第51話 おおらかな精神


(あり得ないでしょ、あの子どうなっているのよ!?)


 教師セルテアは、口論している神童と呼ばれる双子の兄を見つめて冷や汗をかいた。


 目の前では「あれほど問題を起こすなと注意したはずです!!僕が宿舎に書類を提出しにいっている間に問題をおこすとか何考えているんですか!?」

 と、同じ顔のはずなのになぜか端整な顔立ちに見える茶髪のエルフの弟の方に詰め寄られる兄の姿がある。

 

(いくら神英霊のバフで魔力が無限回復するからってS級の英霊を倒すなんてありえないでしょ!?)


 そう、生身の人間が英霊に勝つのはありえない。いくら数値的には理論上可能だとしても。体の防衛本能が魔力量をセーブしてしまう。

 体に眠る力が100だとしたら出せる力は20%にも満たないだろう。

 生身の人間があのようなバトルフィールドを全体に魔力を展開するなんて、本来ならありえないのだ。

 そこそこ魔力の強い教師である自分だって半径1mが限界だろう。

 たとえそれが常時魔力回復機能が備わったとしても出力できる量には限界があるのだ。

(神童と言われることはあるわ……)

 半分流れるエルフの血がそれを可能とさせたのか……それとも20%の力であれほどの魔力を秘めているのか。


(どちらにせよ恐ろしい事にはかわりない。残念なのは英霊が神級といえどもC級なことだけ。あの子がちゃんとS級英霊をもっていたら、100層突破も夢じゃないのに)


 そう思いながら教師は弟の方に視線を向ける。


(でもまだ彼がいるわ。彼はまだ英霊を選んでない。彼がちゃんとしたS級英霊を所持さえしてくれれば、100層を突破できて、グドルの家が暴政を振るっているのを止めてくれるかもしれない)


 そんなことを思いながら教師は、呆然としているグドルに視線を向けるのだった。



★★★


「入学初日に一番厄介な相手に目をつけられるとは流石マスター」


 宿舎の自室で、執事姿のキルディスが俺に紅茶を注ぎつつ、嫌味たっぷりに微笑んだ。

 あれから、教師たちから事情聴取され、教師立ち合いの元正式な決闘だったため、俺の方も残念ながらグドルの方も罪は不問となった。

 あちらはプライドがズタズタにされたので、実質俺の勝!!!と言いたいところなのだが……弟に怒られた分俺のダメージもそこそこでかい。

 何よりこの世界においての英霊の立ち位置がよくわからないうちは、英霊と契約しないという約束だったのだが、ちょいバフが面白そうだと見に行った英霊と、そのまま勢いで契約を結んだことで、弟にものすごく怒られた。


「本当、まだこの世界のことよくわらからないのに、契約結んじゃうなんて考え無し」


 俺と同じ学園の制服をきたカルナが突っ込む。

 カルナも俺達と一緒に学園生活を送りたいと、この世界の人間の身体を迷宮権限で偽造してつくりだし、俺達と一緒に入学したのだ。


「しょうがないだろ! あんな優秀な能力の英霊が目の前で無能扱いされていたら、ついその場の勢いで契約するだろう!?」


 そういって、カルナの用意した培養液で眠った状態のレナを指さす。

 レナはこの世界では英霊がどのような存在なのか調べるためにカルナがデータ取得中だ。もちろん彼女の身体に害になるような事はしない。


「だから英霊を見に行くなと言ったたはずですよ。兄さん」


 キルディスが煎れてくれたお茶を飲んでいると、今度はノックもなしに弟が俺の部屋に入ってくる。

 一応俺達は最優秀成績ということで特待生の部屋に住んでいるので、学生にしてはかなり豪勢な部屋を与えられた。部屋数は5部屋あり、他の学生は共同なのに俺達は風呂・トイレも完備だったりする。


 確かに、弟には念を押されていた。絶対英霊を見に行くなと。

「兄さんが見にいけば情に流されて契約を結びかねない」と止められていたのだ。

 

 意に添わぬ契約の元ただ従うしかない存在。


 それはエルフの大賢者時代の自分達を彷彿とさせてしまう。

 だから、関わってはいけないと、何度も言われていたのだが……。


 レナの話を聞いた途端。もちろん欲望に負けた。


「超神性能だったから仕方ないだろう!?」


 俺が弟に訴えると、弟のファティスはため息をついた。


「違うでしょう、たまたま同情した相手が高性能だっただけです。消失の未来しかない英霊を兄さんが放っておけるわけがない。例え性能が悪い英霊だとしても、無理やりいいところを見つけて、僕に言い訳しながら契約を結んだでしょう?……だから英霊を見に行くなといったのに」


