紫陽花

文重

前編

 庭の青い紫陽花の一角が、今年はピンク色に変わっていた。


 「鏝(こて)絵」という耳慣れぬ言葉に惹かれてふらりと入った画廊で、鏝絵作家の夫と知り合った。奥様を亡くされたばかりと知ったせいか、同情が愛情に変わるのにさして時間はかからなかった。


 一回りも年上の相手との結婚を懸念する向きもあったけれど、天涯孤独の私は誰に気兼ねすることもなく、翌年の青葉が繁る頃には入籍を済ませ、夫のアトリエのある山中の一軒家での新婚生活が始まった。


 ピンクの紫陽花の根元には前妻の死体が埋まっている。――私はそんな考えに取り憑かれるようになった。前妻が亡くなった理由を明かさぬ夫。散策の途中で谷川に突き落とされそうになったり、空焚きのコンロでガス中毒になりかけたこと、疑惑を数え上げれば切りがない。思えば夫の過去について私は何も知らないのだった。


 夫が個展の打ち合わせで出かけた日、私は意を決してピンクの紫陽花の根元を掘り始めた。

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