第8話 祝杯 

「それでははじめる」


 小さな円卓に囲むように立つ皇子達。それを玉座から座って見つめる皇帝。

 仰々しいほどの装飾の施された部屋で、皇族とその儀式に従事する神官だけ集められたこの祝杯の儀は厳選なる儀式だ。


「この度の第一皇女の蛮族討伐の働き、誠に見事であった」


 皇帝の言葉とともに各自に聖杯を模したグラスが渡される。

 各自そのグラスを受け取ると、一礼し清められた布で拭くと中央にあった円卓に自らの指定の場所にグラスを置いた。

 

 神官が厳かにグラスに酒を注ぎこみはじめた。この酒は厳重に管理されており、毒などいれる隙がない。


 皇帝から第一皇女への祝辞がおくられ皆の視線が皇帝に向く。

 そして皆が祝辞を聞いている間に、位の高い神官が粛々と酒を注ぎ、注ぎ終わると、静かに頭をさげ部屋を去っていく。


 皇帝の祝辞が終わると、各自、自らの位置においてあったグラスを再びもち、皇帝に向き直った。


「それでは、祝いの酒を『偉大なる戦光の神の祝福を』」


 皇帝の言葉とともに一人の皇女と七人の皇子が一斉にワイングラスに口をつけた。

 その様子に第三皇子が心の中で笑う。

 この儀式はまずワイングラスを各々に渡すのはグラスに毒が塗りつけられていないか確認の意味がある。そのため皆ワイングラスを拭いたり、鑑定したりといった行為をするため、あらかじめ毒を塗りつけるのは無理だ。

 そして酒は神官が厳重に保護しており酒に毒を入れることもできない。


 だが抜け道はある。そう、各自毒を拭きとるために用意した毒を無害化する布をすり替えて毒を塗布しておき、毒を塗り付ければいいのだ。


 第八皇子は後ろ盾がなく、その毒を拭くための布さえも支給品だ。

 その支給品の布の魔法効果を奪い毒を仕込んでやったのである。

 あとは第八皇子が毒を自らのグラスに塗り付けたワイングラスを円卓においた瞬間、誰の視線もないうちに、第五皇子のものと入れ替える。

 すり替える時に、超レアアイテム 時遅れの石 を使ったのである。

 王族ですら手に入れるのが難しいダンジョン産の伝説級のアイテム。第五皇子を殺すためならこれくらい造作もない。


 神官が去ったあと、戦光の神に皆で黙とうで祈りを捧げる瞬間。

 皆の視線が戦光の神像に向いている間に、石を使用し第八皇子と第五皇子の酒のグラスをいれかえた。


 これで、第五皇子は毒で死に、調査されれば第八皇子の魔力のついたグラスと第五皇子のグラスが入れ替えられた事が発覚し、第八皇子は裁かれるだろう。

 すり替える瞬間魔力止めの石を使ったので第三皇子の魔力が検知されることはない。第八皇子の部屋に部下を忍ばせて毒も置いてある。第八皇子は第五皇子殺しで極刑だ。


(俺に逆らった罰だ。憎たらしい第五皇子とともに地獄に堕ちろ)


 カラン。


 ワインを飲んでいた第五皇子が「う、あ、ああ」と急に苦しみだし、その場に泡を吐いて倒れた。即死性の毒なので、神官連中も間に合わない。さすがに神官でも死んだ者は生き返らせられない。


「大丈夫ですか!?」


 第一皇女が近寄ろうとするが


「近寄らないでください!!嘔吐物が傷口からはいれば死ぬおそれがあります!!」


 と、異常を察知して寄ってきた神官が叫んだ。


「帝国の叡智。今この場で、捜査することをお許しを」


 大神官が頭をたれると「うむ、まかせる」と皇帝が言い、皆その場に固まる。


「毒を探知する聖杯を変色させず、短時間で死ぬ毒は西部でしか手に入らない特殊な猛毒です。嘔吐物に近寄らないように、いますぐこの場から退避することをお勧めいたします」


 その言葉とともに、皇子達を守るように神官達が、皇子達を後方に下がらせる。


「よかろう。だが一つだけやっておかねばならない事がある」


 そう言って皇帝が魔法を唱え始めた。


 その様子に第三皇子はにやりと笑った。

 そう皇帝は第五皇子のグラスを鑑定するつもりなのだ。

 そして皇帝の鑑定には直近でそのものに触れた者の魔力を感知する能力がある。


 酒を飲み干した第五皇子と聖杯を運んだ神官そして、毒を塗ったものの名前が鑑定で浮かびあがるだろう。


 第三皇子はグラスを取り換える瞬間のみ魔力遮断の石をつかったので、入念に聖杯を拭いた第八皇子の名が表示されるはずだ。


(いい気味だ!レイゼル!

