第七話 兄弟②~『異世界の連中が攻めてきたけどわたしの黒魔術が最強すぎて相手になりません~何って……縦縞のハンカチを横縞にしただけだが?~』~

「ねぇ」


 ホテルの入口付近にあった、業務用としか言いようのない青い台車の上にハレンチ先輩を乗せ、その上から魔法をかける。


「『強固』、『障壁』」


 台車が壊れないよう『強固』を、先輩が死なないように相手の攻撃を弾く『障壁』を。これで台車は壊れないし、先輩も死なないだろう。


「ねぇ息子くん、これ本当に大丈夫なのよね」

「ヒナ、これでミカエルの位置がわかるから道案内頼むな」

「任せて」


 先輩の言葉を無視して、ヒナにスマホを手渡した。後はミカエルの位置を示す場所に向かって一直線……じゃなくて。


「『障壁』、『障壁』……それから『障壁』っと」


 ヒナに『障壁』を三度重ねがけする。よしっこれで傷一つ付かないな。


「ちょっと、綾崎の方がバリアの枚数多いじゃないの!」

「大丈夫ですよ、勇者の『障壁』破れる奴なんて滅多にいませんから」


 魔法の効果は魔力量に依存する事が多いため、勇者謹製の障壁を一枚破るというのは非常に難しい。ミカエルとアリエスが同時に全力を出したら……うん、大丈夫あいつら味方だから。


「じゃあなんで綾崎には三枚も重ねたのよ!」

「いやだなぁ先輩、何事も万が一ってあるじゃないですか」


 ほら敵にどんな奴いるかよくわかってないし。 


「さーて行きますよ、一世一代のマジックショーです」

「黒魔術だって言っ」


 うるさい先輩を無視して、俺は台車を押して進む。それからヒナに目配せすれば、あのBGMが鳴り響く。


 さぁ、ショウタイムだ。






「な、なんだ」


 真正面からホテルに突入すれば、早速警備の人間が俺達に気付いた。


「なんだあれは!」


 台車に載せられた先輩を指差し、驚きを隠そうともしない兵士達……そう、この中にいる連中はどう見ても異世界から来た奴らばかりだった。服装はお揃いの黒いスーツを着ていたが、そのカラフルな髪色はあまりにも目立ちすぎる。それに侵入者を見つけて腰の剣を探すのは……少なくとも日本人ではないだろう。


「ヒナ、どっちだ!」

「右だよ!」

「よし、行くぞおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ヒナの指示通り大広間を右に曲がれば、各々の武器を持った異世界の連中が待ち構えた。


「くっ、どうしてこの場所が……我が命に従い敵を穿て、『火槍』!」


 魔法使いの一人がミノリ先輩に向けて炎の槍を放った。台車の上でうずくまる先輩だが、そんなものは。


「ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 あれ先輩火と悲鳴のひいをかけた高度なギャグですか、なんて冗談が思いつくぐらいには、いとも簡単に障壁によって魔法が弾かれた。


