第19話 不死の皇帝、ぶっ飛ばす
「限界だ」
南大陸の状況を鑑み、魔法や科学を使うことをためらっていた。その結果、粗末な剣を振り回すしかできない、ただの一般冒険者であることを知らしめた。
Gランクという低レベルの者をさらうのはわけない。もし不都合なことがあっても、なかったことにしてしまえる。
この考えが正しいかどうかはわからないが、感じるんだ。
傲慢なにおいを。
一般的に科学的手法が発展していない文化において、宗教的権威の影響は計り知れないほどに大きい。ディアーネ教にしても自分たちが是とすれば、民衆はそれに従うだろうと思い込んでいるだろう。
だから朕はひっくり返す。盤面全体を。
「お前らの間抜けな思考や一方的な言い寄りには我慢できん。悪いがこの大聖堂ごとぶっ潰させてもらう」
「なんでそんなこと言うかな。ボクを選んだんだからボクの言うとおりにしてればいいんだよ。聖女なんだよ? その血肉を分け与えてもらえるんだから、名誉なことなんじゃないかなぁ」
「誰がそんな腐肉なんぞ食うか。お前もキサラも同じ穴のムジナだよ」
「ふーん、じゃあ聖者様じゃなくなっちゃうけど、いいのかな」
「最初からそんなもん自称してない。呼びたくなくなったのなら、捨てればいい」
「使いたくなかったんだけどね。コレ、強力だから」
シャマナは腰の後ろに手を回し、鋭利な刃物を取りだす。禍々しく赤い刃は研ぎ澄まされていて、底冷えするほどの威圧感を放っていた。
なるほど、あれがシャマナのアーティファクトか。奪ってきたキサラの手錠と同じ気配を感じる。聖職者が持っていいものではないが、今更こいつらにことの正邪を説いても仕方がない。
刃渡りは二十センチほどだろうか。シャマナは手でくるくるともてあそび、使い慣れていることを示唆している。場所は室内。手を伸ばせば相手に届く距離でのクローズ・コンバットだ。
「それで刺すのか。あまり芸がうまいとは言えないようだが」
「うん、刺すよ。私自身をね」
シャマナは会話を強引に打ち切り、自分の腕に刃物を突き刺す。当然のことながら、床に夥しい血液が垂れ流される。
「何の真似だ。自傷行為が趣味なのは言動から理解しているが、目の前でやられると気分が悪くなる」
平然を装うが、朕は相応に警戒している。狂気を宿らせたシャマナの目が、油断することを許さないでいた。
「『
流れ落ちるままだった血液がその形状を変える。白い床を汚すだけであった不浄の赫は、カエンタケのようにそそり立ち、ぐるぐると螺旋を描いて朕に切っ先を向ける。
「泣いて乞うてももう止められないからね。聖なるディアーナの棘でここで死んでくださいよ、元聖者様」
「変わり身の早さだけは評価しよう」
シャマナが指を鳴らすと、渦巻く血液は真っすぐに朕の胸ねがけて飛翔してくる。この女は戦いのセンスはある。戦闘方法や虚をつく戦法、反撃を許さない短時間での攻撃。
朕が朕でなければあっけなく殺されていたことだろう。
「ふん」
いてぇ。回転するドリルに手を突っ込んだようなもんだから、指先がミンチにされるのは当然だ。だがね、朕の体は不老不死であり、驚異的な治癒能力をもっているんだ。防御方法にこだわる必要がない。
さりとて相手は南大陸ではオーバースペックな能力を持つアーティファクトだ。この血液が朕の体に入ると危険かもしれない。
だがすでに朕は魔法を解禁している。今まで他者から見ても変化が無いレベルの初級魔法縛りをしていたが、今は違うぞ。
「はあ? そんなんで防げるわけないよ」
もう一度パチンと指を鳴らすシャマナ。二本目の血流が別の角度から朕を襲う。
「オルァ!」
裏拳で叩き落した。
『身体完全浄化』『神速行動』『膂力奮迅』『状態異常無効化』『術式破壊』
容赦しねえぞ、この野郎。
「安心しろ、殺しはしねえ。結果的に死ぬのは関知しねえけどな」
「馬鹿な――」
フンッ。
一歩。距離にして一歩だ。避けてみろ、聖女様よ!
