第一話 異世界からの来訪者①~地球にまつわるいくつかの常識について~

 目が覚めると、そこには知らない男と女がいた。男は王都でも珍しい眼鏡をかけ、モジャモジャと言うべき髪型をした、少し見窄らしい姿をしていた。女は金髪碧眼で、容姿は貴族に負けないほど整っており……有体にいえばこの二人は、不釣り合いという言葉がよく似合った。


 俺の顔を覗き込みながら、二人は涙を流していた。それから何やら言葉を……駄目だ、何を言ってるのか全くわからん。


 自分の手を見れば、赤子のそれだと気づいてしまった。そこで納得する、神の気まぐれか悪魔の悪戯か俺は望み通りどこかに生まれ変わったのだと。


 しかし辺りを見回しても、ここがどこだか検討もつかない。見慣れない光る円盤が天井に張り付き、ベッドのシーツから壁の色まで恐ろしい程に白く、透明なガラスが嵌められた窓の外には青い空が広がって。


 ――いや、ここ何階だ?


 浮いてるのか、え、四階ぐらいか? 嘘だろそんな落ちたら赤子が確実に死ぬ高さで子供産んだのか? 正気か? 大丈夫か? こんな国大陸にあったのか?


「ユウくん……?」


 不安そうな顔をした母が、俺の名前らしき物を呼んだ。しまった、自己紹介がまだだったな。気味が悪いと思われるかも知れないが、ここはしておいても損はないだろう。


 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我が名は――。




「おぎゃあ」




 まぁ、そのうちでいいか。







 ――そのうちとか来なかったわ。


 舐めてた、俺はこの新しい世界『地球』、そしてこの『日本』という国を完全に舐め腐っていたんだ。まぁ言うて俺元勇者だしなんとかなるだろって心の片隅で思っていたんだけども。


 気がつけばもう四歳。だがこの四年間の驚きは最早魔王討伐までの道のりよりも濃いものだった。


 まず自宅が……十四階だ。じゅうよんかいだぞ、じゅうよんかい。赤ん坊でなくても落ちたら確実に死ぬ高さでこの国の人間は平気で暮らしている。なんなら最上階の家賃が一番高いらしいが、普通金を貰っても嫌だろそんな所。二階辺りが一番良いだろどう考えても。


 次に、魔法も魔力も無い。まぁこれは個人的には望んでいたのだが、その代わりに発展している科学とかいうのがどう考えてもイカれている。


 まずこの世界では、空気から肥料が作られている。いや、これを魔法じゃないですぅ化学ですぅって言い張るの無理があるだろ。

 空気から! 肥料を作って! 麦を収穫! ついでに家畜も増やすぞぉ〜! ……魔法でも出来ないだろこれ。


 そして何より驚くべきは乗り物だ。この世界の乗り物に対する執念はもはや常軌を逸していると言っても過言ではない。


 まず車。自走する鉄の塊で燃料を継ぎ足せばほぼ無限に移動できる頭のおかしい乗り物――が、電話一本で借りられる。


 手軽過ぎる、殺傷能力と走破能力を加味してもなお厳重に取り扱うべき道具が『すいませーん今度の日曜日に旅行行く事になってぇ〜』の一言で借りられるのはどう考えても理屈が合わない。というかその電話とかいう道具もおかしい、何だあれ。


 だがもっと頭のおかしい乗り物があった。


 そう、飛行機だ。なんだよ、飛んでるじゃん、空。


 去年母親の実家がある地球の反対側まで旅行に行った時に半日乗った……ダメだ、もうこの文章だけでおかしい。


 地球の反対側だなんて気軽に言ったが、大人が文字通りの不眠不休で歩き続けて百日以上かかる距離が、半日と少しに短縮されたのだ。しかもジュース飲み放題で食事もついてるぞ。


 こんな物と比べたら魔法とかカスだ。ちょっと空飛んで隣の街まで行った事ありますよとかなんの自慢にもならないだろ。しかも飛行機、車よりも事故が少ないらしい。なんで?


