速報!カラオケボックスの中でしか『無敵』になれない男 〜配信中にコラボ相手を燃やしてSNSが炎上することn回目

那珂乃

炎上系ジャーナリスト、またもネット新聞に燃料を投下す

 スミレユカリはインターネット新聞を主戦場とする新米記者である。


 今や老人すら紙ではなくスマホやパソコンで新聞を読む時代。テレビのチャンネルよりも率先して契約切られがちな新聞の定期購入を、現金はやり取りせずクレジットカードまたは口座から直接お金を落とさせるという画期的なシステムで、スミレが属する『夕陽ユウヒ新聞社』もなんとか顧客数を保っている。サブスクリプション万歳。

 しかしネット記事の記者が握るユーパッドのタッチペンは、剣よりも強く、顔も名前も知らぬ消費者たちが指先ひとつで書き込んだ『ボヤッター』上のコメントにと〜っても弱い。


「またお前か、ユカリ!」


 出社するなり呼び出しを食らい、ユカリはむすっとした顔で編集長デスクの前に突っ立っていた。

 編集長がデスク上で何度も叩きつけているのは、つい昨日ユカリが書いて公開したひとつのネット記事だ。



 記事の見出しタイトルは【自撮り加工で〝逆盛り〟!? ブサイク整形のほうが男にモテる、インシャタ・テクの新境地】


 スマホで撮った自分の顔や、食事の写真を投稿する『インシャタ女子』はかなり前から流行っているが、以前は斜め45度でインカメ撮影したり、画像加工アプリで黒目を大きくするなど、自分を現物よりも可愛く見せるテクニックが主流だった。

 だが最近はインシャタで自分の顔面偏差値を高めるよりも、むしろ「私はもとが良いんですぅ。本当はもっと可愛いけど、あえて周りのレベルに合わせてるんですぅ」と言外げんがいに主張していく風潮が強まりつつあるようで、顔中に白い斑点やそばかすみたいなブツブツを書き込んだり、変な角度に画像をねじ曲げて顔をぐにゃらせるなど、一時期流行った『変顔自撮り』の派生みたいな写真を好き好んで投稿する女性が増えたのだ。

 実際オフ会やマッチングアプリで男を口説くためには、彼女らの戦略的行動は理にかなっているとユカリもぶっちゃけ思う。インシャタで見るより肌が綺麗、と会った瞬間に勘違いさせられれば勝ちである。

 もっとも、記事を書く上では本音よりも建前だ。

 言い回しのあちらこちらに、嫌味や皮肉をまじえて悪意を目一杯に膨らませながら彼女らの行いを言語化した。モテるために手段を選ばないのではなく、手段を選んだがゆえにアホらしい。よしんば顔が可愛くても、性格のブサイクを世界中に発信している──といった具合に。


 この記事に付けられたコメントはなんと、約15600件。


「ブスは盛っても〝逆盛り〟してもブスのまま(笑)」「化粧してブスになるくらいならスッピンのほうがまだマシ」「アプリで加工する暇と金があるなら今すぐ整形外科にレッツ課金!」などと男性陣から賛同の声が続出。対して、画面の向こう側で怒り狂っているであろう女性たちが反論という名の猛抗議。そんな論争に野次飛ばしたり高みの見物を気取ったり、あるいはインシャタ女子にいまだ幻想を見ているおじ様がたが女性たちを擁護していたり。

 物議をかもすとはまさにこのこと。あっという間にボヤッターでも記事のリンクが拡散され、何十何百ものアカウントから新聞社公式アカウントまでリプライが投げられるわ、お気持ち表明やらご意見ご感想やらが乱雑に飛び交うわ、一晩明けてもいまだにネット上はお祭り騒ぎだ。



「今時の若いもんはテレビでニュースなんか見ないんだよ。通勤通学の合間にボヤッターで付けちまった新聞社の悪い印象は、いくらテレビ局に根回し入れようが当分は覆せないんだぞ!」

「大事なのは弊社の印象ではなく注目度ではありませんか?」


 ユカリは編集長に詰め寄られてもけろっとした表情で、


「見てください編集長。記事が公開されてから、公式アカウントのフォロワー数は昨日までの倍に跳ね上がりました。この勢いならもっと数字は伸びるでしょう」


 スマホの画面を見せつけた。

 該当記事はもちろん、サイトの閲覧数も倍々ゲームみたいに右肩上がりだ。


「今時の若者はたいてい、欲しい情報を欲しいだけ手に入れる『分別力リテラシー』を持っています。みんな好き勝手書き込んではいますが、本当はこの記事が正しいかどうかなんて、最初から誰も重視していないんですよ」

「ええい黙れ! 自称情報強者が上司にいちいち口答えするな!」


 編集長はもう一度机を殴った。これで本当に殴りかかられたら、堂々とハラスメントで訴えることができたのに……とユカリは内心では残念がる。


「あと一回でもボヤッターで炎上騒ぎを起こしてみろ。お前はクビだ。新卒が半年も経たずにクビだ。そうなったらお前に優しくしてくれるのは、ボヤッターの無職か非正規社員か、インシャタの承認欲求こじらせた世話焼きな主婦だけだな!」


 結局、問題の記事は編集長の一存で公開停止が決まり、ユカリはサイト上に掲載するための謝罪文を大至急で書かされる羽目となる。最後までふてぶてしい態度を変えなかったユカリが、業務をすべて済ませ退社したのは、定時を二時間も過ぎてからだった。


(ベンチャー企業のくせに古風なジャーナリズムを振りかざしちゃって。本当にクビ切ったら、労働基準法違反を世間に暴露されて人生詰むのはそっちじゃない)


 そもそも記事を通したのは編集長だ。

 炎上リスクを承知でオッケー出しておきながら、いざ本当に燃えるとすぐ怖気付きユカリに責任転嫁して、自分だけがそそくさと鎮火にいそしむ姿は滑稽である。


(叩かれ上等! ネット新聞はエンタメ重視、燃やしてなんぼの商売でしょ)



 ユカリの保有SNSエスエヌエス──『炎・TAR・天下メントエンターテンカメント


 大学時代に趣味で始めたブログ活動をしている間に開花した、新しいスキルだ。

 ネット上で打ち込んだ文章のインパクトや潜在力が高ければ高いほど、文章を公開したときの拡散率が大きく上がり、火種がざっと燃え広がるように、ユカリの書いた記事が世間へと知れ渡っていくのである。


 ちなみに『SNS』とは、ソーシャルネットワーキングの略称だ。

 ニポーン国民の約82パーセントが、なにかしらのSNSを個人の能力として持っているらしい。


 娯楽に飢えた国民たちへより強い刺激をより多く与えた者だけが、今の競争激しい『SNS戦国時代』を制することができるのだ。


(今に見ていろ。消防士もお手上げになるような、もっと燃える記事を出してやる)


 懲りないユカリの炎上商法は今日も続く。

 黒い長髪をわしわしとかきむしり、スクランブル交差点で立ち止まり信号待ちしている間も、日課のネット掲示板巡りを欠かさない。






【速報! カラオケボックスの『無敵の男』またも配信者を消し炭にする】



「……『無敵の男』?」











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