 そう言ってファティスははぁぁぁぁと大きくため息をついた。


「なんだ、お前も知っていたのか」


「ええ、それとなく話は聞いていました。だから英霊は見に行くのはしばらくやめようといったんです」


 そう、英霊にいちいち同情して契約を結ぶべきじゃない。

 契約を結べる英霊数は限られているし、全員手を差し伸べられるわけじゃない。もしかしたらこの世界が英霊重視なのは英霊を使って魔族やら神やらが何か企んでいる可能性もあるので、最悪英霊所持者が操られるという可能性がある。カルナがこの世界のデーターベースに触れるまではお互い可能な限り英霊なしでいこうという話になっていた。


 話にはなっていた。

 頭ではわかっていた。

 が、俺は何よりもその場の勢いを一番重視する男。

 はっきりいって俺が守れるわけがない。


「ふっ。俺がその場の欲望に勝てるわけがない」


 紅茶を飲みながら言うと、キルディスが「ですよねー」と言いながら、ファティスの分の紅茶を注ぎ、カルナは「マスターなんだから当然」とバリバリお菓子を食べている。


「え、もう何なんですか。流石に一回殴ってもいいですか」


 弟が割とまじなテンションで聞いてくるので、俺はキルディスを盾にして、「暴力反対」と抗議する。キルディスはやれやれとため息をつくだけで、俺を庇うことなく変わらず紅茶をいれている。この世界にきてから執事歴が長いせいか、キルディスも貫禄がついたようだ。流石に大賢者と弟を怖がることはなくなった。

 キルディスやアレキナ達は俺が赤ちゃんの頃から、身分を偽って男爵家でメイドと執事として働いている。

 本人曰く流石に「ハイハイの頃からお二人の面倒を見ていたのに怖いわけないでしょう?」とのこと。昔はあんなに怖がっていたのに納得いかない。最近ではすっかり立場が逆だ。

 


「大体、忘れていませんよね。兄さん。僕たちが目指しているのは学園の成績上位生徒だけにあたえられる『永劫のダンジョン』の挑戦権です。『永劫のダンジョン』にあるコアを見つけて、この世界のデータを見るためにはダンジョンに入るしかありません。僕たちの年齢でダンジョンに挑むには学園の特待生枠しかない。それなのに権力者に喧嘩を売るなんて」

 弟がこめかみを抑えながら言う。

 そう、俺達がくそ面倒な学園生活を渋々受け入れた理由はそこにある。

 永劫のダンジョンは冒険者ならだれでも入れるというものではなく、王族管理で、貴族以外は挑戦権がないのである。

 もちろん貴族が雇った冒険者などはOKなのだが、基本挑戦することができるのはそれなりのダンジョン維持費を収めたりしている貴族が所有している。

 うちは……お世辞にも金持ちとはいいがたい領地なので、永劫のダンジョンに挑むにはこの学園を卒業して挑む権利を確保しなければいけない。

 そして学園の生徒は年に一度成績優秀者になるとダンジョンに挑む権利をもつので、俺達もてっとりばやく優秀者枠で挑もうという話になっているのだ。


 だがらそのダンジョンに参加するまでは絶対揉め事を起こさない事と念を押されたのだが……。


「初日そうそう揉め事を起こす俺凄い!!」


 ガッツポーズをとっていうと、ファティスが無言で大賢者時代の杖を持つ。

 こちらの世界でもカルナの迷宮を通じて、かつての世界の力がつかえるため、やつがマジ切れするとやばい。ガチでチート能力まできれいに前世の力を引き継いでいるのでその気になれば世界も滅ぼせる。


「無言はやめろ地味に怖い」


 俺が言うと、ファティスが「いや、一度本当にやきを入れておくべきでしょうか?」と、謎のオーラを放ちながら言い、カルナが「マスター、やきをいれても、めげない、やめない、へこたれない」と、どこぞの教育テレビのキャッチコピーのような謎突っ込みを入れてくる。


「ファティス様、甘いですよマスターはその場の感情優先です。今更どうしようもありません」


 キルディスまでフォローなんだかdisってるのかわからないフォローを入れた。


「お前らもう少し俺を庇え!」


「どうしようもない性癖なので諦めてあげてください」

「マスターやっても出来ない子。そこも含めて許容するおおらかな精神必要」


 キルディスとカルナが庇うふりをしてすかさず、disってくる。


「くそぉ、お前ら! ファティスが味方だからって最近図にのってるだろう」


 俺がクッキーを食べながら言うと、ファティスの後ろに隠れる二人。


「兄さんの日ごろの行いのせいです」


 と、腕を組んでため息をつくファティス。


「味方したのに理不尽」

「私もこんなに尽くしているのに」


 カルナが薄目で突っ込み、キルディスもハンカチで涙をぬぐう仕草をするがどう見ても涙はでていない。


「お前ら二人の場合、言い方!」


 俺の叫びが部屋中に響くのだった。

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