ファンタジースポ根柔道『ヤワラミチ』

@komadaaaaaaa

青桐龍夜編

第1話 キミに捧げる誓いの言葉

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最愛の人との別れ―――

人生の谷底に落ちたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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開始はじめっ!!」


「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!


 熱気が最高潮を迎えようとしている日本武道館で、1人の少年が2階の客席から目を輝かせている。

 叔父に連れられやって来た少年は、息をするのを忘れる程、熱中して観戦しているのだった。


パなパないっ!! ……あ~惜しいっ!!」


つばさは元気だなぁ~……俺、お前の休日出勤おもりでキツイんだけど」


青山あおやまのおっちゃんはまだ若いでしょっ!? このくらいで困憊へばららないでよっ!!」


見物人パンピーの罵声を聞いてると余計に疲れてくるんだよ……ん~……? 蒼海大学そうかいだいがく付属高等学院の試合を見てんのか」


「そうそう!! 青桐あおぎりお兄ちゃんの試合を見たいんだよっ!!」


「……青桐あおぎり……龍夜りゅうやだったか? お前アイツのファンなのかよ。有名選手のねぇ~……んだよ情緒的ミーハーかよ」


「違うもん!! すっげぇ~熱心なファンだもん!! サインだって貰ってんだぞ!!」


「んー……」


「ん~? ……あぁ!? もう始まってんじゃん!! おっちゃんの朴念仁バカっ!!」


ー-----------------------------------


 全国大会の全ての日程が滞りなく終わり、飛行機で帰省した青桐たち蒼海大学高等学院の面々。

 博多空港のロビーで手短に挨拶を済ませると、現地解散となった。

 空港から歩いて十数分の場所に住んでいる青桐は、徒歩で帰路に就く。

 彼の彼女でもある夏川なつかわが一緒について来ており、ちょっとした試合の反省会が行われていた。

 周囲には高層ビルが幾つも立ち並んでおり、夕暮れがそれらに重なって、地上に幾つもの影を作り出していく。


「やっぱさ、あそこで小内刈りしたのが悪かったのよぉ~……相手に読まれてたわよ?」


「だろうなぁー……ちょっと攻め方が単調ちょろ過ぎたわ」


「も~……しっかりしなさいよ。「青龍」って呼ばれるくらい将来を期待されてんだから」

 

