第27話 異次元型ダンジョン


 ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、周囲の景色が一変した。

 地下だというのに、見渡す限りの青空だ。

 俺たちを支える岩の足場は空中に浮かんでいて、眼下には綿のような白い雲が広がる。


「驚いたか? 驚いたろ? この俺だってぶったまげて即決購入しちまったよ」

「確かに珍しいダンジョンだ……!」


 異空間型ダンジョン。

 文字通り、内側が異空間になっているダンジョンだ。

 こういうダンジョンのコアはかなり力が強く、魔物も強力だが、ダンジョンの外に出て人間を襲ってきたりはしない。危険度が低くて稼ぎは多い、美味しいダンジョンだな。


「ここの地主のブローカーは一億円近い値段を吹っかけてきたんだが、俺の勘が正しけりゃ、一億だって大バーゲンだ。借金して買うだけの価値はありそうだろ?」

「一億!? そんな借金、どうやって……?」

「この俺はBランク探索者だからな! それに、この好景気で銀行も財布が緩んでるのさ」


 Bランクでも一億借金できるぐらいの稼ぎと信用があるのか。

 じゃあ、Sランクの血矢とか、どれぐらい稼いでるんだ?

 超一流のプロスポーツ選手ぐらい? すげー。


「俺もランク上げたくなってきた……」

「まずはこのダンジョンで生き残ることから、だな! お前、これが最初のダンジョン探索だろ? 一回目が一番死にやすいからな」


 ぜんぜん最初じゃないんだけど、ややこしいから黙っておこう。

 沙門社長が浮き岩を飛び渡っていく。


「これ、落ちたらどうなるんだ?」

「試してみるか? 99%の確率で死ぬと思うがな」

「いや……」


 DEで身体強化して、慎重に進む。

 着地した足場がわずかに沈み込んだ。やりにくい。

 この状態で襲われたら、戦うのは難しいぞ?


「来やがった! 俺の後ろに隠れとけよ、陰野!」


 案の定だ。

 大空を飛ぶ巨大な氷の怪物が、俺たちを見つけてガチガチ嘴を鳴らした。

 〈アイス・クロウ〉。空から必殺の爪で攻撃を仕掛けてくる氷の鳥だ。


「〈サモン・クルセイダー〉!」


 社長が放り投げたDEの棒が、樽みたいな体型の歩く大盾に変化する。

 その後ろに二人で隠れ、巨大カラスの攻撃を待った。


 パリパリッ、と甲高い音を立てながら氷が変形し、巨大な爪が大盾を掴む。

 小さな足をバタバタさせながら、大盾の召喚獣は無限の大空に落ちていった。


「……ぐわああああっ! 昨日の今日でまた一千万円があああっ! クソッ、〈サモン・アーチャー〉!」


 新たなDE棒が弓の自動砲台へ変化して〈アイス・クロウ〉を撃つ。当たっていない。

 ……本人が言ってた通り、沙門社長一人じゃ厳しそうだ。


 ちょっと助太刀するとしよう。

 全力でDEを熾し、異能の発動準備を整える。


「なんだこの気配!? まさかボス……って、陰野!?」

〈時間流制御・加速〉タイムストリーム・アクセル!」


 周囲の時間が一気に高速化し、外の世界がスローモーションになる。

 同時に、〈アイス・クロウ〉の尻尾が虚空に固定された。

 必死に暴れているけれど、抜け出せる様子はない。


「な……何だ? 何が起きてる?」

「時間流の境界面で魔物を捕まえたんだ」

「もっとわかりやすく説明しろよ!?」

「あいつはもう、尻尾を切り落とさないかぎり動けない」


 時間流の境界は絶対不可侵の壁だ。

 俺の異能の範囲内と範囲外を行き来することはできない。

 なら、その境界上に魔物が居たら? 当然、そいつは捕まって動けなくなる。


「よ、よく分からねえけど……撃てーっ!」


 自動砲台が弓を連射して、〈アイス・クロウ〉を滅多打ちにする。

 氷がバキバキと崩壊し、砕けて落ちた。


「よっしゃあ初撃破だ! 助かったぜ陰野! で、これ、何なんだよ?」

「時間の流れを操作してるんだ。外側に比べて、ここだけ時間が加速してる状態になってる。雲の動きを見れば分かりやすい、かな」


 もくもくと風に吹かれて動いていた雲海が、ほとんど動きを止めている。

 けっこうな時間の倍率だ。

 これで境界がなければ、一方的にクロックアップして動けるのになあ……。


「はあ!? 時間!? 異能にしたっておかしいだろお前どうなってんだ!? さっき滅茶苦茶な量のDEを扱ってたろ、ボスみてえな気配だったぞ!?」

「色々あったんだ。じゃ、ちょっと素材を回収してくるよ」


 空に浮かんだ岩から飛び降りる。


「あっ、おい、落ちたら死ぬって……なっ!?」


 虚空に着地した俺を見て、沙門社長が絶句した。

 時間流の境界は不可侵の壁なんだから、そこを歩けばいいだけの話だ。


 スタスタ虚空を歩き、壁の外側でゆっくりと痙攣している尻尾から魔物の残骸を切り離し、核を貫いた上で素材を抱えて元の場所に戻る。

 途中、足場が徐々に柔らかくなっていった。

 時間流の境界がなくなりつつある、ってことは……。


「時間の流れが元に戻ってる!?」


 慌てて岩まで帰還する。

 ほどなくして時間が外側と同期した。

 〈アイス・クロウ〉の尻尾だけが落ちていき、ダンジョンに同化して消失する。


 ふう。危なかった。

 あんまり長いこと時間の操作はできない、んだな。

 異能がちょっと壊れてる影響かな? それでも問題なく使えるけど。


「……なあ、陰野……お前、何なの? ダンジョン潜るの、コレが本当に最初?」

「俺について防衛省に開示請求すれば、黒塗りの書類が出てくるかも」

「!?」


 あれもこれも機密情報に指定されてて明かせないけど、これぐらいなら平気だよな。

 少なくとも嘘は言ってない。


「……防衛省がダンジョン絡みで何かコソコソやってる噂、あれって……」

「色々あったけど、今はもうあんまり関係ないからさ。俺はただの探索者だよ」


 絶句してる沙門社長に〈アイス・クロウ〉の残骸を押し付けて、俺はダンジョンの先に進んだ。



(お知らせ)

よく考えたら22話で逆方向に時間を操作していた気がするので、減速させていたところを加速に修正しておきました。

どっちの表現でも理屈は通せそうですが、減速より加速のほうがカッコいいのでこっちにしておきます。

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