第8話

 来月、3月のケーキ屋は忙しい。

 ひなまつり、ホワイトデー、卒業式、送別会など、ケーキの登場率の高いイベントが盛りだくさんだからだ。


 繁忙期に合わせて人員を増強するために、短期アルバイトを前もって採用し、ある程度の仕事がこなせるように教育して3月に備える。

 ケーキ工場にとって、2月は戦闘力を高める月なのだ。


 月の後半に入り、毎日のように新人がやってくるようになってきた。

 今日もきっと、不安げにきょろきょろしながら、小さな歩幅の新人さんが来るだろう。


 そう思いつつ工場へと入ると、いつもは準備が始まっているはずの室内が静かなままだった。

 社員たちが数人、通路で固まって話しあっている。トラブルでもあったのだろうか。


 おはようございます、と恐る恐る輪に入っていくと、五十嵐さんが曇り空のような眼差しを向けてきた。


「ねぇ、今日からの新しい短期バイトの子、いちごと柑橘類のアレルギーらしいんだよ」


 周りにいるスタッフたちも、困った目をしている。


「え、アレルギー? それって食べるのがダメってだけじゃ……え、もしかして……」


 食べられないことはケーキを製造する上で問題にならないし、問題がなければこんなに深刻な空気にもならない。


「手袋してても触れないって。今の時期、いちごも柑橘も使ってない商品なんてないのに……」


「洗い物……も、果汁がついてたりするからダメなんですかね」


 五十嵐さんは帽子の上から頭をかき、大きなため息をついた。


「軽い気持ちで何か頼んで、病院行きにさせたら大変だよなぁ」


「生クリーム立てたりチョコレートを扱う作業ならいちごも柑橘類も触らなくて済みますけど、新人に任せられることじゃないですしね」


 果物をメインにしたケーキ工場で果物を避けることは容易ではない。

 とりあえず、粉や生クリーム、チョコレートなどの計量をサポートしてもらおうということにはなったが、そんな仕事はすぐ終わってしまう。

 8時間も無駄なくどうやって働いてもらうか。頭をひねることになりそうだ。


「仕事ならいくらでもあるのに、何で自らアレルゲンに近づいて来ちゃったんだろうな」


「採用する工場長もどうかしてるわ。それとも、面接のときは黙ってたのかね」


 隣にいたスタッフもため息をついている。

 何となく、胸にもやもやしたものが立ちこめる。


 そうか。

 わたしとそのバイトさんは同じ立場なんだ。


 仕事と恋愛、その違いがあるだけで、わたしはその人と同じなんだ。

 そして、「普通」に恋愛をできないわたしが恋愛を求めることは、やっぱり疎まれることなんだ。

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