理解わかってるよ。しっかし……赤神あかがみさんえぐかったな」


「そうねぇ……アレを超えないと一番てっぺんになれないんだからね、頑張きばりなさいよ」


「……」


「え? 鳥野郎ビビってんの?」


「いや、そうじゃねぇけど……勝てるかどうか理解わかんねぇなぁ~って」


「あのさー……ほらっ!!」


「いった!? 何で背中叩いたんだよ!?」


腑抜いもってたから一発気合い入れたのよっ!! ほら元気出た?」


「はいはい元気出た」


「よろしい……ねえ、柔道楽しい?」


「ん? 何だよ急に」


「いや、赤神さんに蹂躙ボコボコにされて柔道嫌いになったかな~って」


「なるわけねぇだろ……俺そんなに精神メンタルへぼくねぇぞ」


「どうかしら……気持ちの切り替え下手じゃない? ちょっとは肩の力抜きなさいよね」


「あいあ~い」


「あ……龍夜、先渡ってて。ちょっとハンカチ落としちゃった」


「……? おう、先に行ってるぞ」


 ダラダラと話をしながら歩を進めていた2人。

 高層ビルの修繕工事を行っている作業終了間近の工事現場側の歩道で、普段愛用している白いハンカチを地面に落としてしまい、慌てて拾いにいく夏川。

 そんな彼女の目にある光景が映りこんできた。

 青桐の頭上には、クレーン車が釣り上げた鉄骨の束が、不自然に彼の上空へと狙いを定めるように動いており、同時に縛り付けていたワイヤーが切れかかっているのだった。

 この不可思議な現象に注意を促すよりも前に、ワイヤーが千切れ、鉄骨が青桐の頭上に降りかかっていく

 彼はこのことに気が付いていない。


「ちょ、龍夜、危ないっ!!」


「え……っ!? ……鈴音っ!? 鈴音っ!!」


 夏川に突き飛ばされ、歩道に尻をつく青桐。

 直後に鉄骨が夏川の頭上へと降り注ぎ、大きな音を立てて彼女を下敷きにしていく。

 背筋が凍る音を立てて、地面に落下した鉄骨は、彼女が手に持っていた白いハンカチは、鮮血で赤く染め上がっていった。


ー---------------------------------


 救急車で博多の中央病院へと搬送された夏川。

 同行していた青桐は、手術室手前の待機所で、オペが終わるのをただじっと待っていた。

 そばには駆けつけた夏川の両親も座っており、口を開く気配を見せない。

 長い長い時間が過ぎた。

 衣服を着替えてコチラに向かって来た執刀医。

 彼は重苦しい表情のまま青桐たちに向かって話し始めた。


手術オペ完璧ぶじに終了しました」


「……っ!! 先生っ!! すずっ、鈴音はどうなったんですかっ!?」


「一命は取り留めました。ただ……」


 言葉で伝えるよりも実際に見せた方が早い。

 そう考えた執刀医は、青桐たちを夏川の元へ連れて行く。

 全身傷だらけの変わり果てた夏川の元へ。


「意識不明の重体……目を覚ますかどうかは……」


「ちょっと、どういうこと、愛娘うちのこはもう目を覚まさないのっ!? ねぇ!! ねぇ!?」


「お母さん、落ち着いて!! 頼むから……!!」


「彼女のご両親ですか? お話があるので少し良いですか」


 執刀医に連れられて小部屋を出ていく夏川の両親。

 今この場所には、呆然と立ち尽くす青桐と、人工呼吸器を取り付けられ深い眠りにつく夏川の2人しかいない。

 何かの間違いであって欲しい。

 悪い夢であって欲しい。

 顔を背けたくなる無情で残酷な現実が、青桐の目の前に叩きつけられる。


「……い、いつまで寝てんだよ」


「……」


「早く帰ろうぜ……明日、練習があるんだからさ。寝坊したら先輩達、おこだぞ?」


「……」


「なあ……おいってっ!!」


「……」


「おい待てよ、お前!! おまっ!! ほんと……ふざ、けんなよ……あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「……」


 病室の床へと泣き崩れる青桐。

 抗う事の出来ない運命が、彼を絶望の底へと追いやる。

 彼女とは恋人の関係のまま数年近く共に過ごしてきた。

 いるのが当たり前だった存在が、ある日を境にいなくなった。

 高校1年生の彼にとってそれは、自殺を考えてもおかしくない程の出来事である。

 咽び泣く彼は、彼女と過ごした過去の日々を思い出す。

 共に笑い、涙した、あの日々を―――


『全国大会で一番てっぺんになるのよ。応援するから―――』


「……っ!!」


(……鈴音との約束ちぎり……あぁ、あぁ!! やってやるよ……!! 高校最強の赤神さんをぶん投げて、俺が一番てっぺんになってやる。だから……だから見ていてくれ……鈴音……!!)


 真っ赤になった目を擦り、しわくちゃな顔のまま笑う青桐。

 彼は誓い、奮い立つ。

 最愛の人との約束を果たすため―――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2020年8月16日早朝8時。

 蒼海大学付属高等学校の道場には既に部員が集まっており、これから始まる朝練に向けての準備が始まっている。

 いつもは淡々と作業をしている面々だったが、この日ばかりは違う。

 夏川が事故に遭ったことが既に知れ渡っており、道場内はざわついていた。


「……なあ、夏川なつかわちゃんが事故たって」


「ああ、そう聞いたぞ……あっ!! おい、青桐あおぎり!! 大丈夫か? その……夏川ちゃんが……」


「……」


「お、おい、青桐……?」


「……え? ああ、謝罪さっせん、先輩。何て言ったんすか」


「いやその……ってかお前、目の下のクマがないぞ……ちゃんと寝たのか?」


「当たり前じゃないですか、今日からバリバリ練習するんですからっ!! ははっ……」


 更衣室に入って来た青桐。

 リュックを指定のロッカーに置き、中から道着を取り出すと、おぼつかない足取りのまま出口へと向かっていく。

 噂の真偽をはっきりさせようとしていた先輩部員達は、その様子から全てを察した。

 

