第三話 黒魔術研究部へようこそ!②~二点~

 さて、ミカエルがああなったのは良いとして、姉のアリエスについてだが。


「貴様、どういう事か説明してもらおうか」


 三時間目の数学の時間に、彼女は教科担当の気弱なおじさん先生に鼻先まで詰め寄っていた。


「あ、あの、これはその」

「このアリエス=クライオニールに説明しろと言っている!」


 怯えるおじさん先生をよそに、アリエスが拳で黒板を叩く。ドンッという重低音はクラス中に緊張感を走らせるには十分だった。


「グランテリオス王国騎士団長ガイアス=クライオニール公爵が長子、このアリエス=クライオニールが」


 そしてアリエスは、返却されたばかりの昨日の小テストをおじさん先生の顔面に押し付ける。


「小テストで……二点だとぉ!?」


 ちなみに五十点満点だった模様。平均点は三十八点、中学までの復習も兼ねた簡単な問題だ。俺? 俺はまぁ、二十七点だったけども。


「おいミカエル、あいつを止めなくて」

「んっ、ダメだよ今は授業中だよ……」


 後ろを振り向いて救援を乞うが、唯一のブレーキはカノジョに夢中だ。よしっ、ミカエルはもうダメだな。


 教室中に『だれかあの二点を止めてくれないかなぁ』という空気が漂う。漂うが、誰も割って入ろうとはしない。まぁ高校一年生の標準的な対応だよな。


 仕方ない、ここは俺が。


「あ、あのっ!」


 と決意した途端、隣の席のヒナが立ち上がる。


「貴様は、昨日の」

「そ、その……中学までの範囲が不安な人も多いと思うので、小テストの解説をすれば復習にもなるし、アリエスさんも何がどう不正解だったのか納得するんじゃないかって」


 ヒナが垂らした蜘蛛の糸を、おじさん先生はたじろぎながらも握りしめる。


「そ、そうですね……そうしましょうか。クライオニールさんもそれで良いですね」


 アリエスは完全に納得した訳ではないだろうが、それでも自席への短い帰路へと着いてくれた。ヒナは言えば胸を撫で下ろしながらも席に着いたが、誰かが褒めてくれる訳でもないので。


「ありがとな、ヒナ」


 少しだけ身を寄せて、彼女に小声で礼を言った。


「もう、何でユウがお礼を言うのよ」


 何での言い訳を探せば、机の上には返却されたばかりの小テストがあった。輝かしい二十七点を見るなり、ヒナはそれを鼻で笑って。


「そういう事にしてあげる」


 全く、これだから幼馴染には頭が上がらないのである。


 ……ちなみに説明が理解できなかったのか、アリエスは昼まで寝てた。







 放課後、教室に残りクラスの男子達と四方山話で盛り上がっていると不意にに肩を叩かれた。


「ユウさん、ちょっと良いですか?」

「どうした?」


 振り返れば恥ずかしそう頬を掻くミカエルの姿があった。


「実はその……ユウさんのお父上に謝罪をさせて頂きたくて。昨日は失礼な態度をとってしまいましたから」

「それぐらい気にしないさ、あの人は」


 何かあったんだなと悟った同級生達はじゃあな皆川と軽い挨拶をしてその場を後にする。日本人の空気の読み具合に改めて感心してしまう。


 で、異世界人の方はと。


「あ、それもあるのですが……やはりきちんとご挨拶をさせて頂こうかと」


 こっちもこっちで身分制度が残っているだけあって、真面目な事に変わりはなかった。


「律ぎ」

「娘さんを僕に下さいって……!」


 じゃねぇ。ていうかうちの娘じゃないし。なんなら父さんの元カノだから。何、居間で正座で向かい合って『幸せにしろよ、カノジョの事を……』とかやるの? それを俺見てるのかよ、一人で?


 駄目だ、無理だ、耐えられない……という訳で。


「よし、ヒナも誘おう」


 道連れを連れて来よう。


「ヒナさんですか? そういえば姿が見えないですが」


 基本的に一緒に登下校をする俺達だったが、かといってそういう約束を交わしている訳ではない。だから彼女の所在がわからない事ぐらいよくある事なので。


『今どこ?』


 ポケットからスマホを取り出し、さっさと聞く事にした。


『部活、別棟の二階』

『黒魔術?』


 そう聞き返せば、名前の知らないマスコットキャラとYESの三文字が書かれたスタンプが返って来た。本当に入部したのかあの怪しい部活に。


「本当に入ったのかよ」

「本当に便利ですよねスマホでしたっけ? 僕も契約できたら良いのに」


 スマホを覗き込むミカエルが物珍しそうに呟いた。


「持ってないのか?」

「ニホン国の方からは似たようなものを貸していただいているのですが……」


 そう言ってミカエルはポケットから折り畳み式の黒い携帯電話を取り出した。いわゆるガラケーという奴である。


「電話とメールだけならそれで十分だもんな」


 流石にプライベートでそれを使う人は殆どいないが、安価で電池持ちも良く最低限の事しか出来ない、という特徴から業務用として生き残っている。


「けど充電長持ちするから楽だろ?」

「そうなんですか? 毎日充電するよう言われているので、どうも比較対象が……」


 ま、異世界人にバッテリーがどうとか言われても困るよな。


「ああけどスマホなら、古いスマホが余ってたな……Wifiしか使えないけど欲しいなら」


 前のスマホを何かに使えるかと思って下取りに出してないんだよな。結構使ってないけど。


「本当ですか!? 流石ユウさんは頼りになるなぁ」


 頼りになる――アルスフェリアの人間にそう言われるのは本当に久しぶりだ。だけどあの時のような陰鬱さはもう無い……俺も変わったんだろう。


「じゃ、噂の黒魔術研究部に行くとしますか」

「黒魔術ですって……?」


 あ、『魔術』は禁句でしたね異世界では。

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