第七話 名前⑤~勇者の証明~

「いやー悪いユーミリア。すまん、ごめん、とっくにバレてたわ」


 俺達が部屋に戻るや否や、ツヴァイは愛娘に向かって情けなく頭を下げた。娘の誕生日会に遅れちゃいましたみたいな、どこにでもいるような面しやがって。


「お父様!」


 駆け寄るユーミリアが駆け寄ると、ツヴァイの体を抱きしめた。そんな様子を見て兎に角目を丸くしている連中が二人……ミカエルとアリエスだ。自分達の王様と姫様がこんな人間だなんて知らされていなかったのだろう。いや身内なら教えてやれよ。


「だから言ったではありませんか……勇者様に継承される役目は、私の方が相応しいと」


 やっぱりそういう事ですかっと。


「可愛い娘を生贄にする親がいるかよ」


 ツヴァイは娘の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、良い笑顔でそんな事を言った。いやぁ仲良し家族で良かったですね。


 ――じゃないんだよなぁ。こいつらのせいで俺散々な目に遭ったんだよなぁ。なんか邪魔してやりたいな……よし。


「ユリウス=エル=グランテリオスならしてたぞ」


 その名前を聞いて露骨に顔をしかめるツヴァイ。


「……いやまぁそうだけど」


 というかその名前で思い出したけどさ。


「お前さ、ユリウスも殺っただろ? 何が病に臥せただよあんな都合よく病気になる訳ないだろ」


 勇者の認定という大一番の舞台に、あの男はやって来なかった。並の病なら無理を押してでも顔を出すものだが、そう出来なかっただけの事情があったのだろう――もう死んでいるか、もうすぐ死ぬかの二択だが。


「いやっ、いやーだって酒に目がないから毒盛ったらすぐだったしー、前からムカついてたしぃー」


 まぁ俺もあいつをどうにかしてやろうと思っていたから手間は省けて良かったけどさ。


「あ、ていうか酒! もったいねぇなこっちの酒めちゃくちゃ美味いのに台無しにしやがってよぉ……おいミカエルとアリエス、お前らも拾え!」


 酒で思い出したのか、俺がユーミリアを吹き飛ばしたせいでぐちゃぐちゃになってしまった備え付けのバーカウンターへと走り出すツヴァイ。そのまま地面に膝を付き割れた酒瓶をかき集め、何とか飲める物は無いかと探すその光景は。


「は、はぁ」

「ご、ご命令とあらば」


 家来二人の忠誠心を揺さぶるには、十分すぎる程の醜態だった。


「あーあーあーやってくれちゃって……後で飲もうと思ったのによぉ」

「何だよ後で飲むって、死ぬ気じゃなかったのか?」


 俺がわざとらしく笑って聞けば、ツヴァイはしばらく考え込んでしまった。それからポンと手を合わせ、思い出したように間抜けな声を上げる。


「ああ、本当だ……オレ、お前に殺されるだなんて思ってもいなかったんだわ」


 まぁ、その通りだけどさ。


「勇者様」


 と、一人だけ酒瓶集めに不参加のユーミリアが俺の足元に跪いた。


「この度の我らが謀り……心よりの謝罪を申し上げます。いえ、我々が頭を下げて済む問題ではありません……それでも勇者様にはお願いしたい事があったのです」


 なるほど、それが『面倒事』ね。


「全部説明してくれるんだろうな」

「ええ、お話致します。なぜ我々は貴方様の不興を買ってまで継承されようとしたのか、なぜ我々はこの世界にいるのかを」


 と、ユーミリアの視線が扉の外へと向いた。そこには心配そうに部屋を覗き込んでいるヒナと西園寺先輩の顔があった。


「そこのお二人も、ご興味がおありのようですし」


 その言葉に観念したのか、腰を低くしたヒナと尊大な態度の先輩がやって来た。


「こんばんわー……」

「ま、聞いてあげなくもない事もないわ」


 いやまぁ、なんていうかさ。


「先輩はもう帰って良いんじゃないか?」







「はーなーしーなーさーい!」

「ダメですよ先輩、都の条例で未成年は十一時以降は出歩いちゃいけないんですから! 私が後輩として責任を持って送り届けますから!」


 ヒナに抱き上げられながらも、先輩は必死に抵抗する。もちろん『はよ帰れ』という命令に抗うためだ。はよ帰れ。


「じゃあアレはどうなのよ!」

「まぁ通算したら未成年じゃないって事で」


 俺をアレ呼ばわりする先輩に詭弁で返す。ただ一応の納得はしてくれたのか、先輩はそれ以上無駄口を叩く事は無かった。


「ヒナ」


 部屋を後にしようとするヒナを呼び止め頭を下げる。


「悪い、先に帰らせてさ……ヒナも巻き込んだってのに」

「わたしは? わーたーしーはー」


 そう言うとヒナは首を横に振った。ちなみに先輩はそれ以上無駄口を叩く事は無かった。


「ううん、気にしないで。ちゃんと教えてくれるんだよね? ……今日みたいにさ」

「ああ、必ずな」

「わたしー、わーたーしーもー」


 なお先輩はそれ以上無駄口を叩く事は無かった模様。


「……でも、あんまり危ない事したらダメだよ?」

「気をつけるよ」


 ヒナの言葉に自信のない笑顔で頷く。ツヴァイの言う面倒事が荒事でなければいいんだけどな。


「わーたー」

「うるさいお荷物は荷台に乗せますよ、ミノリ先輩」


 ヒナに連れられて外に待っているタクシーへと向かう先輩……あえて言おう、先輩はそれ以上無駄口を叩く事は無かったと。


 さて、残された俺達はと。

 

「ミカエル、アリエス……悪い、ここの掃除を頼むわ」


 ツヴァイは二人に頭を下げながら、そんな事を命令するが。


「誰も中に入れるなよ?」


 事の重大さを理解したのか、静かに自分の胸を叩いた。


 という訳でスイートルームの別室に、俺、ツヴァイ、ユーミリアの三人が移動する。ツヴァイは席に着くなり酒を一口煽った。


「さて兄弟、お前はどこまで知ってるんだ? どうせガイアスがねじ込んだ二人から聞いてんだろ」

「とりあえず魔王の死体が無かったってのは聞いたな。こっちの世界にあいつが来てるかも知れないんだろ?」


 俺が知っている話を答えれば、二人は大きなため息をついた。


「かも知れない、だと良かったのですが……」

「いたのか?」


 いたんだろうな、その様子だと。


「見つかってはいないけどな、この世界にいるってのは証明出来たんだよ」


 煮え切らない回答をくれるガイアス。


「どうやってそんなの証明したんだよ」


 聞き返せば、親子二人が一斉に俺を指さした。


「俺?」

「ええ、『勇者』様が証明しました」


 そういう頓知はいらないんだけどな。


「順を追ってお話しましょうか」

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