第一話 異世界からの来訪者④~勇しゃんんんんんんんん~

 今日程ここが東京で良かったと思わなかった日はないだろう。この猫の額ほどの土地に数千万人が暮らすイカれた都市は、人を隠すには絶好の場所なのだから。


 逃げる、逃げる、逃げる。ヒナの手を引いてただひたすら走っていく。横断歩道をいくつも超えて、それからビルとビルの隙間について。


「ユウ、離して……」


 とにかく人目を避けるのが精一杯だったが、引っ張られていたヒナから悲痛な声が漏れていた。俺は慌てて手を離し、肩で息をする彼女と向かい合った。


「ねぇ、今の」


 それからヒナは、その大きな瞳を見開いて――。


「今の力は何!? 魔法か何か使ったの!?」


 ほら余計な事聞いてくる。


「いやぁ、流石にトラックが目前に迫った時はいやーついにこの時が来たかって思ったけどさ、まさかここでユウがやってくれるとはね……やっぱりユウって昔から凄かった」

「ヒナ!」


 能天気に語る彼女の両肩を思わず鷲掴みにしていた。今はそんなフィクションの話よりも大事な話があったから。


「お前、死ぬところだったんだぞ」


 人は死ぬ。剣も魔法が無くたって、人間の命は簡単に消えてしまう。それはこの平和な世界だって例外じゃないんだ。


「……だよね」


 ヒナの肩は小さく震えて、目には涙を浮かべていた。力なく倒れそうとした彼女の体を、俺はそのまま抱き寄せた。


「怪我はないよな、心臓止まるかと思ったぞ……」

「うん、大丈夫」


 それから彼女は涙を拭うと、ゆっくりと顔を上げ。


「助けてくれて……ありがと」

「気にするなよ、俺とヒナの仲だろ?」


 無理矢理笑う彼女がいたから、俺も無理にでも笑顔を浮かべる。


 気がつけば、彼女の顔が目の前にあった。幼い頃の面影を残しながらも、同年代のタレントやアイドルに負けないって思えるぐらいの美少女がそこにいて。


 成長したんだなと実感する。もう十六歳、こっちではただの高校生だから、異世界じゃ大人だって言える年齢だ。だから少しぐらい、彼女との関係を進めたって――。


「……いや気にするよ!」


 耳を真っ赤にした彼女にどつかれて、今度は俺が尻餅をついてしまう。よしっ、有耶無耶に出来たなかったな。



「いやぁ、何の話かな……」

「とぼけないでよ、今の絶対普通の人間の仕業じゃないでしょ!」


 尻を掻きながら立ち上がれば、当然の一言を叫ばれてしまう。


「それともさ、私にも話せないような秘密なのかな」


 それから目を伏せ、そんな言葉をかけてきたから。


 ――手のひらを見つめれば、まだ魔力の残滓が残っていた。こんな平和な場所には似合わない力が、まだ俺の中にある。


 疑問はある。どうして今になってこの力が使えたのかと不思議に思わない訳じゃない。


 それでもこれが、彼女を助けるための物だと思えたから。


「ごめんヒナ、ずっと黙ってた事があるんだ」


 そっと彼女の手を握り直せば、そのまま両の手で俺の手を握りしめた。


「……続けて」


 覚悟が出来たのか、俺の目を真っ直ぐと見据える。


「笑わないかな」

「笑わないよ、ユウの事だもん」


 その真剣な眼差しを、いつかどこかで見たような気がした。きっとそいつは、あのクソみたいな剣と魔法の世界の中で、唯一の俺の理解者で――。


 信じられるって、思ったんだ。


「あのさ」


 ――スマホから着信音が鳴り響く。名前、父。何この致命的なまでのタイミングの悪さは。


「父さん、俺今ヒナに大事な話を」

『ユウ! おま、お前どこにいる……いやいい、いいからテレビ見ろ!』


 すぐに切ろうと思っていたが、電話口からは興奮しきった父の声が響いていた。高額ホビーの予約戦争に勝った時だってこんな声上げないぞこの人。


『凄い、凄いぞユウ……今日は人類の歴史が変わる日だ! ハッピーバースデー、デビ』

「誕生日は四月一日だっての……」


 この間ヒナと一緒に祝ったばっかりだろうなんて思いながら電話を切って、辺りにテレビがないか見回す。まぁこんな路地裏にテレビなんてあるわけない……いやあったわ、ここからなら大きな交差点の街頭ビジョンが見えるわ。