「おいおい……現実マジかよ」


ー---------------------------------


「……ん? 来たな」


 顔面蒼白のまま神前に礼をし、畳の上を進んでいく青桐。

 そんな彼の前に、歩み寄って来た4人の人間がいる。


「……伊集院いじゅういん石山いしやまに……花染はなぞめ先輩に木場きば先輩まで」


「9割9分9厘」


「……?」


「俺達が把握している事件の内容だ」


「……そうか、もう知ってんだな」


「ちょ、伊集院君、もっと遠回しオブラートに包んだ方が……」


「だがな……それだと話が進まん」


「2人共、少し話すのを止めてくれないか。風もそう言っている」


「は、はいっす!!」


了解うっす


「青桐、今回の事故については伊集院と石山の話通り、俺達も大よそ把握している」


「えっと……はい」


「……1?」


「……!!」


「お前は悪くない。自分の不注意ミスでこんな事態を招いたと考えているかもしれんが、それは間違いバッテンだと言っておこう」


「いや、でも……!!」


「青桐っ!!」


「う……!? 木場先輩……」


「俺達はお前の苦しみまでは分からねぇ、事件の当時者じゃねぇからな。でもよぉ……苦痛ヤバくなったら俺らを頼れよ? 必ずお前を支えるからよぉ!!」


「……はい、感謝あざっす。俺、ちょっとトイレ行ってきます」


 うつむいたまま一礼し、この場を後にする青桐。

 その背中を眺める4人は、それぞれ心の内を吐いていく。


「青桐君、本気バリ心配たい……」


「あの野郎……絶対100%俺達に心配かけさせたって思ってんなぁ」


「9割9分9厘、そうでしょうね」


「……お前ら風と共に聞いてくれ」


「あん? んだよ花染」


「今ここにいる4人が、実力ウデ的に言えば次のレギュラー候補だ。風が見ても間違いない」


「お、俺もと!?」


「そうだ石山、だからこそ聞いてくれ。青桐アイツがいつか重圧に押しつぶされる時がくるかもしれない。その時は俺らがアイツを支える。気合い入れてくぞ」


「あったりめぇだ……!! 言い出しっぺが途中で折れんなよ、主将あたまぁ!!」


「風はこう言っている……もちろんだとな、副主将みぎうで


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「えー……先ずは先日の大会、おつかれさま。満足のいく結果には―――」


 練習が始まる前に、柔道部の監督である井上宗一郎いのうえそういちろうが、スーツ姿のまま先日の大会の総括をしている。

 時間にしてほんの僅かな時間だが、余裕がなくなっている青桐には永遠にも思える時間が過ぎていく。


「それと……いや、もとい。今日の練習は軽めに行うから怪我が無いように。花染、木場、よろしく頼む」


「風も承諾した」


了解うっす


「マネージャー陣も、今日は事務作業をメインにな。それと……青桐、ちょっといいか」


「え? はい」


 井上監督から名指しで呼び出された青桐。

 道場の入口まで連れていかれると、神妙な顔つきで話し始める。


「えっとだ……怪我はないんだな」


「……はい、


「そうか……青桐、柔道出来そうか?」


「大丈夫です」


「……分かった、気を付けてな」


「はい……アレ? 井上監督は今からどっかに行くんすか?」


「ああ、ちょっと交渉かけあいをな。ある人に頼んでいたことの大詰めすじあわせみたいなところだ」


「そうですか」


「じゃあ、よろしくな」


 青桐に背を向ける井上監督。

 彼は今、9月5日に東京で開かれる新人戦と、そこへ連れて行きたいある人物のことについて、思考を巡らせている。


飛鳥国光あすかくにみつさん……人間不信シャイな方だとは聞いていたが、ここまで交渉かけあいが長引くなんてな……新人戦までに間に合うだろうか……)


