第2話 最高の瞬間


 深夜。

 鉄製の重いスコップを携えて、俺は長谷高校の敷地に侵入した。


「このへんのはず……」


 校庭のど真ん中を、スコップで掘る。

 嘘みたいな量の汗が出てくる。なんだこれ。昔の俺、どんだけ体を鍛えてないんだ?

 体が肉体労働についてこない。必死に気力で動く。


「ふう、あとちょっと……」


 〈ダンジョン〉が生まれる時には、かならず数段階のステップを踏む。

 まず地中にダンジョンコアが出現し、じわじわと領域を拡大していったあと、十分な力を蓄えてから地表に出てくるんだ。

 開通の半日前なら、かなり地上の近くまで来ているはず。掘れば見つかる。


 上半身がすっぽり隠れるぐらい掘ったところで、地面がバラバラと崩れだした。


「見つけたぞ!」


 スコップを剣のように構え、崩れる土と共にダンジョンへ突入する。

 さっそく魔物が目に入った。緑色をした不定形の生物。

 〈ハガースライム〉だ。射程に入ると顔面めがけて飛んでくる。


「あんな魔物が強敵扱いされてた時代もあったなあ……」


 スコップを構え、一気に踏み込むフリをした。

 遠すぎる位置から飛んできたスライムをスコップで叩き落とし、体の一部を思い切りえぐって投げ捨てたあと、違和感のある部分を突く。

 光の屈折で隠された核が潰れて、スライムはダンジョンに還っていった。


 ダンジョンに出てくる魔物は、全てダンジョンコアに生み出された被造物だ。

 死ねばダンジョンへ還る。そうやって資源が循環するから、いくら魔物を倒してもキリがない。普通にやると無限に敵が出てくる。


 重要なのは、その循環を断ち切ることだ。

 俺がえぐって投げ捨てた部分は、今もダンジョンに還らず残っている。

 こうやって魔物の死骸をダンジョンから切り離すことで、〈DE〉――ダンジョン・エネルギーと呼ばれる力が目減りするわけだ。


 ダンジョンコアの破壊を狙うなら、普通はDE削りの作業から始める必要がある。

 慣れきった作業だ。

 十年以上、俺の仕事はずっとDE削りだった。ボスやダンジョンコアを狙う華形も、偵察みたいなベテランの役職もやったことはないけれど、地道なサポートには慣れてる。


 通路をうろうろ徘徊し、出会う魔物の切断処理をしながら倒し続ける。

 そして数時間が経った。時刻は朝の四時。


「あまり長引くと見つかって警察を呼ばれる……そろそろ行くか」


 俺は最深部へ向けて歩きだした。

 道中は特に苦労しない。見知った魔物をパターンで処理していくだけ。

 そうしてたどり着いた最深部で、巨大な石像のボスが俺を待ち受けていた。


 〈ガーゴイル〉――前世の仇。こいつに両親を含む大勢が殺されたんだ。

 その分、きっちり復讐させてもらおう。


 ギシギシとガーゴイルが動く。ヒビ割れた体から石の欠片が落ちた。

 DE不足。狙い通りだ。これだけ弱っていれば、俺でも戦える。


 絶対に勝てる戦いのはずなのに、足が震えた。

 ボスと対峙するのは初めてだ。


「大きい……」


 俺なんて簡単に潰されてしまいそうだった。


「大丈夫、大丈夫だ……俺は十五年もダンジョンに挑んできたんだぞ……」


 知識は十分にある。

 たくさんの映像を見てきた。経験者からたくさん話を聞いた。

 何回も何回も、ボスを倒す夢を見た。


「……行くぞッ!」


 自分に発破をかけて、スコップを振るう。

 動きの鈍い石像の爪や尻尾を回避しながら、ひたすらガンガン石像を叩いた。

 手が痺れて感覚が無くなってきたころ、腕の一部が崩れる。


「ダメージが……入った……!」


 いけるぞ、という興奮で体に力がみなぎった。

 肩で息をしながら殴り続ける。ボロボロと石像が崩れていく。


 あえて、俺は胴体と頭への攻撃を避けた。


「お前が……お前に父さんと母さんが殺されてなければ……! お前らみたいなやつが地球に現れてなければっ!」


 十五年分の恨みを籠めて、四肢と尻尾を殴り続ける。一つ、また一つと部位が崩れて、ついにガーゴイルは胴体と頭だけの無惨な姿で転がる。

 そうなってもまだ、顎で噛みつこうと必死に暴れていた。


 俺はガーゴイルの頭を踏みつけて、ヒビだらけの胴体へスコップを突き立てる。


「死ねッ!」


 胴体が大きく割れて、中から輝く真珠のような核が現れる。

 ダンジョンコアだ! 見つけたぞ、お前の急所!


「死ねえーッ!」


 コアが割れて、青く輝くダンジョン・エネルギーの霧が噴出する。

 仇は取ったぞ! 父さん! 母さん! みんな!

 俺はやった! 十五年の下積みの末に、やっとボスを倒してダンジョンを攻略できた!

 ああ! ずっとこの瞬間を夢見てたんだ!


「やった……やったあ……」


 自然と涙が出てきた。

 ダンジョンの床に寝っ転がって、この瞬間を噛みしめる。

 火照る体も上がった息も、疲労の苦痛も床の冷たさも、前世の無念も……何もかもひっくるめて、最高の夢だった。


「……これで走馬灯は終わり、とか、無いよな?」


 頬をつねった。痛いだけだった。

 本当なのか? まだ生きててもいいのか、俺?


「……いたたたた!」


 全身がジクジクと焼けるように痛みだした。

 絶対にこんなの夢じゃない! ちょっとタイム! マジ痛いんだけど!

 ……あっ! まさかこれって!


「〈超成長レベルアップ〉!?」


 十五年かけて一度たりとも経験できなかったことが、あっさり起きてしまった。

 体がDEに適応し、一気に身体能力が跳ね上がる現象だ。

 一回でも起きれば一人前。十五年後の世界最強探索者ですら、超成長レベルアップの回数は五回ぐらいのはず。


「もしかして……やれるんじゃないか、俺……」


 この段階なら、まだダンジョンの難易度は低い。

 レベルⅡの俺なら、”ソロ攻略”だって可能かも。


 ……そう自覚した瞬間、メキメキと欲望が広がっていった。

 めっちゃ大活躍したい! 英雄としてチヤホヤされたい!

 女性ファンからプレゼントとか貰いたいし、テレビで特集とかされたいッ!

 TIMEの表紙とか飾りたいッ!!! ノーベル賞とか欲しいッッ!!!!


「うおおおおお! よっしゃあああ! 受賞スピーチ考えなきゃっ!」


 いやいや、俺なんて運がよかっただけの一般人ですから!

 俺が探索者として活躍できてるのは皆様のおかげですっ!

 全然大したものとかじゃないんで! ただの陰キャなんで!

 あ、応援ありがとー! そんな褒めるなってー!


「ぐふふ……ふふふふ! ふふふはははは!」


 笑いが止まらないぜ! 妄想の段階で承認欲求がもはや充足度MAX!

 たぶん実現すると胃が痛くなって死んじゃうから妄想中が一番幸せだ!

 小市民だけど妄想の中なら活躍し放題だぜー!


「はーっはっはゲホゲホゲホーッ!」


 あ、体めっちゃ痛い! まだ超成長中だった! ぐえー!

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