第3話 ずっと一緒にいたいです(完結)

 大学の試験期間は約一か月続く。もちろん毎日試験というわけではなく、取っている科目でとびとびだ。時には同じ日に二科目ということもあり、そんな日はプレッシャーが半端ない。勘弁してほしいと思う。

 でも今回の試験期間は猫又さんと一緒にいるということもあってか、幸せでどきどきして緊張どころではなかった。これで成績がよくなっていれば嬉しいと思う。



 その日の試験は午前中だった。天気予報は昼以降みぞれか雪。一科目だけなので終ったらすぐに帰宅する予定だったから傘は持っていかなかった。

 無事試験が終り教室を出たところで木村君に声をかけられた。


「小田切さん、今日はもう終り?」

「うん」

「じゃあ軽くお茶でもしない」


 木村君は、一年の時に入ったテニスサークルで一緒だった。私は合わなくて二年になる前に辞めてしまったけど彼はまだ続けているらしい。


「ごめん。午後から雪になるかもって聞いてるから帰る」

「そうだっけ。駅前ならどう?」


 私はちら、と辺りを見回した。残念ながら今日は友だちの姿がない。


「うーん……」


 言葉を濁しながら校舎を出る。ふと視線を巡らせた時、少し離れた門のところにもたれるように立っている人の姿を認めて、私は目を見開いた。

 え? なんでなんで?

 もう木村君のことなんか頭から消えて私は走り出していた。


「大介さん!? いったいどうしたの?」


 長身で白いストレートの長髪なんてうちの猫又さん以外知らない。ワンポイントみたいに黒とオレンジのメッシュが入っていて、それもすごく格好いい。


「ゆか、髪が乱れているぞ」


 猫又さんはのんきにそう言って私の長い髪を整えてくれた。


「雪が降るのが早まりそうだったから迎えにきた」


 当たり前のように言われて顔からぼんっ! と火が出たように熱くなる。


「あ、ありがとう……」


 私は猫又さんの腕にしがみついた。なんてことをしてくれるのだ。旦那さまが大学まで迎えにきてくれるとか、嬉しくてもうどうしたらいいのかわからない。


「帰ろう」


 促されて頷く。

 駅まで歩いて電車で帰った。車とかなくたっていいのだ。一緒にいられる時間が増えるだけで胸がきゅーっとなる。

 早く試験なんか終わればいいのに。



 それから二日後の試験はまた必修の科目だった。

 終ってから、先日木村君を置いて帰宅したことを思い出した。だ、旦那さまが迎えにきてくれたんだもん、しかたないよね。でも謝った方がいいかな。どうしよう。


「ゆかー、ランチ行こー」

「うん」


 友だちの優子に誘われてカフェテリアに行ったら、またこの間と同じメンバーだった。先日のことごめん、と言うのも憚られて、私はあえて木村君のことは見なかった。


「ゆか、旦那さんに聞いてくれた?」

「あ、うん。人間の伴侶がほしいって人たちはけっこういるみたいなんだけど、嫉妬深いから結婚後は奥さんに家にいてほしいって人が多いみたい」

「えー、そうなんだ。じゃあ私は無理かなぁ。専業主婦になりたくなったら声かけてもらってもいい?」

「その時に相手がいるかどうかはわからないよー」

「それもそうねー」


 優子はあははと笑った。彼女はとにかく自分でお金をいっぱい稼ぎたいと言っているから妖怪の旦那さんは無理かもしれない。


「え、小田切さんって就職しないの?」


 木村君に聞かれてびくっとした。


「う、うん。一応考え中かな」


 もう確かに就活は始まっていて、内定とかはないものの、企業によっては人材確保に動いているらしいとは聞いた。もちろん声をかけられるのは男子で、女子はやっぱり自分で動くしかないみたいだけど。


「そんなさ、家にいてくれなんていう男で本当にいいの? そもそも妖怪って仕事してんの?」


 さすがにむっとした。


「大介さんは私が働くことは否定してないよ。ちゃんと仕事もしてます。って、なんでそんなこと木村君に言われなきゃならないの?」

「え、いや……心配してるからさ……」


 木村君がしどろもどろになる。チャラいチャラいとは思っていたけどこんな無神経だとは知らなかった。


「大ちゃ……大介さんとはずっと一緒に暮らしてたの! 木村君なんかよりよっぽど付き合いは長いんだから心配なんて余計なお世話!」


 腹が立った。本当に腹が立った。


「ゆか、どうどう……」

「木村もやめろよなー」


 友人たちが苦笑する。どうしても我慢できなかった。


「私帰るっ!」

「ゆか、後でラインするねー」


 ちょうど食べ終えていたから私は急いでカフェテリアを出た。



 帰宅したら猫又さんがいた。


「ゆか、おかえり」

「大介さん大介さん大介さあああんっ!!」


 人型をとっている猫又さんにたまらなくなって抱きついた。そのまま顔をぐりぐりとこすりつける。どっちが猫なんだかわからないぐらい私は猫又さんに甘えまくった。

 やっと落ち着いてきた頃、


「ゆか、どうかしたのか?」


 悠然と聞かれて私の涙腺は崩壊した。

 泣きながら今日あったことを伝えたら猫又さんは眉を寄せた。


「そうか。もしそなたが仕事をしたいというならしてもかまわぬ。だができれば先に子を産んでもらえると安心できるのだが」

「? 大介さんとの子どもを産んでから?」


 私は首を傾げた。働くなら子どもを産む前の方がいいのではないだろうか。猫又さんは苦笑した。


「まだそなたには話していなかったが、我ら妖怪は総じて人よりも寿命が長いことは知っているか?」

「なんとなく……」


 そういえば猫又さんは猫から妖怪になっているのだから私よりはるかに長生きしているはずだ。


「故に、共に長生きするためには魂をつなぐ必要がある。それにはいくつか方法があるが、ゆかの場合はわしの子を産んでくれれば共に生きることができよう」

「えええ?」


 子どもを産む? 猫又さんとの子どもかぁ。


「ほ、他の方法って?」

「聞かぬ方がよい。それとも嫌か?」

「い、いやとかはないけど、実感がわかないかなって……」


 結婚したばかりなのに子どもを産むとかまだ考えられない。


「ええと、魂をつなぐと一緒に長生きできるほかになにかあるの?」

「病気はしなくなるし体は丈夫になる。いわゆる人であって人でなくなる状態といおうか。そうなってくれれば安心できる」

「むー……」


 余裕の笑みが少しだけ憎たらしい。


「……すぐは無理だけど、前向きに考えるね」


 なんだかんだ言って私は猫又さんが好きなのだ。ずっと一緒にいたい。だから木村君の言い分に腹が立った。

 もーすでに結婚してるのに、なんでとやかく言われなきゃならないのかな?


「そうか、では予行練習をしよう」

「え?」


 嬉しそうに猫又さんの目が細められて、私をきつく抱きしめる。器用に布団を敷かれて……。


「だ、大介さん大介さん、まだ試験中……!」

「明日は何もなかっただろう」

「でも試験中……ああっ……」


 海千山千の猫又さんにたかが大学生の私が勝てるわけもなく、やっぱり私はおいしくいただかれてしまったのだった。



 新婚旅行がとっても待ち遠しいデス。



 おしまい。


ゆかちゃん視点はここで完結。あと一話は猫又さん視点です。

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