第34話 豪拳獣姫ジャルガ

 ざっざっざっ!!


 甲冑を着込んだ兵士たちの足音が響く。

 兵の数は2000。こちらが自前で用意した兵士達だ。


「まさか闇の紋章で死体をアンデット化ですか……」


 兵士達と同じくカンドリア騎士団の甲冑を着込んだシャルロッテが言う。


「ああ、さて、そろそろ獣人連中の視界に入るころだ。シャルロッテ、アキレア、作戦通りだ。豪拳獣姫ジャルガは俺が相手をする。ジャルガさえいなければお前らを止められる奴はいない」


「はっ」


 そう、このドベルのジャルガは対人するプレイヤーに大人気な英霊。


 秘儀は単体攻撃で大勢を相手にしなければいけない戦争においては、脅威ではない。戦場では広範囲のアレキアの秘儀の方が強いのだが、アレキアの秘儀は逆に言えば範囲が広すぎるうえ使い方がかなり限定される。まだ敵味方入り乱れてない状態でぶっぱなすしかできない。

 プレイヤー同士が互いに戦闘をはじめた混戦では味方さえ巻き込んでしまうため、広範囲秘儀をほとんどの場面で封じられてしまう。

 対するジャルガの秘儀は単体攻撃で、手持ちのスキルも相手のスキルや技を無効化など特殊なため、狩での使い方は高難易度ボスで活躍するくらいなのだが、対人では味方を巻き込まないうえに、スキルと魔法を妨害する技が多彩で、相手に魔法もスキルも使う隙を与えない。そのため強キャラ、エルフの大賢者や強いプレイヤーなどに粘着させて動きを封じるなど大活躍だった。


 素の戦闘技術が高く、接近戦では鬼だ。おそらくアレキア&シャルロッテとジャルガで対戦した場合、勝つのはジャルガだろう。

 

 いちいちジャルガを馬鹿正直に攻略していたら、めんどくさい。


「それじゃあ、作戦通りだ。頼んだぞ」


 俺の言葉に、二人はコクリと頷いた。


 


★★★


「よくきたのじゃ!!帝国の愚兵どもよ!!!」


 砦からカンドリアへ続く丘で両軍は対峙していた。

 待ち構えていたジャルガの軍と第八皇子率いる部隊がお互いにらみ合っている。


「大歓迎感謝するぜ。豪拳獣姫ジャルガ」


 第八皇子が部隊の先頭に立ち、ジャルガに答える。


「おぬしが最近ご活躍の第八皇子か。なんだ、まだ小童じゃないか」


 ジャルガ鼻で笑うと、第八皇子もにやりと笑う。


「ああ、年齢は小童かもしれないが、その小童に身長は負けているようだが?」


 ははんっと第八皇子がジャルガを上から下まで見て言う。


「なんじゃとー!?」


「姫、挑発に挑発されてすぐのるのはいけません」


 ジャルガの部下が、すかさず突っ込みに入る。


「まぁ、よい。小童、どうやらお主、手をだしてはいけぬものに手をだしたようじゃな」


 びしぃっと指さして言うジャルガ。


「ほぅ?」


 ジャルガの言葉に第八皇子は目を細める。


「気づかぬと思ったか。その甲冑の兵士達の中身。すでに魂の抜かれた状態のアンデット。カンドリア騎士団の死体を【闇の紋章】で操ってアンデット化したものじゃ」


「よくわかったな」


 第八皇子がにかっと、甲冑をはずし手の甲に刻まれた闇の紋章を見せる。


「わからんでか! 我らの鼻を甘く見るでない! アンデット臭くてたまらんわ!! カンドリア騎士団を殺したばかりではなく、死体まで利用し、彼らの死を侮辱した罪!!! 我が償わせてやろう!!!」


 ジャルガが両腕に付けた鉤爪を構えた。

 その姿に第八皇子はにんまりと笑う。


「ああ、望むところだ! さぁ、かかってこい!チビ!!!!」


「誰がチビじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ジャルガの叫びが戦いの開始の合図だった。



★★★



【闇の紋章】

 魔族が力を欲した人間に与えるもの。太古神に封じられた魔法闇魔法が使用可能になる。使えるのがそれなりの中流以上の魔族でなければ紋章を与えることができず、紋章を与えるという事は魔族と対等な契約ということで、人間を下にみている魔族がその紋章を与える事はめったになく、闇魔法の使い手は歴史上ごくわずかだ。


