第6話  食える時に喰え!

「ごめんなさい。許してください」


 憂さ晴らしに暴力をふるってやると、泣きながら謝るレイゼルの姿。

 それが第八皇子のはずだった。

 小さいころから優秀な第一皇女と比べられ、むかつくいた。だから反論もできずにペコペコ謝るだけの第八皇子を虐めに行った。第八皇子は母の身分も低く、皇帝である父もまったく関心がなく後ろ盾の貴族もいない。そのため虐げても誰一人文句を言ってこなかったのだ。


 それなのに――廊下で出会いがしらに会った第八皇子をいつものようにいたぶってやるはずだったのに、なぜか逆にぼこぼこにされたのは第三皇子だった。


 自室にもどった第三皇子は床においてあった置物を蹴とばした。


「レイゼルのやつ!!絶対許さん!!!」


 第三皇子の言葉に、護衛もうなずいた。


「こんな屈辱をうけたのははじめてです。絶対許しません」


「だがどうするんだ。悔しいが第八皇子の言う通りだ。第八皇子にやられたなどと言えば恥になる。公衆の面前で襲い掛かって逆に我々がやられた場合、恥どころの話ではない」


 別の護衛が、情けない顔でもう一人の護衛に言う。


「……だったら、別の方法で陥れてやればいい」


 第三皇子の言葉に護衛二人は第三皇子を見た。


「第五皇子に毒をもる計画があっただろう。その毒を盛る計画に第八皇子を組み込めばいい」


「で、ですが第五王子を殺すのはまだ先のはずですが」


「なに、母上の計画より、俺の計画の方が、第五皇子も第八皇子も同時に潰せるんだ。 成功さえしてしまえば母上も誉めてくれるさ」


「し、しかし……」


「じゃぁ何か?お前が第八皇子にやられたことを母上に伝えていいのか?伯爵家を背負って護衛騎士をやっているのに、ガキの第八皇子にやられたと言いふらして左遷してやろうか?」


 震えて抗議した護衛騎士を第三皇子が睨みつけた。


「も、申し訳ありません」


「大体レイゼルは前から気に入らなかったんだ」


 辺境伯の一人娘ラシューラ。美しく聡明で、彼女の婚約者になれば皇位継承者戦でかなり有利になると誰もが彼女に近寄ったが、彼女が気に入っているらしいのはレイゼルだったのだ。虐めてると必ず現れて彼を庇う。もし彼女とレイゼルが婚約してしまえば、大きく皇位継承戦の戦況が変わってしまう。


「俺を貶めた事ゆるすもんか!第五皇子を殺した罪をきせてぶっ殺してやる」


 第三皇子は机を思いっきり叩くのだった。



★★★


(流石、皇族の戦勝パーティーは煌びやかだな)


 俺が出された食事を食べながら心の中で思う。

 あれから一週間後。第一皇女の魔物討伐の凱旋とともに開かれた皇族主催のパーティーで俺はだされた食事をひたすらぱくついていた。

 後ろ盾のない第八皇子に媚を売ったところで仕方ないと、誰も俺のところによってこないのだ。


『こんな席でガツガツしないでください。他の皇子は毒を恐れて、手すら付けないのに』


 と、蜘蛛で通信状態のキルディスが突っ込んでくる。

 魔力の質も契約で俺と同質になっているので、俺にくっついてる間は神官にバレることもないだろう。


(いいじゃないか。食える時に喰え!と俺が言っていた!)


『いや、それってただの貴方の言葉ですよね?なんで他人が言ってた風にいうんですか!?一瞬なぜか納得しかけちゃったじゃないですか』


 ドン引きするキルディスを俺は無視する。立場が悪いせいか質素な食事しかでないのだ。うまそうなものは食える時に食う。それに限る。好みのデザートに手を伸ばしたところで嫌なものが視界にはいる。


「ずいぶん惨めだな。レイゼル」


 と、第三皇子がニタニタと話しかけてきた。


「その惨めなレイゼル様にぼこぼこにされた奴はもっと惨めだな!」


 うまそうなケーキを確保したところで俺がにこやかに笑う。

 今日はうまいものを食べられるから機嫌がいい。

 たとえ相手が馬鹿でも食事を邪魔されないため、上機嫌で礼儀正しく相手をしてやろう。


『え、これが礼儀正しいってやばくないですか』


 キルディスが心の中で突っ込んでくるが、とりあえず気にしない。


「き、きさまぁ……」


 わなわなと第三皇子が肩をふるわせ、護衛騎士が睨んでくるが、さすがに皇族主催のパーティーで殴りかかってくることはないだろう。殴り掛かってきたらで盛大にこけて大騒ぎし、問題を全力で大きくしてやるまで!