 俺に暴力をふるったその愚かしい罪、死をもって、償え!

 第五皇子に虐められていたお前が第五皇子を殺してもだれも疑問に思わない。地獄に堕ちろっっ!!!)


 第五皇子の死体を見て、おろおろしている第八皇子を見て、第三皇子は心の中でにんまり笑った、その瞬間。


 皇帝の鑑定の魔法でうっすらと浮かんだ名前は、第五皇子と神官。


 そして――第三皇子の名前だった。



 ★★★


「違うっ!!!俺じゃない!!違うんだぁぁぁぁぁぁ!!」


 涙と鼻水なりながら、神官達に連れていかれる第三皇子を見送りながら、俺は心の中でにんまりわらった。


 策士策に溺れるとはこのこと。


 あいつがやろうとしたことをそっくりそのまま俺がやり返してやった。

 第三皇子の布の方に毒を仕込み、あいつが入れ替えたグラスをそのまた後ですり替えてやったのである。ラスボスのスキル「スロー」があればこれくらい余裕。魔力遮断だって裏ボスなので余裕。


 俺をはめようなどと5000万年早い。

 俺の部屋に毒を隠しにきた暗殺者もキルディスにかえりうちにあい、死んでいるだろう。今頃第三皇子の関連する施設にキルディスが毒を隠してくれたはずだ。


 特殊な毒を入手したのも第三皇子の母、時遅れの石も毒も第三皇子の関連施設からみつかり、極めつけがいま皇帝の鑑定結果。


 この状況で「僕は犯人じゃありません!」は通じないだろう。

 こんなわかりやすい事をするはずがないなどの言い訳をしようとも、証拠が揃いすぎている。何よりこの帝国に置いて、皇帝の方針が「はめられるような無能は死ね」なので、たとえ他に犯人がいようとも、第三皇子は殺される。

 

 連れていかれる間、ふと第三皇子と、俺の視線が合う。


「きさまぁぁぁぁ!!一体何をしたぁぁぁぁぁ!!」


 俺に向かって叫ぶので、俺はため息をついて。


「僕に八つ当たりしても事実は変わりませんよ、兄さん。尊き命を奪った罪償ってください」


 と、弱弱しくかえしてやった。


「レイぜるぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 ずるずると連れていかれる第三皇子を見つめ、俺は心の中で満面の笑みを浮かべる。


 第三皇子も第五皇子も、これから先の未来。ゲームの設定ではかなり非道な事をしている。このゲーム、課金ガチャで引いた英霊たちの過去を見ることができるのだが、この二人の非道な行いの被害にあって死んだ英霊達もそれなりにいたのだ。


 俺の今いる帝国は、レイゼルが闇落ちする前から、皇帝と魔族が繋がっている。

 それ故、帝国はこれから先の未来ゲーム上では魔王を復活させるためにあらゆるところで戦争を起こし、人間を殺しその魂を魔王の復活のために注ぎこむのだ。


 そしてその手ごまとなって、悪逆非道の限りを尽くすのが、第五皇子と第三皇子なのである。生かしておいていいことなんて一つもない。


 俺は視線を皇帝にうつす、興味なさそうにため息をつき、神官と言葉を交わすそれ。こいつこそが人類が滅び魔王復活の元凶の一人であり、不老不死の薬欲しさに人類を魔族に売った愚帝。帝国皇帝ゲオルグ。


 世界を救うなんてたいそうな目的は俺には似合わないが、魔王が復活して世界がほぼ崩壊してもらっても俺が生きていく上で困る。面白おかしく生きていくためにはそれなりに平和じゃないと困るのだ。


 それに、単純にこの皇帝のやってることが気に入らない、絶対に地獄に堕とす。


 待ってろよ、皇帝。今はまだお前を滅ぼす時じゃない。


 だが最終的にこの帝国に巣くうクズは根こそぎ陥れ、葬り、魔王復活による世界崩壊そのものを防いでやる。


 この世界の狂った未来そのものを、俺が塗り替えてみせよう。


 皇帝も、魔族も、魔王も、英雄達も全て騙し、世界そのものを騙し通し歴史そのものを変えてみせる。


 誰のためでもない、俺の面白おかしく生きていくという野望のために。


 心に誓いながら、皇帝に怪しまれないようにと視線をすぐ第三皇子に戻すのだった。

 

 


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