく傭兵団に加わることに相成った。


――

「というわけで、新たなメンツのご紹介だ。ローエン率いる<真実の光アークライト>のパーティーだ。皆、よろしくやってくれ」

 アルバートは頬の大きな刃傷をポリ、とかきながら、朕たちを好意的に紹介してくれた。傭兵団の人員は強化されたのか、おおよそ100名ほどの人員が、借り上げた集会場にひしめいている。できうることならば、誰も死んでほしくはないものだ。


「あの……」

 そっと傭兵団員の女性から手が挙がる。何か朕たちに疑問でもあるのだろうか。


「そちらの神職の方……いえ、その、ディアーナ教次期指導者だった、キサラ・シャルロウ審問官でいらっしゃいますよね? なぜここに……」

 

 チッ、ここにもいたか、ディアーナ教徒。


「お隣におられるのは聖女シャマナ・バロウズ様では……。私たちが何か取り調べをうけるようなことになるのでしょうか?」


 最近の堕落っぷりで失念していたが、この二人は有名人だったな。そんなんが傭兵団に来たんだから、そりゃハチの巣つついた騒ぎになるよね。


「おいおい、ローエン。お前さんまさか聖騎士か何かか? マスクをずっと被ってたから気づかなかったが、大宗教の要人を警護してるなんてよほどのことだぞ」

「いや、ディアーナ教はもう滅びてるのは知ってるよな……。こいつらは……あーなんというか、そう、新しい世界を見て自分を見つめなおす旅だったんだよ」

「旧が付くとはいえ、ディアーナ教のトップだぞ。お前は一体……」


 超怪しまれてる。

 朕、ふと思う。

 キサラとシャマナ、この二人を連れてきて、今まで何かプラスになったことってあっただろうか。狂信者は来るわ、祀られるわ、殺されかけるわ、毛をむしられるわ。

 あ……れ、朕って実は緩慢な自殺をしてる?


「正体が割れてしまっては仕方がありません。私が異端審問官のキサラです。この度、新しき神であるローエン様に帰依し、その旅路を共にすることを許されました。ローエン様がこの戦いに赴かれる以上、いわばこれは聖戦。真なる教えを刻み込むべく、満身の力を使う所存です」


「ボクたちは今、神の試練に立ち向かっている。それは決して楽なものではなく、時には理不尽にも思えるほどの脅威に晒されるだろう。だがこのお方がボクたちにはついていてくださる。聖者にして生き神様。我らの信仰を捧げるに相応しい、万象を司る尊い存在がね」


 え、あ、ちょ。

 ここで信者増やすのやめて。いろいろ後に引けなくなるから、もうやめて。


「古き神々はのたもうた。神を試してはならぬと! しかし、私たちは今、神を試すことを許されています! そう、ローエン様は深き慈悲にてその挑戦を受けるでしょう!」

「聖者ローエン様の敵はボクの敵。そして人類の敵といっても過言ではないよ。信仰は君たちを裏切らない。必ずやその魂を浄化してくれるだろうね」


「うおおおおお、神だ、俺たちには神様がついている!!」

「ローエン様! 我らをお導きください!」

「殉教だああああ!」


 やべえって。やべえだろ。やべえよな。

 意味のない三段活用をしつつ、朕はちらりとアルバートを見る。当然こんな状態は傭兵団長にとって嬉しいはずもない。刺されてもおかしくは……。


「俺の傭兵団が神の軍に……これはツキが来てるな……」

 来てねえから。こんな戦術や戦略を無視して死にに行く集団なんぞ、地雷物件と同義だろうが。


「みんな聞いてくれ。これからはこのヴィレム傭兵団の名称を変えようと思う」

 流石は団長の貫禄だろうか。皆が一斉に傾注するのは子気味良い。しかしまたなんで名前を変えるのか。あまり名称を変えると人が定着しなくなるぞ。


「これからは【ローエン二重十字軍】と改名し、各地を襲う蛮族に正義の鉄槌を下すことを旨としよう!」

「賛成! これぞ天意!」

「ローエン様に逆らう愚者に死を!」

「神の名のもとに!」


 ふあああああああ、もう終わりぞ。

 なぜ人は過ちを繰り返すのか。聖職者二人の、「やってやりましたよ!」的な顔、マジでやめろ。褒めねえよ、朕は今その小癪な顔を見てると泣きそうになるんだよ。


 朕思う、ゆえに朕禿げる。


 こうして指揮権を移譲された、朕の私兵集団が出来上がってしまった。

 くそ、こうなっては仕方がない。前向きに考えよう。とっとと戦いを終わらせて、朕たちはそこそこの褒賞を得て冒険者に戻る。

 ダンジョン、遺跡、草原、海上。待っているがいい、未踏の地よ。

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