最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら⑧~幼馴染~

「遅かったな、兄弟」


 ヒナを抱き上げ門をくぐれば、アインスの声が聞こえた。日は沈みかけ、天井の吹き飛んだ部屋には温かなオレンジ色の光が差し込んでいた。


 修理費は、まぁこいつで。


「……これでも無遅刻無欠席なんだけどな」


 そんな冗談を呟けば、涙目の二人が目に入る。


「ただいま……ミカエル、アリエス」

「それ、ちゃんと僕達の両親にも言ってくださいね?」

「全く、ユウ殿には父の酒量を減らす手伝いをしてもらわねばな」


 置いてかれた文句を浴びせられて、思わず苦笑いを浮かべてしまうが。


「おかえりなさい、ユウさん」

「おかえり、ユウ殿」


 いつか聞きそびれた言葉を、あの二人に代わって返してくれた。


 それから申し訳なさそうにアインスの後ろに控える、お姫様にも一言だな。


「ユーミリア」

「はい」

「いつかちゃんとヒナに謝ってくれよ? こいつ根に持つと怖いからさ」


 目的があったにせよ、彼女はヒナにひどい事を言ってしまったんだ。その許しを与えられる唯一の相手は……俺の腕の中にいるから。


「承知しました、ユウ様」


 深々と頭を下げれば、気を失っていたヒナが眠そうな声を漏らした。


「ん……」

「ヒナ、目が覚めたか?」


 だがすぐに顔を真っ青にした。自分が何をしたのか気付いたのだろう。


「あの、私」

「大丈夫……誰も死んじゃいないさ。ほら見ろよ」


 だけど大丈夫、まだ引き返せる場所にいるから。辺りを見回せば兵士達が傷を負いながらも笑顔で手を振ってくれた。


 剣と魔法しか取り柄が無いと言ったが……住人の頑丈さも追加だな。


「でも」

「その指輪、遊園地でミカエルとアリエスに使っただろ? それがあるから大丈夫だってさ」


 まだ自分の中に残る力が不安そうな彼女に一応の説明をする。大丈夫大丈夫、あーまぁ、多分大丈夫だって。


「おい、保証してないぞ」

「じゃあ壊れた時の事も考えてくれよ、王様だろ?」


 ため息混じりに頭を掻くアインス。今はその場しのぎかも、きっと終わらせてくれる。そっちの心配は……必要ないだろう。


「でも私、魔王だった時の記憶が」

「無理に思い出さなくていいし、辛いなら言わなくたって良いぞ。人に言わなきゃ前世なんて無いのと一緒で」


 俺だけがかけられる言葉を彼女に伝える。結局前世の記憶なんてものは自己申告で、力なんて振るわなければいいだけの話だ。


 それに彼女はそんな事をするはずがない。


「ここにいるのは……綾崎ヒナだからな」


 ヒナに笑いかければ、いつもの笑みが返って来た。十六年間ずっと俺の隣に居てくれた、大好きなその笑顔が。


「しかしまぁ、ユウさんやりますね。左手の薬指とは……意味わかってるんですか?」


 と、ミカエルが笑いながらそんな事を言い出した。彼女に指輪を嵌めたのが、心臓に一番近い左手の薬指だったから。


「えっ!? あっ、本当だ……」


 ヒナは自分の左手に嵌められたそれを見るなり、耳まで赤く染め上げた。


「ああ、それが?」


 ――全く、ヒナも今更何を驚いてるんだか。


「それがって、その子は幼馴染なんだよな」

「ああ、だから?」


 ちなみに指輪の意味は、奇しくも異世界と変わらなかった。異世界と言ったところで、案外同じような事を考えた人がどこかにいたのかもな。


「だからって、その何というかだな……」


 ため息を漏らす異世界人達。ここでふと、いつか先輩が言っていた言葉を思い出す。


「そういや先輩が言ってたな……同じ言葉でも想像してる意味は別物かもしれないって」


 指輪が誤解されていないなら、意味が伝わってないのはもう一つの単語。


「いいかよく聞け異世界人ども、日本語で『幼馴染』っていうのはだな」


 俺がヒナにもよく言っている、『幼馴染』の方なのだから。




「――将来の結婚相手って意味だ」




 ったく、常識だろこんな事。親から何教わって来たんだよこいつらは。


「えっ」


 驚く異世界の連中。


「ええっ!?」


 とヒナ。えっ?


「何でヒナが驚くんだよ」


 いやわかるだろそれぐらい。


「あのさユウ、それって……誰から教わったの?」

「父さんと母さん」


 うちの両親がアニメを見ながらよく言っていた、幼馴染は結婚するものだと。だから幼馴染が負けるこのアニメは教育上良くないから見なくてもいいと。ユウはちゃんとヒナちゃんと結婚するもんなと、ヒナちゃん以外と結婚したら二度と家の敷居は跨がせないからなと。だいたい隣に住んでて晩御飯も一緒に食べるような相手以外に結婚相手が存在する訳ないだろうと。


 いや、流石に疑問に思った事はある。これだけ人権という概念が発達した世界で、そんな簡単に結婚相手という人生のパートナーが選ばれるのかと不思議に思ったことがある。なのでその時は。


「あと灯里さん」


 小四ぐらいだったろうか、ヒナの母親である灯里さんに『幼馴染って結婚するのが当たり前なんだよね』と聞いた事がある。答えは『流石ユウは……わかっているわね』だった。


 えっ、あれ嘘なの?


「うちのお母さんまで……」

「えっ、違うの……?」


 いや待て違わないっておかしいってそうだよ俺はとりあえずヒナと同じ大学に行ってそこでやりたい事見つけてどこかに就職して二十五ぐらいで結婚して三十ぐらいまでには二人ぐらい子供が産まれて金が貯まったらローン組んで都内じゃなくても構わないから一軒家買ってああくそでも山手線近い方が便利だよなそれから子供が大きくなったら庭で大型犬飼ってあと車はちょっと狭くても五人で乗れる速い奴が良くて俺たちの両親と出かける時は七人乗りのミニバンをレンタカーで借りて夏休みは祖父母の田舎に行ったり飛行機で母さんの国に遊びに行っても良いなとか思ってたんだけど? え、違うの本当に? 幼馴染ってそういう物じゃなかったの?


「見ろよユーミリア、あの情けない男の顔を」

「お父様っ!」

「いやぁ、言葉って大事ですね……」

「そうだな、私達も気をつけなければ……」


 事情も知らないくせにごちゃごちゃ喚く異世界人達を他所に、ヒナが俺の手から逃れる。


「なぁヒナ、それで意味は」


 自分でも情けないとしか思えない声が漏れる。だけどヒナはそんな事はお構いなしに、どんどんと先を進んでいくから。


「おっ」


 OKか、オーケーって言ってくれるのか。




「……教えてあげないっ!」




 耳を赤くした彼女の後ろを、必死になって追いかけていく。争いの時は過ぎ去り、君と同じ日々を歩けたらなんて思っていたけれど。




 どうやら俺の、勇者でもイレヴンでもない『皆川ユウ』の戦いは。




 これからが本番らしい。

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