第6話 トレーニング開始・ロ


 DEを意識できるようになるまで、二週間近い時間がかかった。

 これで完璧かと思いきや、動きながらDEを意識しようとすると上手くいかない。

 瞑想しなきゃ使えないんじゃ、まだ実用レベルに達してないな。


「母さん、そろそろ外に出てもいいよね?」

「仕方がないわね。でも、遠くにいっちゃ駄目よ?」


 体力作りとDE操作の練習を兼ねて、俺は毎日ぐるぐる走り回った。

 だんだん集中せずともDEを感じ取れるようになってくる。

 一ヶ月が経つ頃には、全力疾走しててもDEを見失わなくなった。


 これで次のステップに進めるぞ、と喜んでた俺に、嫌なニュースが届いた。

 もうそろそろ長谷高校の授業が再開されるらしい。長谷高校の校庭にあったダンジョンはとっくに消失し、調査も一段落したから準備OKって事みたいだ。

 この一ヶ月を取り戻すために、冬休みは短縮だし、土曜日も登校だって。うげえ。


 サボって訓練に集中するか迷ったけれど、学校には通うことにした。

 できれば大学には入っておきたい。

 そうすれば奨学金をフルに借りて軍資金を用意できる。バイトより手っ取り早い。


 そういうわけで、俺は高校に通い出した。

 一ヶ月ぶり……いや、十五年ぶりか。


 ストーブが燃えていてもまだ寒い教室の隅に座って、高校生たちを眺める。

 みんな楽しそうだ。どこのグループもダンジョンについて話している。

 ゲームみたいだとか、特殊能力ゲットできるんじゃないかとか。能天気だなあ。


「……こいつらみんな、本当なら死んでるんだよな……生き残ったやつもそのうち……」


 いや、同じ運命を辿るとは限らない。もっと明るいことを考えよう。

 俺は次のステップに進める。DEを熾し、増殖させて補充する”炉”だ。

 DEを扱う上での基本技術でもあり、究極の技術でもある最重要項目だな。


 例えるなら、”炉”は体を発電機にしてDEのバッテリーを充電する技術だ。

 人間が持てるDEの容量はそこまで多くなくて、みんな数回ほど力を使うと足りなくなるから、戦闘中でも充電が必要になるんだよな。

 当然、チャージが速ければ速いほど有利になる。


 授業を聞き流しつつ、俺は全身に力を込めた。この時間で練習しよう。

 よーし、いくぞ。


 力を込めた瞬間、バンッ! と小さな爆発が起きた。

 衝撃波が広がって、教室中の教科書やノートがバラバラに散乱する。


「へ?」

「陰野? お前、いま何した?」

「さ、さあ……」


 もしかして、今の衝撃波って……全部、俺が生み出したDEだったりする?


 ……あ……頭が痛くなってきた。

 駄目だ……意識が……。



-A.D.2037 大カリフォルニア独立州 デス・バレー -



「ん……また気絶してたか……?」


 最近、”炉”の練習をしていると妙なことが起きるようになってきた。

 俺から放射状に風が吹き出したり。いつの間にか気絶していたり。

 DE絡みで何かが発生してるのは確かなのに、何が起きているのかは分からない。


「こんな修行をあと何年やればいいんだ……」


 彩羽さんに訪ねても、いいから続けろ、の一点張り。理由も教えてくれない。

 やるけどな。もう他の道は残ってないんだ。


 全身に力を籠めて、DEを発生させる。何も感じないけど、これでいいらしい。

 何で俺はまだDEを意識すらできないんだ? 何かに邪魔でもされてるのか?


「……皆はどうしてるかな」


 〈彩羽旅団〉の面々は、この過酷な砂漠地帯に存在する高難度ダンジョンに潜っているところだ。

 北米大陸に残った最後の二拠点カリフォルニアとニューヨークで合流し、少しでも長く戦うために、皆は必死に足掻いている。なのに、俺は居残り。役に立ててない。


「早く強くならないと……もう時間がないのに……」


 キャンプにただ一人だけ残された俺は、砂漠の真ん中で”炉”の練習を続ける。

 本当に効果があるのか? もしかして、俺に無駄な練習をさせて笑いものにしてるだけなんじゃないか?

