最終話 陽のあたる場所で君と小鳥の鳴き声を聞けたなら②~トイレ行ってきます~

 さて、この一週間に渡る調査の成果だが。


「まず勇者と魔王が転生した日は……お前が産まれた日で間違いないだろうな」

「根拠は? この間までただの予測だっただろ」

「転生魔術だ」


 そんな物があったのか。


「秘密裏に調べさせたところ、どうも昔にそういう物があったらしくてな。ずーっと魔物が使う転移魔法みたいな物だと思わられていたが……そんなもんがあったんだな」


 まぁ転生魔術と言われてピンと来るのはどちらかというと現代人の方だろう。はいはい生まれ変わるやつね、なんて思えるのはそういう概念を受け入れている人種だけなのだから。 


「で、その魔法ってのはタイムラグがないと」

「ああ、産まれた直後の赤子に自分の魂を定着させる魔術って事らしい」

「魂ねぇ」


 しかし魔術の内容はまた随分とオカルトの領域だなと苦笑いしてしまう。現代人は魂を科学的に証明していなくせに、魂の概念を理解できるというのも不思議な感覚だ。


「だから魔王の卵って奴も……お前も同じ日にこの世界に来たんだろうな」

「で、その俺が産まれた日に何が起きたか調べてると」


 なのでここ一週間程、アインス達は俺の生年月日に起きた事を重点的に調べている。調べているのだが、ここで一つ大きな問題があるのだ。いやまぁ、誰も悪くないんだけどさ。


「ああ」

「結果は?」

「それがだな……」


 まぁオチは知っているのだが。


「エイプリルフールってなんだよ!」


 俺の誕生日は奇しくも四月一日……日本だけじゃない、世界中のメディアがこぞってトンチキなニュースを発表する記念日なのだ。地球滅亡からUFO襲来までよりどりみどりの食べ放題。まぁ普通の現代人ならそれが嘘かどうかなんて一目見ればわかるのだが。


「なんだこの風習は、この日だけは嘘つき放題とかどういう風習なんだよコラァッ! 宇宙人に地底人とか言われたら無知なこっちは信じそうになるんだよ!」


 残念な事にまだこの世界になれてはいない異世界人には、それが嘘か真か判断出来ないのだ。しかもこいつらはこいつらで『異世界から来た魔王を探している』とかエイプリルフールにお似合いの調査をしているのだから、似たようなニュースを見るとついこれのことかと疑ってしまう。


 というわけで目下の俺の役目は、俺の産まれた日のニュースが嘘か本当か判断するというしょうもないものであった。


「ご愁傷さま」


 これ俺がやらなくても良くないかとは思っているが、真面目に都内をかけずりまわって魔力反応がないか調査している人もいるのでサボる訳にもいかないが。


「ユウ、お茶飲む? 高級なやつみたいだけど」

「ああ、ありがとなヒナ」


 と、ここでヒナがカップに入った紅茶を下の皿ごと持ってきてくれた。お茶も彼女が来てくれるのも、なかなか丁度いいタイミングだな。


「そうだアインス、ちゃんと紹介して無かったな……幼馴染のヒナだ」

「ど、どうも綾崎ヒナです」


 王様だと知っているせいか、はたまた見た目がマフィアにしか見えないせいなのか、ヒナは緊張で肩を縮ませながらぎこちなく頭を下げた。


「アインス=エル=グランテリオスだ。王様をやっているが、まぁこいつの『お兄さん』だと思ってくれると助かる」


 おじさんがよく言うぜ。


「それよりも、ヒナちゃん」


 と、そこでアインスの表情が真面目な物に一転する。


「うちの娘が貴方に無礼を働いたと聞いている……心からの謝罪を」


 そして頭を深々と下げた。


 その瞬間、大広間にいた人の手と口が止まり一瞬で静寂が作り出された。グランテリオス王が謝罪を、それも一人の少女にするというのは異例中の異例なのだから。アインスは親切心で頭を下げたのだろうが……大事にならないと嬉しいんだけどな。


「あっ、いえ私は別に」

「受けないとこいつが恥かくぞ……俺はそれでもいいけどな」


 いつもの奥ゆかしさで遠慮しそうになるヒナに、小さく耳打ちをした。ヒナがユーミリアにされた事は裏があったにせよ、許される事ではないかも知れない。だから謝罪を受け入れないという選択肢はもちろんあるのだが、まぁ出来れば受け入れてくれると波風が立たなくて安心するのも事実だ。


