第7話 新月学園「授業風景」

……ま、まずい。

先生が何を言っているのか、さっぱり分からん。



転校初日。

新月学園で受ける初めての授業。

俺は、いきなりのピンチに直面していた。


とにかく、授業の内容が理解できない。

入学式から2週間ほどしかたっていない時期なので、学校による授業進度の差が原因なのではないと思う。

ただ単純に、俺の前の学校とはレベルが違うんだ。


「む、むむむ……」

今日転校したばかりだというのに、完璧に揃っている教科書類(なぜか参考書までセットでプレゼントされた。凄い厚遇だ)だが、とりあえず俺にわかるのは、これが数学の教科書であるということくらいだ。


先生も、そんな俺の様子に気づいているのか、さっきから、こちらをちらちらと見ている。

大丈夫ですよ、先生。ちょっと気にかけてもらったくらいで、どうにかなるような問題ではなさそうッス。


「ん?」

と、待てよ。

あの、いかにも学者肌、って感じの先生、俺とゆうよりも、さっきから麗華さんの方を見てるんじゃないか?


「あ、ああ。あの、麗華君……」

学者肌数学教師が、麗華さんに呼びかける。

「ん。なに?」

「き、君が授業に出ているなんて珍しいな。気になることでもあるのかい?」

まるで腫れ物に触るかのような雰囲気の学者肌教師。なんだ、これ?

「ん。悠斗君のそばにいないといけないから出てる」

しーんと静まりかえる教室(もともと誰も騒いではいないけど)。

というか、麗華さん、普段は授業出てないのか?

「そ、そうか。そうだな。ええと、あれだ。せっかくだから、私の授業で気になったことがあったら、ドシドシ指摘してくれないか? 君の意見は参考になるからね」

「? え。指摘していいの?」

心底、意外、という顔の麗華さん。

「……いや、やっぱり、やめてくれ。君のレベルに合わされると、他のみんながついてこれん」

難解な命題に挑む学者のように嘆く学者肌先生。


って、あれですか?

この、俺にとっては、同じ国の言語で話されているということくらいしかわからない、この授業が、麗華さんには、出る必要もないくらいレベルの低い授業だと?


呆けたように隣の麗華さんの顔を見る俺。

それをどう誤解したのか、

「ん? 悠斗君、今の先生の解法は、別に間違いじゃないよ? 確かに、あんまり綺麗な解法じゃないけど。悠斗君が気になるなら、指摘する」

「いやいやいやいや。しなくていいです」

『綺麗な解法』と来た。

な、なるほど、だいたい分かってきたぞ。

この人、自分と周りのレベル差にもの凄く無頓着なんだな。

他のクラスメート達は、すでに俺がこの授業についていけてないのを肌で感じているというのに。

未だに俺が、数学のままならない人だということを理解できていらっしゃらない。



……胃が痛くなってきました。



◇◆◇◆◇◆◇



「ぽめらにゃぁー……」


別に復活の呪文ではない。

脳のオーバーヒート音である。

数学はおろか、午前中の全科目において1パーセントも理解できなかった脳が発する、悲しみの交響曲だ。


「だいぶ、まいってるみたいだな……」

「ん?」

同情するような声に顔をあげると、そこには今朝見た、弱ナンパ男風味イケメン。

「三村?」

「難しいだろ、ここの授業?」

「そらもう、魂を抜かれそうなほどに……。って、それより、なんでおまえがここにいる?」

と、俺が聞くと、三村は一瞬キョトンとしたが、

「何言ってんだよ。クラスメイトだ。ついでに、おまえの前の席だ」

「いつからだ?」

少なくとも朝のホームルームの時にはいなかったような気がするが。

「あの石垣があった家に、事務員さんと一緒に謝りに行ってたんだよ。この席、空席になってたろ?」

「……」

覚えてない。

基本的に、麗華さんのことと、呪文のような教師の言葉しか覚えてない。


「ま、同情はするけどな」

「なんの話だ?」

授業がさっぱりわからないくらいで、同情されるいわれはないやい。

「この学校、確かにBMP能力者は特別扱いされてるけどな。クラス分け自体は、単純に学力で分けるんだよ」

「?」

「上の方の連中と下の方の連中の偏差値の差が凄いからな。クラスごとに授業内容が別なんだよ。で、BMP過程のときだけ、BMP能力者が特別教室に集まって授業を受ける、と」

「と、いうことは……」

つまり、あれだ。

このクラス、麗華さんと三村と(あと、ひょっとしたら俺プラス若干名)以外は、特にBMP能力者というわけではなくて、単に高学力生徒クラスってわけか?


そして、信じがたいことだが、

「お前、ひょっとして、勉強できるのか?」

「ま、このクラスじゃ底辺だけどなー」

「弱ナンパ風味なのに?」

「弱ナンパ?」

「ナンパ属性が弱めという意味だ。俺命名」

「おまえ、結構、無茶苦茶言うよな……」

怒るでもなく若干傷ついたように見える三村。

ひょっとして気にしてたのか。悪いことをしたかもしれない。


「けど、おまえは特別だ。学力関係なしで、どうしても、剣の近くに置いときたかったんだろ。だから、『同情する』って言ったんだ」

「よし、分かった。同情されてやる」

そういうことなら、同情されることもやぶさかではない。

「で、その剣はどうした?」

「へ?」

言われてみると、確かにいない。

まあ、昼休みだし、飯でも食いに行ったんだろう。

というか、俺も行かねば。


そんなことを思っていると、ちょうど麗華さんが帰って来た。


「おかえり」

「ん。ただいま」

言うなり、抱えていた物体を俺の机の上に下ろす。

明太子パンが六個。

「? これは?」

「悠斗君はまだ知らないかもしれないけど、BMP能力は意外とカロリーを使う」

俺の机に手をつき、瞳を覗き込むようにして話しかけてくる麗華さん。

うん。確かに美人だ。間違いない。

「だから、私も悠斗君もこのくらいの量は必要」

言うと、俺の机に置いていた明太子パンのうち三つを取り、自分の席に着いた。

「……栄養のバランスは?」

「……栄養のバランス?」

おお、麗華さんに疑問符を使わせたぞ。

あの頭の良さそうな教師陣に勝った!


……空しいよな、やっぱり。


「いや、タンパク質とかビタミンとか……」

ミネラルとか。

俺も良くは知らないけど。

「……その視点はなかった」

明太子パンをじっと見つめる超絶美少女。

「悠斗君は、奥が深い」

妙に感慨深そうに言って、明太子パンを、はむはむし始める。


……んー。深いかなぁ?

三村は、『深くない深くない』って手と首を振ってるけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る