ー------------------------------------


 2020年9月5日土曜日。

 東京、羽田空港の地に降り立ったあるくたびれた中年男性。

 ため息を吐きながら重い足取りを動かす彼は、ぼそぼそと独り言をつぶやいている。


「……結局来てしまった。う~ん……気が進まない、断れば良かったよ……あの井上さん、何でそこまで僕に交渉かけあってくるのかなぁ……」


切望おねがいします。どうか生徒たちの戦いを見て、考えてくれませんでしょうか。これは東京行きのチケットです―――』


「……ふう……おっと?」


「あ……謝罪さっせんっ!!」


「こらつばさっ!! 謝罪さっせん、この子が迷惑をかけました……」


「いえいえ、元気なことはいいことですよ。今日はどちらへ?」


「ああ、ちょっとうちの甥が柔道の新人戦を見たいって言うもんですから、日本武道館まで」


「おお、奇遇ですね~僕もなんですよ」


「そうんですか? 自分、青山龍一あおやまりゅういちって言います。この子は甥の青山翼あおやまつばさです」


こんにちはうぃ~すっ!!」


「はい、こんにちはうぃ~す。柔道の試合を見たいねぇ……誰かお気に入りひいきの選手でもいるのかな?」


「うんっ!! 青桐龍夜って人だよっ!! カッコいいんだぁ~!!」


「青桐……ああ、青龍のね。中々目の付け所がいいね」


「えっへっへ~」


「さてと……じゃあ行きましょうか……おや? 青山さん、どうしました?」


「いや、アレ……」


 和やかな談笑を続ける2人とは対照的に、眉間に皺を寄せている青山龍一。

 彼が指差す方向には7人の集団が見える。

 ―――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「青山のおっちゃん!! 早く早くっ!!」


 甥に引きずられるようにして日本武道館へと辿り着いた青山達。

 2階の観客席から中央の試合会場を眺める3人。

 既に武道館では開会式が終了しており、選手達が雄叫びを上げながら相手に挑みかかっているのが見える。


「……ここに来るのも久々だな」


「久々……飛鳥さんは昔、監督などされていたのですか?」


「ん? あー……ちょっとオリンピックに出ただけなんで」


「へー……オリンピック……オリンピック!?」


「そんなに驚かないで……昔から周囲パンピー罵声ノイズ酷悪えぐくてねぇ~……それを聞いている内に、柔道への熱がなくなっちゃったんだよね。それに比例して表舞台おうごんきょうから離れていったんだよ。あんな感じの罵声ノイズが無ければねぇ……」


「いけいけ!! ……何やってんだよっ!! おい聞いてんのか!?」


「そんな雑魚いしころ早く投げろや!! どこ掴んでんだよっ!! 馬鹿パーかお前っ!!」


「あー……なるほど……」


「勝てば学校の名を広めることが出来るし、補助金も沢山貰えるからね。ランク制度を作った人間は競争心を煽りたかったのかもしれないけど……最近は金目当てで勝つ手段を選ばなくなってるし……人体実験のニュースって知ってるかい?」


「はい、以前ニュースで拝見しました」


「子供が白熱する分にはまだ可愛げがあっていいんだけどさ……周囲の大人達の方が白熱してさ……正直見るに堪えないよね」


「ごもっともですね」


「翼君だったかな? 彼には柔道を嫌いにならないで欲しいよ。こんなおかしな世界シャバでもさ」


「……そうですね」


「アレ? おっちゃんにおじさん、そんな所で何してんのさ!! 蒼海の人達の試合が始まっちゃうよ、急いでっ!!」


理解わかったから翼……ちょっと待ってな!!」


「はーい」


「お子さんはもう小学校に入学されたのですか?」


「いえ、入学は来年ですね」


「そう……なら柔英書房が発行する本もまだって感じかな?」


「そうですねぇ……」


「いい機会だし、今日ちょっとだけ教えてあげよっか。翼君、ちょっといいかな」


「な~に~おじさん?」


柔皇じゅうおう西郷三四郎さいごうさんしろうって人の事は知ってるかい?」


「うん、昔いたえぐい人でしょ? 知ってるよー」


「彼が開発した100の技についても」


「うん、ぶっ飛んだすげぇ技でどれもえぐいんだよね!! 小学校に入学したら僕も学習ゼミれるんでしょ!!」


「おーよく知ってるね」


「……おい翼、お前なんでそこまで知ってんだ?」


「え~? おっちゃんの机にあった教科書をを盗み見したからだよ~」


「……は?」


「はっはっは!! 中々好奇心旺盛やんちゃじゃないか!! ……どうしようか、について話すと長くなりそうだし……」


「え? 属性? それは知らないよ!! ちょっと教えてよ~」


「……翼、蒼海の選手の試合が始まるぞ」


「うわ本当だ!! 属性……?ってのは今度ね今度!!」


 興味をそそられるワードに心が揺れ動くも、今はそれ以上に関心のあるものに目を移す。

 青龍と呼ばれる男、青桐龍夜の試合である。


ー------------------------------


 審判の合図によって、白いテープの前まで歩みを進める青桐。

 相手は福岡でも戦ったことのある選手であり、青桐程の実力者なら一切苦戦することはないだろ。

 いつもは委縮して浮かない顔をしていた相手選手。

 だが今回は少し様子が違う。

 時折不敵な笑みを浮かべており、以前までの自信の無さが見られない。


「へっへっへ……!!」


「……」


(なんだアイツ……ヘラヘラしやがって……何か策でもあんのか?)


