第11話 不死の皇帝、ゴブリンと戦う

 南大陸は人外魔境だと帝国では語られていた。朕は自らの目でそれを見て、事実だと認識している。

 パーティーを組んでいるマリカはフォックスリング狐獣人という種族であり、人間とは少々異なる生態を持っている。

 わかりやすいところで言えば、何を食っても腹を壊さないところだろうか。朕も『浄化』や『悪食』のスキルがあるが、発動時に体が発光するので南では封印中だ。


 そして今日、新たな神秘と出会う。

「ミィ、その耳はなんぞ」

「は? ミィはハーフエルフだし普通じゃね」


 エルフ、エルフと来たか。そう、これよ。朕が北大陸で何かが足りないと思っていたら、こういうファンタジー成分が無かったんだよ。

 エルフとかドワーフとかゴブリンとかオークとか。

 北大陸は三億人全部人間だからね。朕もこの世界は同種しかいないと思ってたし。


「ハーフエルフというのは、どういう種族なんだ」

「ミィは大体700年くらいは生きれるかな。年齢は人間と同じようにとるけども、姿は多分これで固定かも。もうちっと育ってほしかったけどねー」


 死ぬまで子供の姿なのか。それはそれでかなりシビアだな。


「ミィのママは超長命のエルフでー、パパがふつーの人間。なんか酒場で酔っ払ってたら、うっかりできちゃったって言ってた。うけるよね」


 うけねえよ。しかも割とヘビーだったし。娘にうっかりとか言うなっての。


「まあ、ママはエルフだからね。長い寿命で一人としかケッコンできないって拷問でしょ」

「そういう価値観なのか。お父さんはどうしたんだ? すまん、聞いていいのかどうかわからんが」

「ふつーに病気で死んじゃったよ。ミィは適当な孤児院に入れられて、そこから教会に入ったのかなー」


 これから戦闘だというのに辛いことを聞いてしまった。ミストラ教会に帰ったら悪口に付き合ってやるか。考えるだけで毛がまた抜けそうだが、朕ができるのはそれぐらいだろう。過去とはいずれ向き合い、乗り越えなくてはならないものだ。


「なーに黄昏てるんすか。これから突入ってのに」

「おう、すまん。今行く」


 今回は初の合同作戦だ。他のパーティーと共同で、ゴブリンの巣穴を叩く。

 南大陸のゴブリンは、まあ地球人が想定する小鬼でほぼ間違いがないらしい。

 集団で動き、夜陰に乗じて家畜や人を襲ったりさらったりする。


 冒険者も等級があるように、魔物にも難易度がある。ノーマルゴブリンならばGランクやFランクの冒険者が相手にする程度だ。だがたいていの場合は返り討ちにあってしまう。ゴブリンの中にも力を蓄えた者がおり、中位や上位個体が混ざった時に備えて、今のように共同作戦で殲滅する。


 今は早朝。相手が最も弱る時刻だ。


「パーティー『真実の光アークライト』のリーダー、ローエンだ。よろしく頼む」

 これ以外の名前は許さないという、ミストラ教団の強い意向を受けて忖度した結果だ。朕は権力に屈するしかなかった。


「来たな新入りぃ! ボア殺しのローエンっていやぁ最近目立ってるんじゃねえか俺は『血風ブラッディウィンド』のゴランだ。よろしくなGランカー」

 背丈ほどの鉄斧を自慢げに見せて、干し肉を口から垂らしている。いつ散髪したのかわからない赤銅色のざんばら髪は、性格をよく表しているようだ。


「ふむ……もっと頼りないモノだと思っていました。私は『闇の堕天使フォーリンエンジェル』リーダー、アンヘル。貴方の背中に闇が見えるわ」

 めっちゃ包帯。あと眼帯。別に怪我しているわけではなさそうだけど、パーティメンバーがみんな眼帯ってのはちょっと無理があるよ。


 うん、誰か朕が言いたいこと、わかるかな。

 いや、朕も経験上知ってるし、前世の偏った知識でもわかってるんだけどさ。


『血風』=『モブ名』+『斧使い』+『おっさん』+『豪快キャラ』

 これ死亡フラグだよね。


『闇の堕天使』=『ぼそぼそ口調』+『中二病ネーム』+「眼帯と包帯」

 絵にかいたような負けイメージが浮かんでくるよ。


 早々に罠にはまって、ハイパーゴブゴブタイム(18禁)食らいそう。


 放っていた斥候役のマリカが状況を報告してくる。

「ゴブリンは概ね三十ほど。洞窟の奥に広がっている平たい場所にかがり火をたいて、周囲にテントを張って生活してるようっす。ただ、一匹青いゴブリンがいまして……みつかりそうだったのでそれ以上は調べられなかったっす」