 もともといじめられっ子と名の通っているレイゼルが恥をかいたところでダメージはたかがしれている。あいつらの方がダメージがでかいはずだ。


『プライドを捨てた屑ってある意味無敵ですよね』


 キルディスが心の中で褒めてくる。こんなところで褒めても俺のケーキはやらないが。俺はわなわなしている第三皇子を無視してケーキを満喫していると


「ごきげんよう。金色の神に愛されしその身に祝福を」


 金髪のツインテールの令嬢が帝国風の挨拶で話しかけてきた。

 外見はいかにもツンデレ!といった感じだ。

 さすが元は男性プレイヤーの多いVRMMOの世界。中世貴族風令嬢でありながらツインテールという斬新な髪型は男受けのキャラ萌えを狙ったデザインなのだろうか。ツンデレにツインテールは確かにポイントが高い。

 そして何よりこのケーキは意外と美味しい。持って帰ろうか。


『みっともない事はやめてください。補足しておきますと、彼女はラシューラ・デル・カンドリア。帝国の双璧と呼ばれる西の領地を守る辺境伯の娘です』


 と、説明するキルディス。

 カンドリア辺境伯。それは俺も知っている。帝国の双璧と呼ばれ、正義感溢れる英雄の一人。ゲームではAランク相当の英霊でプレイヤーが召喚可能。生前人類狩りをはじめた帝国をとめようと、皇帝に進言し、それが故娘を人質にとられ、のちに魔族に無残に殺される悲劇の英霊。

 この娘は、ゲーム上の設定では将来魔族に父ともども殺される。

 それもかなり残酷なやり方で。


「これは美の女神アゼルに祝福されし麗しの乙女。ラシューラ。今日も美しい」


 急にイケメンモードになる第三皇子。やはりこちらも帝国風の挨拶でかえす。


『彼女の領地を味方につければ、王位継承争いで有利になります。また帝国の防衛の要であるため、皇子であっても彼女をむげに扱うことはできません』


 ナイスアシストな説明をしだすキルディス。


「帝国に祝福を、西に上る太陽に栄光を」


 俺も、それに倣って帝国風の挨拶を言い、ラシューラに挨拶をした。


「お二人でなんのお話を?」


 ツンデレ令嬢がにっこり微笑む。


「いえ、ただ挨拶を交わしただけです、なぁレイゼル」


 急になれなれしくなる第三皇子。

 なるほど、こいつラシューラに気があるのか。


「そうですか。お二人とも兄弟仲が良くて羨ましいですわ。それではごきげんよう」


 そう言って去っていくツンデレ。


 第三皇子も気がそがれたのか、そのまま俺を無視して去っていく。


(なんだったんだ、あれ?)


『おそらくあなたを守ったつもりなのでしょう』


(……あれがか?)


 ケーキを平らげて俺が聞く。


『虐められている皇子を助ける正義の味方。ほほえましいじゃないですか』


 そう言うキルディスの感情から憎悪に似たものを感じ、俺は心の中でため息をつく。


(心にもないこと言うなよ)


『私あの手のタイプが一番嫌いです。目の前の問題をその場限りで解決しただけで助けたつもりでいる……後にもっとひどい事になるのに』


 そう語るキルディスの言葉はおそらく実体験なのだろう。

 魔族と人間の間に生まれ、疎まれ虐げられてきたこいつの。


(ああ、そうだな)


 焼き菓子を食べながら、俺は答えた。

 よく見れば、あの公爵令嬢は今度はバルコニーに向かう。

 いびられてバルコニーに連れ込まれた令嬢を助けてるつもりだろう。

 キルディスがいじめを受けているのは借金で爵位がとりあげられそうな領地の令嬢だと説明してた。


 ふと、俺もあのラスティーヌに助けられたせいで、のちに陰湿ないじめを受けたレイゼルの記憶が流れ込んでくる。まるでレイゼルが何とかしろと言っているかのように。


「しかたねぇな……柄じゃねぇんだけど」


 俺はそう言いながらバルコニーの方に向かうのだった。

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