「つ、謹んでお受けいたします……?」

「ありがとうヒナさん。貴方の優しさに感謝を」


 作法に戸惑うヒナに、ガイアスは右手を差し伸べる。恐る恐るヒナがそれを握り返せば、大広間は安堵のため息で満たされた。


「俺と扱い違いすぎないか?」

「ったりめーだろ、鏡みろ鏡」


 さて、ヒナの紹介も終わったし退屈な仕事に戻りますかね。


「それでこの辺りのニュースなんだが……」

「私戻るね、異世界の事はちょっとわかんないしさ」


 と、近くに積んであった新聞を広げるアインスにヒナが遠慮して離れようとした。ただこの仕事は現代人なら誰でも出来る仕事ではあるし、何より。


「いや居てくれ。実は俺達が産まれた年の四月一日のニュースを調べててさ」

「四月一日?」


 その日はヒナにとっても無関係ではないのだから。


「ああ……俺『達』の誕生日だろ?」


 何を隠そう俺とヒナは誕生日も一緒なのだ。まぁ家が隣なのは父親同士が大学時代の友人という縁なのだが、流石に子供の誕生日まで一緒になるとは思ってもいなかったと父さんはよく笑っていた。そう言えば昔に灯里さんが予定日よりかなり早かったとか言ってたっけな。


「そうだけどさ、四月一日ってろくなニュースないんじゃない?」

「だから困ってるの」


 流石話が早くて助かるな。


「へぇ、何か変わった事とか覚えてないかい?」

「覚えてる訳ないだろ、こちとら赤ちゃんだったんだぞ」


 しかし俺とヒナの誕生日に変わったことがあったかと聞かれてもな。大きな天災もなければ、芸能人が世間を騒がせたわけでもない。いたって普通のなんでもない日……それが改めて調べた上での感想だ。


「勇者様! こちらの資料についてなんですけど」


 と、ここでユーミリアがタブレットを持って俺とヒナの間に割り込んできた。見かねたアインスはため息をつき、叱ろうと口を尖らせる。


「ユーミリア、お前なぁ」

「何か言いたそうですねお父様。自分だけ楽になって私に全部押し付けようとしていた人が」


 黙るアインス。よっわ。激弱じゃん。まぁ仮にアインスの予定通りならユーミリアはここのまとめ役をさせられていたと考えると、恨み言の一つぐらいは出てきて当然かも知れないが。それにしてもよっわ。クソ雑魚オヤジじゃん。


「……ユウを強くするのは必要不可欠だった。その判断そのものは間違っているとは思っていない」


 一応王の威厳というものがあるのか、持ち直したアインスがそれらしい事を言う。確かにまた魔王と戦う羽目になるなら、俺が強いに越した事はなかったけどさ。


「けどその後の事は伝えていなかいのでしょう?」

「お前、それは」


 と、クソ雑魚オヤジはその一言で言葉を失う。


「なんだよその後って」

「実は私、お父様亡き後に勇者様に嫁入りする予定だったんです」


 なるほど勇者に嫁入りね。


「……嫁!?」


 ――全く聞いてないんだが?


「ええ、やはり勇者様にグランテリオスの民をお守りいただくには強力な血縁関係を結ぶのが一番の手段ですから。私もお父様から勇者様の事は聞かされていたので、そういうつもりだった……いいえ、勇者様がお望みであればすぐにでも」


 徐々に近寄ってくるユーミリアの肩を掴み、力付くで引き離す。


「おいアインス、説明」


 まぁ異世界人の考えそうな事だってのはわかるけどさ。


「ユーミリアが言った通りだ、政略結婚だよ政略結婚。こいつは俺の子供の中でも突出して魔力量が高くてな。お前との子が生まれれば、次代の勇者にもなりうると思ったんだよ」


 保険をかけておきたかった、という事だろう。その判断は王様としては正しいかも知れないけどさぁ。


「だからって叔父と姪だろ」

「じゃなかっただろ、生物学的には」


 ……先手を打たれていたって訳か。


「ユリウスみたいな事しやがって」

「言うな兄弟、それはオレが一番良くわかってる……だから殺されたかったんだろうな」


 わかってるならやめればいいのに、ご苦労な事だな全く。


「あら私は全然嫌じゃありませんよ? 先程も申し上げましたが、お望みであればすぐにそちらのお部屋にでも」


 ユーミリアは俺に腕を絡め、その胸を押し付けてきた。これだから異世界人は倫理観がそぐわなくて困る。


 こんな対応をしていればヒナに怒られるんじゃないかと思って、つい彼女に目線を移す。からかわれたり怒鳴られたりするのかなと思えば、そこには俯く彼女の姿があるだけだった。


「あ、その、私帰るね……邪魔者みたいだしさ」


 想像していない言葉を残して、ヒナは逃げるように部屋を後にした。遠慮がちに扉が閉められれば、部屋の空気がしんと静まり返った。

 

 馬鹿か俺は。彼女が気に病んでいた事ぐらい気づいていたじゃないか。


「あーあーあー、やっちゃったなこれは」


 ただ一人空気を読まないアインスが、俺の肩に手を回す。誰の娘のせいだと思ってんだよ、こいつはよぉ。


「んもう、お父様はどっちの味方なんですか?」

「いやでもオレ死ななかったしなぁ」


 なんてやり取りを繰り広げる二人を無視して、そのままドアノブに手をかける。深呼吸一つすれば、背中からはアインスのニヤニヤという擬音が聞こえてきそうだったので。


「……トイレ行ってきます!」


 最高に格好いいセリフを残して、ヒナの後を追いかけた。

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