「青っていやぁ、ホブゴブリンか。チッ、全員でかかってもやべえかもな」

「神様は私たちを見ている。共に楽園エデンを目指して戦うべき」


「私もやるっすよ!」

「お前はマジでやめろ。カスタネット叩いたら本気で怒るからな」

「えーひどいっすー」


 ふむ、どうするか。ポピュラーな洞窟攻めは煙でいぶしたり、薬品を嗅がせたり、魔法や火薬で爆破するものだが。

 戦力を確認してみよう。


『真実の光』剣士一名、神官(グラップラー)一名、カスタネット一名。

『血風』斧戦士三名。

『闇の堕天使』剣士二名、弓兵一名、薬師一名。


 約一名除いて究極的に前線突撃の編成だ。だが小細工なしで洞窟に突入するのはマリカの情報から危険だと感じている。ホブゴブリンはCランクより上のランカーが戦うようなものだ。

 G、F、Fの三組ではあっさり虐殺される恐れもある。

 平地に住んでいると言ったが、迂回路や罠が設置されていないとも言い切れない。


「提案がある。おびき出して一匹ずつ始末しよう。敵の配置は概ね分かったが、地形と罠の心配がある。俺たちはまだ駆け出しだから、全員で囲んで戦える状況を作ろう」


「ほぅ、で、どうすんだい、あんちゃん」

「とりあえずはそちらの弓使いと俺で始末する。そのあとは策がある。皆は出入口付近を囲むように配置してもらって、数的有利を作り続けよう」


 放火しようかとも思ったが、かえって狂乱状態になってしまっては後れを取ることになりかねない。


「闇の堕天使の……」

「弓使い……エルザ……天使に羽を授けられし者ディヴァインウィング

 お、おう。

「狙撃はできるな。俺はこれだ」


 教会で作っている靴用の草を少し分けてもらって作った、スリングショットだ。

 コツがいるが、これならば無音で攻撃できる。


「行くぞ、いいな」

「……神のご意思のままに」


 エルザの矢は見事に眉間に命中し、うめき声をあげることなく葬り去っていた。そして俺の投石も矢に驚いたゴブリンの後頭部に命中し、陥没させて倒すことができた。


「よし、見張り排除成功だ。エルザ、退くぞ」

 俺は白い布を振り回し、マリカに合図を送る。作戦の成否はこいつ次第だ。

 

 マリカの特徴はとにかくすばしっこいことだ。ビッグボアの突進もひらりひらりとうまく回避し、決して相手に攻撃をかすらせなかった。


「タンタンタンタンタンタンタン♪」

 洞窟の中で、うっぜえ音が聞こえてくる。


「ひゃー、あとはよろしくっす!」

 マリカが脱兎のごとく逃げてきた。さんざん舐めた音で挑発されたゴブリンは、五匹程度追撃に来たようだ。しかしその分散こそがこちらの狙いだ。


 三十匹同時に洞窟の入り口からは出られない。ならば少数の兵で追撃に出る可能性がある。兵法をたしなんでいる者がいれば真っ先に見破られるだろうが、これが『隘路での挟撃』だ。

 こちらは全員で展開できるのに対し、相手は数匹ずつしか出現できない。


「ゴラン! アンヘル! 今だぞ!」

「任せな。おうるぅあっ!」

「……神罰! 女神業炎斬ヴィーナスブレイズ(ただの斬り)!」


 順調に数を減らしているようだ。うち漏らしたゴブリンが洞窟の奥に援軍を呼びに行ったが、今は頭数を削る方が優先だ。そのうちに本命は出てくるのだから。

 ズシン、と地面が揺れる。

「来たか……」


 一回り、いや二回りは大きさが違う、この洞窟の主。ホブゴブリンの登場だ。

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