 だが、こと軍事力に関しては魔法の方が上かもしれない。そう思っていたんだ……テレビであいつを、いや『とてもスゴいモノ』を見るまでは。






 ガン●ムだ。






 空を大地を海を宇宙を縦横無尽に駆け回り、なんでも切れる光る剣をブンブンと振り回し、宮廷魔道士が小隊単位で使うような熱線破壊魔法を裏庭にスイカの種でも飛ばすかの如く乱射し、ついでに誰が乗っても動かせるとかいう鋼鉄の巨人。量産型もあるぞ。


 勇者いらねぇて、どう考えてもガン●ムの方が強いじゃん。剣と魔法? そんなことよりビームライフルだ! バズーカもあるぞ! 魔王城は消え去った……人類の勝利である。


 いや、わかるよ。あれは作り話だって言いたいんだろう、プラモもあるし。だが待って欲しい、流石に四歳児の俺でもお話と現実の区別くらいはついてる。だからこそ、これだけは言わせてくれないだろうか。




「あったんだよ、お台場に……!」

 



 という話を俺は幼稚園の帰りのバスに揺られながら、マンションの隣に住む同い年の女の子、綾崎ヒナに力説していた。


「それに、横浜と福岡にもあるって父さんが……!」


 お台場でガン●ムを見上げながら、父は言った。次は横浜のも見に行くかーと、福岡も行けたらいいなぁ、父さんユニコーンもいいけどやっぱりニューが一番好きなんだよなぁと。


「……ユウはわかってないね、あれはアニメだよ」


 だがヒナは肩を竦めながら、こんな俺を鼻で笑った。


 ちなみに綾崎ヒナは一言で言うと『いい奴』である。この国じゃ珍しい金髪が地毛の俺に分け隔てなく接してくれるし、俺が何か忘れ物をした時は決まって貸してくれるくらいの人格者である。


 だから俺は、両親の次くらいには彼女の言葉は信用して生きてきたのだが。




「それに、同じアニメなら魔法少女のほうがつよいよ」




 ――聞き捨てならない言葉だった。


 よりにもよって、この俺の前で、魔法の方が強いだって言うのか?


「……ガン●ムのほうがつよいし」


 今この瞬間ほど、この世界で魔法が使えたら良いのにと思った事はない。そうしたら俺はヒナにありとあらゆる魔法を見せつけて、ガン●ムの方が強い事を証明できるのに。


「魔法少女」


 まだ言うかこいつめ。


「ガン●ム」

「魔法少女」


 諦めの悪い奴だな。


「ガン」


 言い終わる前に、シートベルト越しに緩い衝撃が体を伝わる。窓の外を見れば、停留所の看板と母さんの顔が見えた。


 俺達は変わらずに睨み合いながら、無言でバスから降りる。


「あらあら、二人とも喧嘩しちゃったの?」


 そんな俺たちの様子を見て、母さんが困ったような笑顔を浮かべた。


「だってヒナが、ガン●ムはアニメだっていうから……アニメじゃないのに」

「ユウくん、いつダ●ルゼータみたの?」

「おととい……父さんのタブレットで」

「もう、アニメは一日八時間までって言ってるでしょ?」


 怒られた。だって仕方ないじゃないか、四歳児が家で出来る暇つぶしなんて限られているのだから。


「なぁんだ、やっぱりユウもアニメだってわかってるじゃない」


 会話が聞こえてきたのか、ヒナが得意げな顔をして責めてくる。


 だがヒナ、お前にはまだ言っていないことがあるんだ。俺だってこのお台場の件に加えて、これが無ければガン●ムが実在するとは思わなかったとある秘密が。


「だけどヒナ、おれは知ってるんだ」


 それは先週の事だった。たまたま一人で留守番を任されていた俺は、プラモ用のニッパーが見当たらないので母さんの部屋から爪切りを借りようとしていた時、偶然見つけてしまったのだ。




「母さんのクローゼットに私設武装組織ソレスタルビーイ●グの制服があるって!」




「ユ、ユウくん!?」


 そう、何を隠そう俺の母親は施設武装組織ソレスタルビーイ●グのエージェントだったのだ。だがそれだけじゃないぞ。


「ザ●トの赤服だって……!」

「ユウくん!」

 

 語気を強めた母さんに、思い切り肩を掴まれる。母さんは顔を真っ赤にして、必死に笑顔を作っている。


 しまった、ソレスタルビーイ●グってバレたら母さんの命が危ないじゃないか。迂闊だった……。


「ごめんヒナ、今のは嘘なんだ」


 俺が謝罪すると、ヒナは怪訝な目を俺に向ける。母さんはとと言えば安堵のため息を漏らしていて……大丈夫、わかってるって。


 もう一着のことを言えばいいんだろ。


「本当はカードキャプ」

「ユウくん」


 母さんに両手で口を塞がられ、続きを言えなくなってしまった。見上げればそこにいたのは……父さんが連絡もなしで飲み会で遅くなった時の姿があった。笑ってるのに笑っていないという、あの表情だ。


「ユウくん、今日はアニメは辞めてお母さんと一緒にお勉強しよっか」

「……なんの?」


 母さんの手を剥がし、恐る恐る聞き返せば。




「『常識』よ……!」




 俺がまず学ぶべきものを、みっちりと叩き込まれる事となった。

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