右手でシャマナの首を掴み、左手で刃物を叩き落す。そのまま体を持ち上げ、ベッドの上に叩きつける。右手に伝う衝撃が、そのままシャマナのダメージである。いくら布の上とはいえ南大陸の固いベッドだ。地面にそのまま打ち付けるのと何ら変わりはない。
「がふっ!」
「寝てろ。その間に終わらせてやる――『初級魔法・迅雷』」
一瞬の青い火花がスパークする。一種のスタンガンと同じ威力だ。
「な、このボク……が……君は魔法を……」
「聖女様、聖女様!」
表が騒がしい。戦闘音を聞きつけて、あのペストマスクの一団が押し寄せてきたのだろう。ドンドンとドアを叩かれている。しっかりと部屋に施錠はされているが、斧や槌を持ってきて破壊してでも様子を確認してくるだろう。
「今行く」
「な、聖女様はご無事ですか? 一体何が……」
ドアを開け、部屋の様子を見た教徒たちが色めき立つ。崇拝する指導者を袖にして、もう一人の頭である聖女をノックダウンさせたのだ。教団の看板にクソを塗られたのと同じだろう。
「聖女様……貴様! こんな真似をして生きて帰れると思うなよ」
「異端者だ、異端者がいるぞ! 必ず捕縛せよ!!」
白いシスター服に鳥頭。しばらくはニワトリが苦手になるかもしれない。
残念だが諸君らの攻撃は、朕には届かないだろう。だからこれからは一方的な暴力になってしまう。
「神技『
モーンングスターやメイス、ウォーハンマーが朕の体に振ってくる。
まるで瀑布の中にいるような打撃の雨だ。どれもきちんと腰が入っているらしく、迷いがない脅威の一撃で素晴らしい。
惜しむらくはすべて薄皮一枚で逸れているところか。
すべての現象には確率がある。
「もし頭を狙った銃弾が命中しなかったら」
「もし体を打った拳が外れたら」
「もし首に当てたはずの剣が滑ったら」
もう少し異次元の思考をしてみよう。
「もし刺さったはずの短剣が細胞を傷つけなかったら」
「もし貫いたはずの槍が、臓器をすり抜けていったら」
確率は不定のものだ。森羅万象すべてのものはあらん限りのIFを内包している。
「もし朕に来る物理現象が全て当たらなかったら」
数多にある可能性を朕が方向づけ、収束させる。
何度振っても1が出るサイコロと一緒に眠れ。
「なんだこいつは! 効いてないのか!?」
「怯むな、信仰を篤く持て!」
「残念だな、神は俺の味方らしいぞ」
『神速一閃』
よく映画などで手刀の一撃で相手を気絶させるものがある。あれは威力と速度、角度によっては可能だ。ただゴリラなみのパワーが必要というだけで。
手は添えるだけ。
速度で全てをコントロールし、間違っても全力でブチ抜かないように寸止めをする。それでも発生した空気の塊は攻撃を直に当てたのと同じだけの衝撃を与えるだろう。
最後の一人が昏倒したところで、朕は大聖堂の中心へと進む。もう一つの頭を潰しておかないと枕を高くして眠れない。
傲慢――。
朕は創造神から加護を得て、時にはそうであったのかもしれない。だから訂正し続けなくてはいけない責任を持つべきなのかもしれない。あるいはこの考え自体が傲慢そのものなのだろうか。
禅問答はここまでにしよう。
「落ち着いたようだな、キサラ」
「必ず私のもとに戻ってきてくれると信じていましたよ、ローエン様」
微塵も歓迎していないのは動きでわかる。お互いに円を描くようにゆっくりと動き、決定的な隙を伺っている状態だ。
「ケリをつけよう。お前らのお遊戯はこれで終わりだ」
「二度と。二度と私の部屋から外には出しません。一生私の愛を受け止めてください」
上等だ。
朕たちは拳闘試合の前のように、拳と杖を合わせる。離れたのならばそれがバーリ・トゥードのスタートだ。
行くぞ、次期指導者。今から神罰を見せてやる。
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