第五話 長い一日③~手紙~

 よう親友、生きてるか? なんてあいつらしい軽口で綴られた手紙は、所々インクが滲んでいた。それがあの男が零した涙のせいだと気づくのに、時間は必要なかった。


 もし俺が、勇者が生きているなら……それはこれ以上にない喜びだと。だがそれは魔王の生存も示唆するのだから、素直に喜んではいけないのだと。


 だからこそあの時自分がついていくべきだったと。使命を終えた親友が、どこかで平和で暮らす事を喜べない自分が何よりも憎らしいと。


 手紙を読んだアリエスは、必死に涙を堪えていた。いつかのセリフの答え合わせが、ようやく終わったのだから。


「はい、説明してください」


 と、ここでヒナが挙手をして発言する。確かに書かれている内容の整理は必要だ。


 なぜ俺は、勇者は処刑されるのか――その答えもまた書かれていたのだから。


「いいかヒナ、まずあの世界で勇者と魔王は相打ちになった。だからアルスフェリアには二人の死体が残ってなければならないんだが……それが綺麗さっぱり消えていた、と」

「なるほどね」

「で、死体の代わりに地球へと通じる門があった」


 ここまではミカエルの話の補足だ。死体の代わりに門があったので、異世界人がどう考えたかと言えば。


「だからあの世界の連中はこう判断した。勇者も魔王もこっちの世界に転移したと」


 あの二人は別の世界へと渡った。ここまではいい、誰だってそう考える。


「それって何が悪いの? 二人がこっちに来ても何も起きてないんだから、もう異世界の人は気にしなくていいんじゃないの?」


 と、ここでヒナが素直な疑問を口にする。別の世界に渡りました、めでたしめでたし――なんて言えるのは、現代人の感覚なのだろう。


「ヒナさん、魔王という存在の恐ろしさを僕も直接知っている訳ではありませんが……あの厄災が残した爪痕は、今も世界中に残っています」

「魔王がまだ生きているかもしれない……それを聞いて黙っているなどあり得ない」


 ミカエルとアリエスは重々しく首を横に振った。


「そんなに恐ろしいんだ、魔王って」

「ああ、強かったよ本当に」


 最強の生物という肩書があいつには相応しいだろう。配下などいなくとも現代兵器と渡り合える……そういう生物なのだから。


「話が逸れたな。で、グランテリオス王国は門を研究して魔王を今度こそ倒すために異世界……つまり日本にやって来た。ここまではいいな?」


 まず初めに、勇者と魔王の死体が無いと気づいた。次に門を発見したから、その先に二人がいると信じた。だから門を安定させて、魔王の討伐に日本に来た。


 つまり異世界人の真の目的は魔王の完全討伐、という訳だ。勇者の処刑はいわば『オマケ』だ。


「うん、筋は通ってるね」

「ところがここで、王国の意見は二つに割れた」


 手近にあった茶菓子のクッキーを取り、格好をつけて二つに割って見せる。真っ二つとはいかず、大きさの異なるものに分かれてしまったが、これはこれで正解なので良いだろう。


「一つは魔王がまだいるのだから、なんとしても勇者の協力を仰いで倒そうという連中……ま、ガイアスだな」


 小さいクッキーの欠片を指し、説明を続けた。勢力としては弱小も良いところで、味方なんて殆いない。


「なるほど、私達のニホン行きにはそういう裏があったのか。一言ぐらいあっても良かった気はするが……」

「全くだ、子供には言っておけってのな。おかげで無駄な苦労をさせられたっての」


 アリエスの言葉に頷く。手紙には『オレ達の子供をそっちに送った。必要なら手駒として使ってくれ』と書かれていた。いや俺じゃなくて子供に言えっての、子育て下手クソか。


「で、もう一つの意見って何?」

「王家の連中の考えだな。魔王がまだいるのなら、王家で倒してしまおうと」


 ヒナの疑問に大きなクッキーの欠片を指して答える。それこそが勇者を処刑するだなんてふざけた話の出どころなのだから。


「なんで? 勇者に倒させた方が楽で確実なんじゃないの?」

「そりゃあ名誉と権力のためだろうな。勇者が倒しそこねた魔王を王家が倒したとなれば、その権力は最早絶対だ。国内だけじゃない、大陸中に敵はいなくなる」


 あの勇者が出来なかった偉業を陛下が成し遂げたぞ! とでもなれば異世界の国々はグランテリオス王国の前に跪くだろう。武力で脅すまでもない、勝手に傘下に加わる筈だ。


「はい質問です、ユウ先生」

「どうぞヒナくん」


 と、ヒナが改めて挙手をするので指名してやる。


「魔王を倒すなんて気軽に言うけど、王家の人ってそんな強いの? お城でふんぞり返ってるイメージしかないんだけど」


 まぁRPGとかやってるとそうだよな。


「強いぞ」

「どれぐらい?」

「勇者と同じくらいかもな」

「またまたぁ」


 にやけた顔で笑うヒナにミカエルが真剣な眼差しを向ける。


「いえ、本当です……陛下も姫様も、魔力量は勇者と同じ五十万というのは公表されています」

「魔力量って戦闘力的なやつ?」

「まぁだいたい合ってるよ」


 しかしあの姫様もそれぐらいだとは知らなかったな。あのクソ王子はともかくどうして姫が強いのかは――今は考えないでおこうか。


「向こうは一人、こっちは二人……王家には魔王を倒す算段があったんでしょう。だから姫様は勇者を処刑したかったんですね、自分達の計画に邪魔だから」


 つまり勇者という存在は、王家にとって『目の上のたんこぶ』だったという訳だ。


「へぇー、そういう事情だったんだ。ありがとうございますユウ先生、おかげで納得しました」

「……ガイアスの手紙の通りだとな」


 これがガイアスの手紙に書かてている全てだった。つまりあいつは俺に、王家よりも早く魔王を倒して欲しいという訳だ。もう一度俺が魔王を倒したなら、今度こそ勇者の偉業は伝説へと変わるのだから。


「なんか含みのある言い方だね」

「ま、思うとこぐらいはあるさ」


 肩を竦めてヒナの言葉をはぐらかす。


 この話は当事者ではないヒナが聞いてもすんなりと納得できるぐらい筋が通っている。理論的だと言えるのかもしれない。


 だが一つ抜けている要素がある――アインス=エル=グランテリオスというクソ野郎の『性格』だ。


 あいつがするか? こんな『まともな事』を……いや、今は黙っておこう。他の三人を混乱させるだけだからな。


「それなら最初から王家の人が魔王を倒しに行けばよかったのにね」

「まぁな」

「なるほど、私も完全に理解できたね」


 その場にいる全員が大きく頷く。王家の目的が何にせよ、次にやるべき事は決まっているのだから。


「じゃあ次は、みんなで魔王討伐になるのかな?」

「結局それかよってな」


 頭を掻いてため息をつく。散々人のことをかき乱しておいて、残ったのは勇者が魔王を倒すだなんて手垢のついた『定番』だ。


 もうゲーム大会とかでよくね?


「で、その魔王さんって何処にいるの? 本当に転移してきたのかな、それともユウみたいに転生したとか」

「それはだな、ヒナ」


 気が進まない理由は山ほどあるが、目下の最大の障害は。


「……誰にもわかってないそうだ!」


 肝心の魔王の居場所を、誰も知らない事であった。


 あーもう、本当めんどくせぇーーーーーーーーーーーーーーっ。

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