第6話

「白雪、白雪……!!」

「うん。何? そんなに慌てて……」

「白雪はその……、雨霧と付き合ってんの?」


 休み時間、クラスの女子が美波に聞いた。

 そしてちらっと樹の方を見る彼女が微笑む。


付き合ってないけど……? どうしてそんなことを聞く?」

「えっと……、暗いじゃん。それにクラスで浮いてるし……。雨霧はただのオタクだから……、振られた先輩たちが可哀想……」

「そう? 言いたいのはそれだけ……?」

「あっ、うん」

「じゃあ、小説の続きが気になるから目の前で消えてくれない?」

「…………ご、ごめん」


 ……


 放課後、俺は下駄箱の前で白雪さんを待っていた。

 今日はやりたいことがあるから絶対先に行っちゃダメってラ○ンが来たけど、もう三日連続なのに……またあれをするのか。でも、白雪さんがラ○ンを送るくらいならきっと何かあるはずだと思って……。文句を言えない俺は、一日くらい休みたいって気持ちを押し殺していた。


「あっ、待たせてごめんね」

「いいえ……」

「先生の話が長くて……、30分も待たせて本当にごめんね」

「いいえ……。白雪さんは謝らなくても……、俺…どうせ友達いないから……」

「でも、下駄箱の前でじっとするのを見るとワンちゃんみたいで可愛い」

「…………ワンちゃんですか」


 なんでワンちゃんだろう……。


「あの……、白雪さん」

「うん?」

「ずっと前から言いたかったことですけど……」

「うん。何?」

「学校で……、直接声をかけるのはやめてください……」


 すると、そばで歩いていた白雪さんがその場に止まる。

 いきなりこんなことを言われたら、さすがに白雪さんも怒るよな……。今までずっと一緒だったのに、今更他人のようなことを……。俺も実はこんなこと言いたくないけど、そうしないと白雪さんの株が下がるから……それは嫌だった。


「…………ううん。なんで、樹くんがそんなこと気にするの?」

「えっ……? でも、教室で……言われましたよね? 俺と一緒にいるのをけっこう見られたし。クラスメイトたちも、白雪さんが俺と一緒にいるのを嫌がるから。だから…………」

「今はいい! 行きたいところがあるから、文句あるならうちで言えよ」

「は、はい……」


 そう言ってから、白雪さんは俺を美容室に連れてきた。

 なんで美容室なのか聞きたかったけど、先から怒ってるような顔をしていて何も言えなかった。


「あっ! 美波ちゃん」

水原みずはらさん。あの、今お願いしてもいいですか……?」

「いいよ! こっち座って」


 白雪さん、髪切るんだ……。

 で、なんで二人ともこっちを見てるんだろう……?


「何してんの? 樹くん」

「えっ……? 俺のことですか?」

「同然でしょ? 私はあっちで本を読むから、終わったら声かけてね」

「えっ……?」


 そして俺を席に座らせる白雪さんが、後ろにいる水原さんとこそこそ何かを話していた。一応座ってって言われたから座ってるけど、俺は今からどうなるんだろう? ここは美容室だから、多分……俺の髪を切るのか……? やっとここまで伸ばしたのに……、もしかして白雪さんは俺の髪型が気に入らなかったのかな。


「ふーん。君、名前は?」

「雨霧樹です……」

「うん! じゃあ、雨霧くん。なんで前髪をこんなに伸ばしたの……?」

「えっと……、分かりません」


 人に言えるようなことじゃないから、適当に誤魔化した。

 すると、前髪を後ろに流す水原さんが微笑む。


「雨霧くん、イケメンだね……。髪の毛を切ったらきっと人気者になるはずだよ」

「は、はい……。でも、あんまり……なりたくないんで……。今のままがいいです」

「そう……? でも……、美波ちゃんにはカッコいい姿見せたくないの?」


 耳元でこそこそ話す水原さんに、俺はすぐ答えられなかった。

 俺みたいな人が……、白雪さんと……。

 ダメだと知っていた。


「えっ……、あの……。白雪さんはすごい人だから、多分……そんなことに興味ないかもしれません」

「男なら! もっと勇気を出しなさい!」


 いきなり声を上げる水原さんに背中を叩かれる。


「は、はい……」


 そして水原さんが髪の毛を切ってくれた。

 どんどん短くなっていく……、俺が時間をかけて伸ばした前髪が消えていく……。

 高校生になってから、静かに過ごすつもりだったのに……。そのための前髪だったのに……、守ってあげられなくて…ごめんね。


 床に落ちる髪の毛を見つめながら、俺はどんどん広がる視野に怯えていた。


「…………よっし! こうするのが一番カッコいい! 雨霧くんに似合うから」

「は、はい……。あの、ありがとうございます。お、お金はちゃんと払いますので」

「いいよ。美波ちゃんが払ったから、それは気にしなくてもいい」

「えっ……! それは……、えっ!」

「すぐシャンプーするからこっちきて、雨霧くん」

「は、はい……」


 ……


 なんか、頭が軽くなったような気がする。


「ど、どうですか? 白雪さん……」

「ふーん。よく似合うよ、樹くん」


 俺の頭を撫でる白雪さんが微笑む。

 てか、こんな髪型が本当に似合うのかな。

 やはり前の髪型が気に入らなかったんだ……。白雪さん……ベッドでやる時も、俺の前髪を後ろに流してたからな。他人に顔を見られたくなかったのに、こうなると隠すのもできない。それより明日から、この髪型で登校するんだ……。


 ちょっと目眩がする……。


「本当に別人みたいだね? 美波ちゃん」

「そうですね。いつもありがとうございます。水原さん」

「いやいや……。美波ちゃんの彼氏くんだから〜」

「ふふっ、そうですね」

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