 全身の細胞が引き締められる。

 心臓の鼓動がいつもより早い。

 審判の右腕が振り下ろされると同時に、試合の開始が告げられる。


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 高校生ランク3位「青桐龍夜あおぎりりゅうや

      VS

 高校生ランク555273位「鎌瀬犬田かませけんた

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開始はじめっ!!」


「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」


「しゃぁ"あ"!! ……あ"ぁ"!?」


 青桐は目を疑う。

 彼と戦ったのは1か月前。

 手始めにと言わんばかりに、以前の彼では使用できなかったを繰り出してくる。

 自分の関節を外すことで、伸縮性抜群のゴムのように腕を一時的に伸ばす技。

 No.3―――


蝮組手まむしくみてぇぇ!!」


「ちっ!! 面倒うぜぇ技使いやがって……!!」


 畳3枚分、3間程の長さまで伸びた右腕が、青桐の横襟を掴みにかかる。

 もちろんタダで道着を組ませる青桐ではない。

 迫りくる腕をいなし続け、相手に有利な大勢を取らせようとしない。

 だが、右腕だけに飽き足らず左腕をも伸ばし始めた相手の猛攻に、じわりじわりと押され始める。


「はっ……!! はっ……!! はぁ"ぁ"ぁ"!!」


(やべぇ……俺もしかして青桐に勝てんじゃね!? 助言アドバイス通りじゃねぇか……!! 俺、めっちゃえぐくなってんじゃん!!)


 以前までは歯牙にも掛からなかった自分が、将来有望な青桐を追い詰めている。

 その事実に、自然と笑みがこぼれてしまう。

 強さがもたらす極上の美酒に、酔いしれ溺れていく。

 思わず試合中に歯を見せる彼。

 そんな姿が、を踏み抜いてしまう。


「……おい」


「あぁ!? んだよ何か―――」


「何歯ぁ見せてんだよ……? あ"ぁ"? ぶっ殺すぞテメェ!!」


 混じり気のない殺意をぶつける青桐。

 直後にと、右腕が縮むのに合わせて歩を前進させ加速していく。

 技の射程に入った青桐。

 左足を相手の右足の外側に踏み込み、組際に大きく右足を振り上げると、振り子のように敵の右足を刈り取る大外刈りを繰り出し、相手の状態を大きく崩す。


「お"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「ぐ……このが……っ!?」


(雲……? 不覚やべぇっ!!)


 体を反らし、なんとか大勢を整えようとするも、彼の目には次の技の始動が目に入る。

 青桐の周囲に漂う白雲。

 大気中の水分から作り出した雲によって足の軌道を隠し、目視が困難な子外刈りを繰り出す。

 N0.14―――


八雲刈やくもがり……やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 怒涛の追撃の最後の〆。

 柔皇の技の次に繰り出した技。

 右手で掴む横襟を手放し、左手を後方へ引きつけ、体を反時計回りに回転させ行う投げ技。

 彼が一番使ってきた技である一本背負いで、相手を畳へと投げ飛ばす。

 審判の右手が天へと上がり、青桐の勝利が告げられる。


「ふぅー……」


「あ、あああああれ……!? なんで、全然通じてねぇんだよっ!? なんで……の奴らの助言アドバイスを守って練習トレったのに!!」


「あぁ? ……黒い柔道着? なんだそ……」


 ぶつぶつと独り言を呟く彼が、意味深に発した言葉。

 を身に纏う集団が、日本武道館の天井を爆破させ、天から試合会場へと降り立つ。

 風塵に紛れて姿を現す7人の集団。

 ストレートの長髪は天色、青汁を飲む小柄な美男子。

 ボサボサの短髪は黄蘗色、穏和な怪物の如き大男。

 外は黒、インナーカラーは白緑色、黄色い歓声に答える優男。

 天然パーマ―は深紅色、その目は好戦的に燃える男。

 艶のある黒い長髪にメッシュの色は白藍色、男と女の2つの心を持つスラリとした長身の男。

 猛獣のような毛並みは伽羅色、異国の言葉と共に雄叫びを上げる精悍な大男。

 荒れ狂う毛は銀色、全てを束ねあげる最強の男。

 会場全ての視線を浴びる彼らは、各々言葉を発していく。


「ちゅー……脇役モブばっかり、パッとしないね」


「オデ、頑張きばル!!」


「ふ~……パない声援……モテ気到来だね✰」


「へっへっへ……柔道るっすよ、獅子皇ししおうさんっ!!」


「あら男子ぃ~血の気が盛んねぇ~♡」


「BA・HA・HAA"A"A"~!! いくぞ獅子皇ぉっ!!」


「貴様ら……ごきげんよううぃ~~~す

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