 頭を描きながら、父の言葉通り画面を見つめていると……よくあるスマホゲームの広告が中断されて、重々しい雰囲気のニュースが映し出された。


『緊急速報です。兼ねてより日本政府が秘密裏に行っておりました異世界アルスフェリアとの転送実験が成功し、グランテリオス王国との国交が樹立されました』


 ――アルスフェリアにグランテリオス王国。


 その単語だけで魔法が使えた理由を解明させるには十分過ぎた。


 だってそこは、俺がかつていた世界と国で。


『つきましてはグランテリオス王国の第一王女である、ユーミリア=エル=グランテリオス姫殿下より日本の皆様へとメッセージが届いております』


 映像が切り替わる。そこに映し出されたのは……太陽を透かした桜の花びらのようなピンク色の長髪に、透き通った白い肌をした華奢な『お姫様』で。


 面識はない。だがその顔立ちと家名を合わせれば、たった一人の人物を思い出させるには十分だった。


 あの『クソ王子様』だ。


「ねぇユウ、その、異世界って言ってたけど……ユウの秘密と関係あるの?」


 街頭ビジョンと俺を見比べながら、ヒナがおそるおそる尋ねて来た。


『地球の……いいえ日本の皆様初めまして、ユーミリア=エル=グランテリオスと申します。突然の異世界よりの来訪……皆様はさぞ驚かれている事でしょう』


 流暢な日本語が聴こえてくる。あの王族な事だ、金に物を言わせて大陸中の遺跡から言語理解の秘伝書でも買い集めたのだろう。


「参ったな」


 そんな邪推が出来るのはきっと……この世界で、地球で俺だけなのだから。


『ですが、我々には果たさねばならない使命があるのです。そう、今より十六年前……魔王を倒した勇者が、こちらの世界へと渡ったのですから』


 そんな事まで知られていたのか。どうやら勇者の使命って奴は死んだ後でも俺を縛りつけているらしい。


「ヒナ、今までありがとうな……この十六年間、お前がいてくれて良かったよ」


 本当に楽しい人生だった。剣の代わりにビニール傘を振り回して、魔法の代わりに電車に乗って。飢えた日は一度もなくて、雨風に晒されるのは天気予報を見忘れた時だけで。


 たとえ世界のどこかで誰かが殺し合っていたとしても――俺の周りにあったのは本当に平和な日々だけだった。


『我々の目的はただ一つ。かつて我々の世界を救った伝説の勇者を探し出し』


 だけど休憩はもう終わりだ。


「実は俺さ」


 だって俺に許されるのは、英雄と持て囃され、明日も知らぬ人の未来を守るべく、王道を往く事だけなのだから。


 その名は。




『憎き勇者を……処刑します!』




 ――勇しゃんんんんんんんん?


 えっと、聞き間違いかな。


『処刑です!』


 はい。


『処刑です!』


 うん。


『処刑します!』


 あーはいはいそういうことね。


 ……何にも心当たりないんだが?


 ……むしろ褒められる事しかしてないんだが?


『この顔にピンと来たら、グランテリオス大使館までご一報下さい! 二十四時間年中無休で受け付けております! 電話番号はフリーダイヤル0120』


 街頭ビジョンに映し出される、在りし日の俺の姿絵。あーはいはいこんな顔してましたね俺。


 さて、魔法が使えたのはどうせこいつらが来たからだろうし。




「……なんでもないです!」 




 帰ってガン●ラでも作るかぁ。

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