 雑念を必死に抑え込み、無心で訓練を続ける。

 ……やがて、くらりと意識が遠くなった。また失神、か。


「時間」

「……うわ!?」


 目を覚ました俺の目前に、一匹の魔物がいた。

 蚕を思わせるふわふわの胴体に、祈るようなポーズで畳まれた鋭い手鎌が二本。

 ”祈り虫カマキリ”と蚕蛾を合わせたような外見から、〈祈り蛾〉プレイイング・モスというあだ名で呼ばれる魔物だ。


 だが、普通の魔物ではない。

 人外の頭部があるべき場所には人間の頭があり、肩には米軍のロゴが刺繍されている。


「合成兵器……」


 噂には聞いていたけれど、この目で見るのは初めてだ。

 この技術が完成するまでの間に、どれほど非道な実験が繰り返されたのだろう。


「時間」

「時間?」


 〈祈り蛾〉は嬉しそうな顔で頷いた。

 時間がどうした? 時計を確かめてみたが、別に異常はない。

 そもそもコイツはどこから来た? ダンジョンでのテストから逃げたのか?


「……合成兵器の知能は限定的、だったか……」


 気にしても無駄だろう。

 俺は”炉”の練習を再開した。


「時間!」


 彼女は嬉しそうに飛び跳ねて、俺に魔物の体をこすりつけてきた。

 見た目は気味が悪い化け物だったが、感触は悪くない。

 まるで絹だ。さすがは蚕蛾。


 練習を続けていると、ピイッ、と笛の音がした。

 米軍の制服を着た探索者たちが必死に〈祈り蛾〉を呼び、笛を鳴らす。

 だが、どう頑張っても俺の側から離れようとしない。


「どうなっている!? 制御システムが壊れたのか!?」

「今朝のエラーチェック時点では正常でした! 制御系は生きているはずですが……彼によほど執着しているのでしょうか?」

「チッ、趣味が悪い女だな……! おい、そこのお前! 我々の兵器から離れろ!」


 大人しく離れようとしたが、〈祈り蛾〉は俺にぴったり付いてくる。


「仕方がない、電撃砲を持って来い!」


 軍人たちは巨大なDE兵器で祈り蛾を麻痺させ、軍用車両に乗せて運んでいく。

 ……いったい、何だったんだ?


「時間……?」


 考えてみたが、答えは出ない。俺はふたたび炉の練習を再開し、ほどなく気絶した。



- 現在 -



「知らない天井、なんて言ってる場合じゃないな」


 保健室で目を覚ます。また昔の夢を見てしまった。忘れよう。


「彼の身体に異常はないのですが、いきなり怪現象が起きた後に気絶を……」


 保健室の先生が、俺の両親と話をしている。

 迎えに来てくれたのか? 母さんはともかく、父さんまで?

 最近はずっと仕事が忙しいみたいで、ろくに家にも帰ってこないのに。


「僕のせいかもしれない……仕事でダンジョンの材料を扱っているから、そのせいで」

「そんなわけないでしょう、お父さん! きっと偶然よ!」

「えーっと、父さん母さん、俺は平気だよ」


 ベッドから身を起こす。両親にぎゅっと抱きしめられた。

 お、大げさだな。心配してくれるのは嬉しいけど。


「ひとまず帰ろう。歩けるかい?」

「平気だって」


 車で家まで送られて、ベッドに寝かしてまでもらってしまった。平気なのに。


「ふう。さて、あれは何だったんだ?」


 頭をひねった結果、”過充電”なんじゃないか、という気がした。

 充電池を限界以上に充電し続けると爆発する。

 同じように、DE容量の上限を越えたところまで”炉”をやって充電してしまい、過充電でDEの爆発が起きた、のかも。

 そんな現象が起こるなんて聞いたことないんだけどな。


「あれが過充電なら、俺のDE生産能力は高い、のか?」


 前世の時点でもうDEを熾す技術自体は完璧に仕上がっているのかも。

 やるべきは破だ。DEを具体的な力に変換する最終ステップ。

 これを身につければ、俺はようやくまともな探索者になれる。


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