 そしてこの第八皇子はその珍しい闇の紋章を所持し、闇の魔法を使える。


 あの兵士達は闇魔法で操られたアンデット達。

 術者を倒すか、戦場から引き離せば、その力が及ばなくなり、あの騎士達はもとの屍と戻るはず。


 ――それゆえ、ジャルガは第八皇子を戦場から引き離す必要があった。


 連続した猛攻撃で、第八皇子に反撃の隙をあたえず、どんどん後退させていく。

 それも第八皇子のみをだ。

 ジャルガの魔法と技スキル妨害のスキルを展開した猛攻に、第八皇子は剣で応戦するだけで手一杯。

 皇子が剣で受け止めた鉤爪にそのまま剣ごと皇子の身体を持ち上げ投げ飛ばし、第八皇子を、かなり戦場から引き離した。


 第八皇子の実力はそこそこだが、だがジャルガの敵ではない。個人戦においてジャルガに敵う相手はいないだろう。アンデット部隊と引き離し、邪魔者がいなくなったのが確定してからなぶり殺す。


 はじめはそう思っていた。


 ――だが、この男。

 確実にジャルガの動きを予測して、行動している。

 かなり戦場から離れてジャルガが本気をだしてきたあたりから、まるでそれに呼応するかのように第八皇子もあきらかに動きがよくなったのだ。


 いままでは攻撃を防ぐだけで手一杯だったはずなのに、的確にその攻撃を受け流し、反撃まで加えてきている。


 ――まさか我の動きを見切ってきたというのか。

 ――それともいままで一方的に防戦していたのが演技だったということか?


「お主。ただものじゃないな」


 第八皇子に右蹴りをくらわしながら言うと、皇子は手の甲冑でそれをはじきながら笑う。


「当たり前だ。帝国の第八皇子様だぞ?」


「そういう意味ではなかろう! なぜ我の動きを見切っている!?」


 ジャルガが吠えながら鉤爪で攻撃すると、第八皇子はひらりと躱す。


「ははっ。もし見切っていたとしても、そんなことをわざわざ敵に教えると思うか? あんたは俺を戦場から引き離してさぞ満足だろう。……だがな」


 第八皇子が言った途端。


 どぉぉぉん!!どぉぉん!!どぉん!!!!



 本陣とアンデット部隊の戦っているはずの丘で爆発音が聞こえる。


「なっ!?」


「アンデットに仕込んでおいた爆弾さ。持ち主が死ぬと爆発する自爆石。あれはアンデットが機能停止しても死亡扱いで大爆発するんだ。アンデット兵たちにダンジョン産の「自爆石」を大量に仕込んである。さぁ、2000の兵の自爆にお前の御自慢の兵士達は耐えられるかな?」


 第八皇子が肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「まさか、お主これを狙っていたのかっ!?」


「もちろん、あんたなら被害を最小にするために、俺を引き離す選択をすると思っていた。だからわざわざ闇の紋章を披露してやったんじゃないか。策をろうしたつもりだったんだろうが、逆にその策を俺に利用されて残念だったな。おチビちゃん」


「きさまぁぁぁぁ!!!」


 ジャルガが吠えて第八皇子に鉤爪で襲い掛かった途端。


 ざしゅ!!!!


 ジャルガの身体が何かによって切れた。


「なっ!?」


 全身から血が噴き出し、ジャルガはその場に倒れる。


「な、何が……」


 何がおこったのかわからず第八皇子を見上げると、第八皇子や自分の周りには死人虫と呼ばれる昆虫が無数に沸いていた事に気づく。

 周りがアンデットばかりだったので気にもとめなかったが、アンデットと離れたいまもこんなに大量にいるのはおかしい。


「この虫……もしや」


「その通り、俺の召喚さ。俺とこいつらは運命の赤い糸で結ばれていてね。そこらじゅうに見えない糸が張り巡らされている。もうあんたに逃げ場はないぜ」


 第八皇子の笑いとともに、ジャルガは気づく。


 いつのまにか無数の視力では見えない魔力でしか感知できない糸で自分の周りが囲まれていることに。


「アンデット軍団は爆弾に利用するためと、この虫の召還を気づかれぬようにするためとはおそれいったわ。お主なかなかやるな」


 ジャルガがくくくと笑う。


「そりゃどうも。自らのスキル発動阻止スキルに溺れた結果だな。あんたのスキルは最強に見える抜け道がある。確かに発動自体は止める事が出来るが、あらかじめ発動待機させいていたスキルは止める事はできないんだよ。あんたの敗北は自らのスキル性能に溺れた結果だ。俺の方が何枚も上手だったな」


 そう言って第八皇子は剣をふりあげた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る