第6話 導師シーマ・オーカの忠告

 ドレイクとヨードは食事を終えて店を出た。

 二人が通りに出ると、その先の広場に人が集まって群れていた。何か、演説のようなものを聴きに集まっているようだ。

 ドレイクとヨードは群衆の方へと向かった。


 群衆の中央では、麻の衣に身を包んだ僧侶らしき男が何か叫んでいた。

 ヨードが群衆の中の一人に尋ねる。


「あれは、なんだい」


「導師シーマ・オーカの説法さ」


「シーマ・オーカ?」


「人々を正しい方向に導いてくれる預言者様だよ。我らが導師様さ」


「導師様ねえ……」


 ヨードは髭を掻いて疑り深い目を向けたが、ドレイクは違った。彼は初めて触れる異国の文化に、少し興奮気味に耳を傾けた。


 シーマ・オーカは言っていた。


「魔物じゃ、魔物がやってくるぞ! 皆、早くこの町から逃げるのじゃ。恐ろしい魔物どもがやってくるぞ!」


 聴衆の一人が丸めた紙屑をシーマに投げつけた。


「いいかげんなことを言うんじゃねえよ! 今夜は特別な夜なんだぜ。俺たち商売人は稼ぎ時なんだ。それを台無しにするつもりかよ!」


「何を言うか。魔物は襲ってくるぞ。この町は囮じゃ。騙されておる。嘘にまみれておるぞ。まさに我が著書『偽りの街』のタイトルどおりじゃ」


「そんなこと、知るかよ。デタラメ言うんじゃねえ!」


「デタラメではない。信じるのじゃ。魔物どもが襲ってきたら、とにかく逃げよ。がむしゃらに逃げるのじゃ! これも我が著書『がむしゃらに』全二十八話のタイトルどおりじゃ」


「結局、自分の本の宣伝だろうが!」


「ちっがーう! 我が著書『豪華客船から脱出せよ』ではないが、この町から脱出せよ! じゃ。よりも緊急じゃぞ! ワシはこの辺の言葉にはうるさいのじゃ。逃げよ! そして、王都まで走れ。堀の上の橋を渡るのじゃ! 我が著書『見える橋を目指して』のとおり、走れ!」


「もうやめてくれ、せっかくの儲け時だというのに」


「何を言っておる。おぬしたちは誇りをもって仕事に取り組んでいるのではないのか! 儲け、儲けと、はしたない! 矜持はないのか! 我が著『あなたの矜持』を読めい! 名作であるぞ!」


「そうだ、そうだ。シーマ様の説法を邪魔する奴は引っ込んでろ」


「商売がしたいのなら、『ソーシャル・ディスタンス』を読んでからにしろお!」


 群衆は文句を言った商人に石を投げ始めた。その商人は頭を覆いながら逃げていった。


 様子を見ていたドレイクが言う。


「小説というものは、それほどに力があるのか……」


 ヨードが周囲を見回しながら言う。


「いや、この導師の書く本が面白いってことでしょう。みんな手に持っている。要するに人気作家さんですな」


「なるほど……」


「あっしは本なんて読みませんから、全くに気にはなりませんがね。ドレイク様は勉強家だから、気になりますわな」


「いや、私は『月の夜、雨の朝』を愛読しているだけだ」


「ああ、騎士道院での必読書になっているというあれですね」


「うむ。名著だ。剣の道について、実に美しく記されている。あれこそが文学だ」


「その作家さん、騎士道院の教科書用にその本を只で配っているんでしょ。もったいないなあ。巷で売ればいいのに。これだけ読書好きな国民なら、翻訳されて、こっちのアウドムラ王国内でも売れたでしょうにね」


「そこが尊いところなのだが、そもそも彼の作者の御名はこちらの言葉では表記しづらいから無理だろう。私も、どう発音したらいいか分からない」


「マリ……違った。ラゥナアイリ……なんでしたっけ」


「rnaribose。それに、あの本は剣術指南書としても騎士道院で使われている。敵国に軍事情報を漏らす訳にはいくまい」


「でも、日乃本国の剣士の話なんですよね、本当は」


「そうだ。私は美しい恋愛物語だと解釈している。新選組といういにしえの部隊の凄腕剣士・藤堂平助の恋物語なのだ」


「そうなんですか。学がある御人の言う事は理解できませんねえ」


「それより、気付いているか」


「ええ。さっきから俺たちをつけている連中ですね。後方の三人」


「うむ。そこの通りに入って、撒くとしよう」


「分かりやした」


 ドレイクとヨードは群衆をかき分けて小走りで進むと、暗い小道へと入っていった。その後を体格のよい三人の男が追いかけていった。


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