「あれっ」

「くそっ、障壁か……向こうにも手練がいるようだな」

「大丈夫だって言ったでしょう?」


 更に他の魔法使い達も先輩に向かって魔法を放つ。だが勇者の障壁を破れるような使い手がこんな所にいるはずもなく、為す術もなく弾かれた。


「……ドヤァ」


 先輩がしたり顔で笑う。いや先輩が何をしたって訳じゃないんですけどね。


「な、笑って……」


 その笑顔に怯える異世界人……いやうん、その台車の上の置物が凄い訳じゃないですからね。


「さぁ喰らいなさい異世界人……これがわたしの黒魔術」


 置物先輩はショルダーバッグの中を漁り、何やら道具を取り出して耳に手を当てると。


「『耳がでっかくなっちゃった』よぉ!」


 うわぁ。


「うわあああああああああああっ!」


 お次は右手の親指を握り込み、左手は親指で隠してパーにして。


「親指が……ふんっ! はっ! はぁーーーーーーーーーーーーーっ元通り!」

「ば、化物だああああああああっ!」


 確かにこの状況でその宴会芸をやる気概は化物だよ。


「この部屋から反応が」

「よし来た!」


 右奥の行き止まりの先にある大きな扉を指差しヒナが叫んだので、そのままドアに先輩を台車ごと突き飛ばした。


 そこで待っていたのは――。


「あれ?」


 そこは宴会場のような大広間だった。だがこんな状況で宴会なぞしている筈もなく、兵士達の詰め所として使われており。


「あーGPSって高さわからないもんな、上の階じゃないか?」

「あそっか」


 そう、GPSが分かるのは位置情報だけで……高さの情報は存在しない。じゃ、ここではなかったという事で。


「お邪魔しました」


 さーて上の階に向かいますか。


「敵襲だああああああああああああああああああああああっ!」


 はい、見逃せてくれませんでしたね。大量の魔法を飛ばしてきましたね


「先輩、黒魔術でやっちゃって下さい!」

「こ、こういう時こそ息子くんの出番じゃないの!?」

「俺がやるとこの部屋血の海になるんですよ!」


 先輩の言う通り、確かに俺がここにいる連中を片付ける事が出来る。出来るのだが……そのやり方がな。


「し、仕方ないわね」


 何とか乗せられてくれた先輩が、鞄からミカンを取り出す……何でミカン持ってんだ? と思ったのも束の間で、それを親指に挿しては異世界の兵士達に見せびらかせた。


「み、みかんが空中浮遊!」


 はぁ。


「あ、物を浮かせる魔法はあるんで別のでお願いします」


 それは誰も驚かないですね、似たようなのあるんで。


「そんなこと言ったってそんなに道具持ち歩いてないわよ!」


 そう言いながらも先輩は必死に自分の鞄の中を漁ってくれた。何が入ってるのかガチャガチャと漁るたびに、四方八方から攻撃が飛んでくる。そんな中で先輩が、鞄の奥底から掴み取った物は。


「あっ、ハンカチ」


 ――しましまのハンカチだった。


 いや、やるのかそれを。日本の伝説的な手品を、この障壁が無ければ即死を免れない死地にてやるというのか。


「た、縦じまのハンカチが」


 先輩がハンカチを高く掲げれば、異世界人は攻撃の手を止め固唾を呑んで縦縞のハンカチを見守る。そのハンカチは先輩の右手の中に吸い込まれ、取り出せばあら不思議。


「横じまになりました……」


 はい。種も仕掛けもないですね。


「うわああああ黒魔術だあああああああああああああああああっ!」


 尻餅をついて驚く異世界人……それでいいのかお前らは。


「――ドヤァ」


 渾身の笑顔を浮かべる先輩……それでいいのか黒魔術研究部。


「ヒナ、この隙に上に行くぞ!」


 アホのアホによるアホのためのショーはともかくとして、この産まれた隙を逃す訳にはいかない。急いで台車を後ろに引いて、そのまま勢いよく扉を閉じた。


「先輩はどうするの、置いてくの!?」

「……こうするんだよっ!」


 俺は台車を持ち上げて、両手を伸ばして高く掲げた。


「いたっ! ……ふふっ」


 勢い余って先輩が天井に頭をぶつけてしまったのだが、天井に頭をぶるけるという経験が初めてだったのか嬉しそうな笑い声を上げた。


「さぁ異世界人共……わたしの黒魔術にひれ伏しなさい」


 そのまま階段を駆け登れば、すぐに兵士達がやって来る。だが放たれる攻撃の数々は障壁に阻まれるから。


「見なさい、わたしのサクセスストーリー」


 きっと満面のドヤ顔をしているだろう、嬉しそうな声を上げる先輩。サクセスも何も手品ぐらいしかしてませんよねあなたは。


「『異世界の連中が攻めてきたけどわたしの黒魔術が最強すぎて相手になりません~何って……縦縞のハンカチを横縞にしただけだが?~』の始まりよぉ!」


 いつかのWEB小説のタイトルみたいな事を声高らかに先輩が叫ぶ。


 まぁ、先輩が楽しそうで何よりです……はい。

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